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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
終章

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66/69

22-2



     ➕ ➕ ➕



「全く……。この程度で失神するとは、情けない」


 竜皮の分厚いグローブを嵌めた手を、パンパンと打ち鳴らしながら、レオスは呆れたように言った。


「仕方ないだろう。お前の最上級の『威嚇(グレア)』を浴びて、まともに立っていられるヤツなんてそうはいない」


 気絶したクィルの身体に、紫紺のマントをかけてやりながら俺は答える。幾日もの間、独りでダンジョン内に潜伏していたことだけでも、心身の疲労はとっくに限界を超えているはずだった。

 そこへさらに、レオスの強烈なグレアをまともに浴びて、意識を保っていられる方がおかしい。

 現に、ヒュドラも折れた。

 小賢しい勇者どもめ、と忌々しそうに毒づきながらも、どうあっても勝算は見い出せなかったようで、醜い鉄錆色の巨体を引き摺って、渋々と元いた寝所へと戻って行った。レオスに屈したというよりは、三つ首の黄金竜としての矜持がより(まさ)ったのだろう。

 地下空洞の篝火に、レオスの魔法で再び火が灯された。


「お前は平気か?」

「……これのおかげで、なんとかな」


 と、俺は襟元に指を差し入れ、首に嵌められた物をチラリと見せた。

 それは、中心に『ヒスイ』という名の貴石の一種である、黒緑色の大きな石があしらわれたチョーカーだ。『ヒスイ』とは、東方に棲息する、緑色の美しい鳥の雌雄を表す言葉で、その色から彼の地では石の名前にもなっているのだとか。

 その鳥の色に似た翠緑の色合いの物が多い中で、この石の色は特に希少な物らしく、過日、レオスがロダに帰っていた時に買い求めてくれたものだった。

 ヒスイ石は魔力とも非常に相性がよく、魔石を扱う市場でも最高品質の石として取引されている。レオスはそこに、俺を護るためのありとあらゆる術式を編み込むよう、魔石職人に頼み込んだらしい。そんな金に物を言わせたオプションのせいで、レオスのもとにこの完成品が届くまで随分と日にちがかかってしまい、贈り物としてようやく手渡してくれたのは、俺たちが『番』となった翌日のことだった。


「気絶に対する耐性術式が効いたのか? それとも精神支配? 魅了? ふぅん、なかなか興味深いな」


 俺がヒスイ石を撫でながら言うと、レオスは苦笑した。


「グレアやヒートを状態異常と捉えるならまあ、その効き目がなくもないんだろうが。お前自身もきっと、無意識にでもガードしたんだろう。ここには魔素がたんまりとあるからな。上手く自分の魔力に変換できる者ほど強くなる」

「そうか」


 レオスに褒められたのが純粋に嬉しくて、フフ、と笑い返した時だった。


『……レイブン家……、の……』


 嗄れた声で呻くように言いながら、突然、クィルが身を起こした。紫紺のマントがするりと肩から滑り落ちる。


「クィル? どうした……」

「トワ! そいつに近づくな!」


 その顔を覗き込もうとした瞬間、凄まじい勢いでレオスに腕を掴まれ、引き戻された。


「レオ?」

「様子がおかしい。離れていろ」


 俺と立ち位置を入れ替わるようにして、レオスが一歩前に踏み出す。

 だが、ぎょろりと動いたクィルの血走った目は、レオスではなく俺の姿を見定めた。薄い唇が、ニィと、異様な高さにまで釣り上がる。見るだに恐ろしい表情だった。


『レイブン家の、オメガの、胎を……、裂、け……!』

「何だと?」


 レオスが激昂した。


「レオ、あれを!」


 レオスの肩を押さえ、俺はもう一方の手でクィルの額を指さした。銀色に光る魔力の刻印……ホーンオウル家の紋章でもある、木兎(みみずく)の形をした刻印が浮かび上がっていた。


「あれが……、例の魔術刻印、か?」

「ああそうだ。大抵は家紋をモチーフにして編まれた術式を……」


(木兎……)


 その刻印を見た俺はハッと思い出し、ローブのポケットから、大きな黒い尾羽根を取り出した。それは以前、クィルが使役するヨタカが召喚したモンスターに襲われた時、兄のもとから救援に来てくれた大鴉が残した物だ。

 兄が継承したレイブン家の魔術刻印は、この大鴉がモチーフとなっている。


(それにしても、何故……、このタイミングで刻印が額に浮かび上がる?)


 その現象は、次代に刻印を継承する時か、肉体が死を迎える時で……。


「トワ? どうしたんだ?」

「いや、ただ……」


 ──気になることがあった。しかし、それを上手く言語化することが出来ずに口ごもっていると、


「トワ、危ないから下がれ!」


 レオスは剣を抜き放ちながら叫んだ。

 地下空洞の中央の地面に、巨大な渦が現れている。そこから現れたのは……、


「アンデッド?」


 アンデッドとは、この世に恨みを持つ存在の屍体(しかばね)を元に構成されたモンスターだ。

 今、俺たちの目の前に現れたのは、数体のキメラ型のアンデッド。大型の猛獣の骨格の背に、猛禽類の翼の骨がついている。尾は、蛇の骨だった。

 この種の厄介なところは、その高い殺傷能力もさることながら、呪いをかけてきたり、口から毒を噴霧したりという、近接戦闘では避けることが難しい攻撃を仕掛けてくることだ。

 ただレオスや俺は、防具以外の装備品や自分たちの魔法で防御力と耐性を上げることができる。ヒスイ石のチョーカーや、勇者のマントなどがそうだった。


炎の剣(フレイム・ソード)!」

大振動(ギガ・クエイク)!!」


 たった一人で、レオスは炎を纏わせた剣で敵を薙ぎ払い、かつ攻撃魔法も繰り出しながら、無双の強さで着実にアンデッドの数を減らしていく。

 だが、このままでは……。


「クィル! もうやめろ!」


 魔力刻印に込められた呪いの暴走によって、クィルは次々とアンデッドを召喚させられている。

 だがクィル自身の自我は、レオスのグレアを浴びたときにとうに消失していて、肉体の方も最早魔力の器としての機能を果たしていない。これ以上、その身に宿した刻印を触媒にした召喚魔法を行使し続ければ、間違いなく身体の方がもたずに死んでしまう。


(ああ……、だから、刻印が)


 俺がここに。クィルの目の前に存在しているせいで、刻印の呪いが暴走した。

 器であるクィルの死と引き換えにしてでも、俺への復讐を果たすために。

 ……とうとう、召還する魔力も尽きたのか。アンデッドはこの場に残っている数だけとなった。


『お、おのれぇ、レイブン家め……、オ、オメガ……、死ねッ!』


 クィルは腰に差していた短剣を抜き、よろよろとおぼつかない足どりで近づいてくる。

 残りのアンデッドどもを斬り伏せながら、レオスが鋭い目つきでこちらを振り返る。だが俺は、首を横に振ってみせた。ここは、どう見ても俺自身が対処をすべきところだ。

 ──不肖、このリーファス・トワも、かつては勇者レオスのパーティにいた白魔法使いなのだから。

 俺は、口の中で兄から教わった呪文を唱えた。

 手にしていた尾羽根が幻炎によって燃え上がり、その中からレイブン家の使い魔である大鴉が現れる。


「大鴉」


 大鴉は、俺が手振りで示した位置に、両翼を開いた状態で浮遊した。


「クィル……いや、ホーンオウル殿と呼ぶべきかな」

『貴様……、リーファス……!』

「ハハッ、もう力が出ないようだな?」


 俺は髪をかきあげ、自分の額を晒すようにして見せた。


「……かなり古い話にはなるが、我が一族に嫁いだホーンオウルの係累がいると聞く。ならば、我が身にもその権利の欠片程度はあるのではないだろうか。……言っている意味がわかるか? その刻印をこの身体に与えれば、ホーンオウルは()()()()()()()()()()()()()()()ぞ?」


 クィルの顔つきが、ほんの一瞬、無になった。だが、次の瞬間には、邪悪としか表現しようのない笑みを湛え……。


『ようやっと、儂の求婚を受け入れる気になったか』

「フッ、ここまでされてはな。俺も魔導師の端くれだ。我が魔力が今以上に増強されると考えれば、そう悪い話でもない」


 横合いから、レオスの凄まじい殺気が迫ってきたが、今は無視する。というか、頼むからまだ動かないで欲しい。

 クィルの額から、銀の刻印が光の筋のように解けて離れていく。俺の額に伸びてこようとするそれを、大鴉が素早く割り込んできて阻んだ。


 ──カアアアッーーー!!


『なッ!』


 大鴉の額に、刻印が宿った。バサッバサッバサッ! 無茶苦茶に翼を振って、それでも尚、この状況が分からぬ、といったように首を傾げる大鴉──。


 ああ、最期の瞬間まで分からなくていい。その間を与えるのさえも惜しい。俺は叫んだ。


「レオ!」


 俺が叫ぶのとほとんど同時。白銀の(はがね)が、疾風を纏って一閃し、大鴉ごとその刻印を両断した。


 ──ギ、ギャ、ギャ、ギヤアアアーーーッ!


 断末魔の声が上がり、大鴉は刻印とともに霧散した。

 ひらりと地面に落ちた尾羽根を素早く回収した俺は、再び地面に倒れ込んだクィルのそばに跪き、首筋に指を当てて脈拍を探った。


「無事か?」


 全てのアンデッドを屠り、剣を鞘に収めたレオスが短く訊ねてきた。


「ああ、生きている。身体に刻印もない……。気を失っているだけだろう」


 ほっと一安心してから、俺は尾羽根に向かって呪文を紡ぎ、再び大鴉を召喚した。念の為、その全身をざっと検めてみたが、あの刻印はもうどこにもなかった。

……ホーンオウルの魔術刻印は、この世から完全に消滅した。


「これでひとまず、任務は完了だ」


 そう言いながら立ち上がった俺に、(こわ)い顔をしたレオスが、大股で歩み寄ってくる。


「レオ?」

「……まさか、この俺の目の前で、他の男からの求婚を受けるとはな」


 逃がさないとばかり、俺の腰を捕らえて抱き寄せたレオスは、耳元で低く、脅すように囁いてくる。


「戻ったら覚悟しておけよ、()()


 狂言であることは重々わかっていても、許し難いものは許し難い、と。俺への独占欲を隠そうともしない愛しい伴侶に、俺は微笑みながらそっと口付けを贈る。

 

「……ああ。受けて立つとも、勇者殿」


 自然、もっと深く唇を重ね合わせようとして、互いに顔を寄せあった、その時だった。


「おーい、レオー! 無事かー?」

「トワー? なんかそっち、すごく静かだけど、生きてるー?」


 ようやく第七層の地下空洞に降りてくる、複数人のガヤガヤとした足音。そしてなんとも呑気な、仲間たちの呼び声──。


「アイツら……」


 わざとじゃないだろうな、と、レオスは複雑な表情で呟く。


「……いや、でも急ごう。クィルを早く連れ帰って医者にみせないと」


 俺が促すと、レオスも真顔になった。


「なら、転移魔法陣の作製を頼む。その間の雑魚の掃除は引き受けた」

「了解」

 

 クィルはかなり衰弱していた。

 幸いなことに目立った外傷はないが、先になんとか魔力だけでも回復させるべきかと迷っているうちに、パットとキリィ、エティスとロイル、そして最後にヴォルフが地下空洞に到着する。

 彼らに軽く状況を説明すると、エティスはすぐにクィルの手を握り、魔力の回復呪文をかけてくれた。

 クィルの魔力回復をエティスに任せることが出来た俺は、ポケットから取り出した白墨で、塔の部屋に戻るための新たな転移魔法陣を地面に描く。

 残りの面々は、たまに湧いて出てくるモンスターの駆除係だ。


 それは、過去の懐かしい一幕を思い出させるような光景であり。

 または、俺の知らない新たな本の一(ページ)を垣間見るような世界でもあり。


 ──まあ、いずれにせよ。自分は既に冒険者ではないという事実も、この際はさておくとして……、その時。


 この俺、リーファス・トワが携わる冒険(クエスト)は、これが最後のものになるという実感が、俺の心の(うち)に深く静かに刻まれたのだった。







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