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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
終章

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22-1




「なんで……、もう、お前たちがここに?」


 ヒュドラに襲われそうになったのを、間一髪のところでレオスに突き飛ばされたクィルが呆然と訊ねてくる。

 俺は、(とぼ)けるように首を傾げてみせる。何を訊かれたのかは、無論承知の上でだ。


「我々は間に合わないと思っていたのか?」

「当然だろう! 一体どんな手を使った?」


 そう食い気味に叫ばれて、俺は苦笑する。

 やれやれ、意外と元気なようで何よりだ。


 俺が、クィルという青年の顔をまともに見たのは、これが初めてだった。といっても、ここはかなり薄暗く、けっして良好な視界ではなかったが。

 俺とレオスは当然のこと、クィルも視力強化の魔法を使っているのだろうが、この場所の闇は魔界の闇であり、ヒュドラの姿を隠すための眩惑(げんわく)の術がかけられている。さっきのレオスの強力な火魔法でもなければ、この闇を完全に払拭することは不可能だった。

 それでも、ある程度の造作は見て取れるもの。

 生憎、ホーンオウルの当主の顔は知らないのだが、クィルの母親であるゾッド夫人とは、つい先日会ったばかりだ。


(グレンは、陰気な顔つきだと言っていたが……。なるほど、基本は母親似だな)


 心身ともに荒んでしまったのは、これまでの境遇の所為もあるだろう。その(かげ)さえ取り除けば、少し生意気で、まあまあ利発そうな若者の顔になるのではないかと想像出来た。

 

「簡単な話だ。そろそろこの第七層が現れそうだという報告を受けて、急いで今日の朝一番に船で帰ってきた……」

「そうじゃなくてっ! このダンジョンの入口は……っ!」

「順を追って話そうと思ったのだが、せっかちなことだな。……そう、ダンジョンの入口は封鎖されているという話だったが、もしかしたら君がうっかり出て来はしまいかと、念の為にビル──ああ、ビルというのは、島に残ってくれていた猟師だ──に見張っていてもらったのだが。待っていても一向に封鎖は解かれないようなので、仕方なく別のやり方で中に入ったまでのこと」

「別の、やり方……?」

「まさか、第一層から最下層までバカ正直に踏破(とうは)してきたと思っているんじゃないだろうな?」

「あ……」


 俺の指摘に、クィルの顔色が変わった。


「メグの手引きがあったんだろうが、マントを盗むために塔の部屋に侵入したときに、気づかなかったのか?」


 以前にも述べたように思うが、あの部屋の上には実は、小さな屋根裏部屋がある。そこに、俺は第五層と第六層の間を繋ぐ階段下に転移できる魔法陣を設置していた。無論、屋根裏部屋自体にも結界を張り、魔術的にも厳重に隠してあったのは言うまでもない。


「つまり、我々が足を使って進んだのは()()()()()。確かに地図は君たちに奪われたが、まあこの俺も、地図は実際にこの目で見ている。その記憶と、あとは盗賊(シーフ)のキリィの技量でなんとかなったというわけだ」


 しかしながら、途中の道々に現れるモンスターには少し手こずった。

 その質にではなく、量においてである。クィルの召喚術によって現れるモンスターに誘われるようにして、ダンジョン内にもともと棲み付いているモンスターたちまでもがしつこく湧き出してきたからだ。

 それは、俺たちが目的地に到達するために望んでいた時間と速度を、確実に()いできた。

 故に、俺とレオスは先を急ぐことに専念することにして、パットとヴォルフ、それにロイルとエティスは各場所に残り、それぞれに敵との応戦を買って出てくれたのだった。

 ちなみにキリィは、俺たちをこの地下空洞まで送り届けたあと、すぐに仲間たちを援護するために来た道を引き返していった。


 ──おい、と低い声でレオスが声をかけてきた。一つ首のヒュドラと、今なお睨み合いながら……。


「そっちの説明は済んだか? こちらもそろそろ本題に入らないとだが」

「ああ、レオ。すまない」


 俺は歩を進め、レオスの横に立った。


『汝らは……、どうやら本物のようだな』


 ヒュドラの声が、脳内に直接響く。俺とレオスは揃って片足を後ろに引き、(うやうや)しく頭を下げた。

 そして俺は、挨拶の口上を述べる。


「『水蛇』の王、ヒュドラよ。此度は百年ぶりの復活、誠に喜ばしく存じます。しかしながら、拝見致しましたところ、まだ御身(おんみ)は完全なる復活とは言い難いご様子」

『……汝はもしや、『賢者』か?』

「いいえ。生憎と私は、黒の魔法の方はあまり(たしな)んではおりませんので」


 俺は、オメガの白魔法使いだ。黒の魔法も同じぐらい習得していれば、おそらくは『賢者』の称号も狙えたのだろうが……。


「それに、私めはもう、『冒険者』ではありませぬ」

『……何?』


 心底意外そうな声。続けて、ヒュドラは牙を剥き出して唸り、苛々とした声で言った。


『ならば、さっきの小僧と同様、我に挑む権利など露ほどもないはずだ。一体、何をしに我が寝所にまで押しかけて来た! 不敬であるぞ!』

「私は、このダンジョンの管理人、リーファス・トワでございます。そして私と共に来たこのレオスは、先程御身がお認めになった通り、正真正銘の魔法剣士で、『勇者』にございます」

 

 俺は声を張り上げた。


『管理人……』


 と、拍子抜けしたように、ヒュドラは言った。


『ならば汝は、我に挑むつもりはないのだな?』

「はい、これっぽっちも。私はこの若者の母親に頼まれて、彼を連れ戻しに参った次第」

「──えっ?」


 俺の背後で、小さな声が上がった。振り向くと、クィルがギョッとしたように大きく目を見開いて俺を見ていた。


「そんな……、は、母上って。嘘をつくな! お前らはここで俺を殺して、あわよくばヒュドラのことも斃すつもりで来たんだろう!」

「──阿呆が。勇者をなんだと思っている」


 レオスが低くクィルを一喝した。そして、再びダンジョンの主の方に向き直る。


「ヒュドラよ。俺は確かにここで貴様に挑む資格を有している。が、今はそのつもりは毛頭ない。トワがそこの若造に言ったように、正式な作法に則って入口からここまでを踏破してきていないし、何よりも、そちらはまだ首一つしか目覚めていない。完全体である貴様を斃さねば、意味はないからだ」

『ほう。ならば、汝の目的も、その男と同様であると申すか』

「その通り。……我らが火を灯さぬままでいるのも、貴様の今の姿をこの目に鮮明に映さないためだ。その意味はわかるだろう?」


 と、レオスは、火の消えた松明を掲げて見せた。この地下空洞の入口に捨ててあったものだ。俺たちは魔法で視力を強化させただけで、灯りの類いは一切携帯していないので、これはクィルが持っていた物だろう。

 俺たちも、そしてクィルも、ヒュドラの返答を待つための沈黙をしばし受け入れた。


『──勇者よ。我も汝とは完全体で戦いたい。故に、汝とそこの管理人には手を出さぬと誓おう……。しかし、そこの小僧は別だ』


 ヒュドラは、獰猛に(ひか)る赫い目をクィルに向けた。


「と、申しますと?」

『管理人よ。我にも領分というものがある。その小僧は勇者であると(かた)った上、その領分を荒らしたのだ。到底、許されるものではない』

「領分ですか……なるほど」


 どうやら、クィルはよほど、目覚めかけのヒュドラの怒りを買ったらしい。

 俺がレオスに目配せをすると、彼はクィルが羽織っている真紅のマントを引き掴み、そのまま強引に剥ぎ取った。


「なっ、何をする! やめろっ」

「うるさい。これは元々俺の物だ。返してもらう」


 レオスの一言で、クィルは押し黙った。

 俺はため息を吐いてから、ヒュドラの前に一歩進み出る。


「実は、我々がこの若者を追っていたのも、我々の領分においてのこと。このマントは、元はと言えば勇者レオスの持ち物でした。故あって私が預かっていたのを、この若者にまんまと盗まれてしまいました。……それで、彼の母親は、ひどく憤りましてね。冒険者風情に憧れ、いつまでもフラフラとして落ち着かない放蕩(ほうとう)息子を懲らしめようと、我々に彼を連れ戻すよう依頼をしてきたというわけです」

「そ、そんなのは嘘だっ! 嘘っぱちだ!」


 叫んだクィルの頭を、レオスが今度はげんこつで殴った。


「痛っ!」

「少し黙っていろ。俺も、お前のことを許していないからな」

「くっ……」


 二人のやりとりを横目に、俺は淡々と言を紡ぐ。こういった話は、間を置くことなく畳みかけてしまうに限る。


「──それに。この若者が勇者ではないとお分かりになったにも関わらず、寝所の扉をお開きになったのは何故(なにゆえ)にございますか? これは、御身の重大な境界侵犯であり、ダンジョンの管理人として、見過ごすことは出来ませんが?」

『……管理人たる汝の領分は、我ら魔族と冒険者との境界を正しく分けることであろう。しかし、そこの若造は冒険者ですらないと言ったな? ならば、身を引くべきはそちらではないか?』

「そ、そうだ! だから余計な口出しするな!」


 またもクィルが噛み付いてきた。レオスが今度は真上からげんこつを落とす。


「……ッ!?」

「お前こそ、黙れと言っただろうが」


 本当にうるさいガキだな、とレオスは呆れ返っている。そして、身に纏っていた紫紺のマントを剥ぎ取ってクィルに押し付けた。


「わ、な、何だよ!」


 両手で重みのある布を受け取らされ、クィルはよろめいた。


「持ってろ。借物のままじゃ落ち着かないからな」


 そして、十四年ぶりに主の元に戻った真紅のマントを羽織る。

 それまでレオスが纏っていたものは、グリギアの王から借り受けた、百年前の王の持ち物だ。つまりは、例のポンコツ勇者のマント。それを、同じ真似をしようとしたクィルに押し付けるとは……。


「なかなか、皮肉なことをするな?」

「これで双方ともにお似合いだろ?」


 と、レオスが俺に向かって片目をつぶってみせる。

 ああ、懐かしいな……、と思った。この男は、出会ったときから、たまに妙な茶目っ気を出すことがあったのだ。

 レオスは俺の肩を引き寄せると、ヒュドラを真っ直ぐに見据えた。


「ヒュドラよ。悪いがトワは本気でこの若造の母親との約束通り、コイツをここから連れて戻ると決めている。そして俺は、トワの伴侶だ。……だからな、あんまり聞き分けのないことを言ってると、俺もうっかりこの剣を抜いてしまうかもしれないぞ?」

『何を……貴様……』


 脳内に響くヒュドラの声にも、露骨な不穏さが宿る。

 だが、レオスは全く(ひる)まなかった。故国では、生まれた時から権謀術数の中で生きてきた。亡命後には百戦錬磨の勇者となり、つい最近までは政治にも手を出していた彼に、脅しや威嚇といった類いは残念ながら、まともには通じにくい。意外と中身は、俺などよりもよほど策士に出来ている。

 剣の柄に手をかけながら、レオスはなおも不敵に言い放った。


「さっきは少しばかり、綺麗事を言ったけどな。本当は、完全体と戦えるんなら、別に貴様の複製(レプリカ)の方でも構わない。だから、そっちが選んでくれ。復活早々、不完全な原体(オリジナル)のまま、俺にここで斃されてもいいと思うのか。……さあどうする?」




※※※

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます!

本日夜にも更新します。そのまた次の更新がエピローグです!

完結まであと少しですので、どうか最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m



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