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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
終章

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21-3



     ➕ ➕ ➕



 ……カルキノスは、あっさりと排除された。

 図体はそこそこデカいのだが、冒険者の職位(ランク)が星三つあればなんとか倒せる程度の中級モンスターである。

 実は、クィルの攻撃魔法程度でも、うまく急所に当たりさえすれば充分に勝てたのだが、モンスターに対する知識に偏りのあるクィルは、カルキノスの見かけに萎縮してしまい、完全体のゴーレムを呼び出してしまった。そのために、ヒュドラと対峙する為の大事な切り札を失ってしまったのだ。

 カルキノスを一撃で粉砕したゴーレムは、役目は果たしたとばかり、崩れ落ちるように消滅していく。

 強いモンスターほど、顕現の時間が短くなるのだ。

 クィルの召喚魔法は、希少であるが故にその導き手もおらず、また彼自身の未熟さもあって、まだ完成には程遠い代物であった。


「ハ、ハハ、ハ……」


 尻餅をついていたクィルの喉奥から、乾いた笑いがこみ上げてくる。己が愚かすぎてもう駄目だった。


(御祖父様……、所詮、僕の器はこの程度です。レイブン家の魔導師になんて、敵うはずがない)

(だから……、これでもうお終いにします。ホーンオウルの刻印を継ぐのは、この僕が最後です!)


 クィルは立ち上がり、ローブの上に纏った『勇者のマント』の裾を捌いた。

 背の高さが違うのだろう。()()のそれはどうしていても地面の上をズルズルと引き摺ってしまう。全く、その理由も含めて不快なこと極まりない。


(それでも、一度は『最強勇者』まで登りつめた男の持ち物だ。触媒には充分すぎるぐらいだろう)


 クィルは、門の前に立った。

 あとは、ヒュドラには目もくれず、財宝が積まれた台座を壊すだけ……! 

 そのあとのことは、もうどうとでもなればいい、と。

 クィルは、荒くなっていた呼吸を整え、それでも声の震えは抑えられぬままに、にわかに覚え知った勇者の口上を述べる。


「……み、『水蛇』の王たるヒュドラよ! 我こそは、貴様を打ち斃すためにここに至った『勇者』なり! 我が証を認めるのなら、いざ! 速やかにこの門を開かれたし!」


 己の声の反響が、最下層域の静寂(しじま)を揺らして消えた。まるで全身が心臓になったかのように、その高まる鼓動のみが激しく耳を打つ。

 どれぐらい待っただろうか。

 ズン、という腹に響くような音がしたあと、ゴゴゴゴ、という地響きとともに巨大な石の門が、左右に分かれて引き開かれていった。

 中から生ぬるい強風が吹きつけ、地下空間を照らしていた篝火(かがりび)が全て消えた。


「……あっ」


 一瞬で、辺りは漆黒の闇に覆われた。

 明るさに慣れきっていた目は、目標物を失って激しく彷徨(さまよ)う。それでも、どこにも、一筋の光さえなかった。

 巨大な生物が、たったの一息で全ての篝火を吹き消したのだと、ようやくわかった。

 恐ろしい気配が、扉の中から地下空洞の方へ這い出てこようとする。


(闘技場は、こっち側なのか!)


 方向も何もわからなくなっていたが、クィルは夢中になって逃げた。だが、濃厚で邪悪な気配は全く遠ざかる気がしない。いや、むしろどんどんと近づいてきているような。いや増す恐怖に、心臓がぎゅうっと締めつけられる。

 ふと見上げると、高い宙で(ひか)る、(あか)い光点が、二つ。


「ひ、ひいっ」


 クィルは縮み上がった。


『──勇者を(かた)()れ者めが。どんなにか活きのいい餌が飛び込んで来たのかと見てみれば……。ハハ、火が消えただけでその有様か。腰が抜けておるな。実に無様、いや滑稽なり』


 何者かが、傲岸不遜な声で、脳内に直接語りかけてきている。

 クィルは地面に尻をついたまま、後退った。視力強化の呪文を唱えてみたが、どろりとした濃密な闇が、ほんの少し淡くなった程度である。だが、黒々とした相手の影と、爛々(らんらん)とした一対の赫い目だけは、はっきりと見えた。


「う、嘘じゃない! 僕は勇者だ! お、お前こそ! 頭が一つしかないじゃないかっ。さてはお前、ヒュドラじゃないな? だから火を吹き消して、姿を隠したんだろう!」


 フッハハハハハハハハ…………。


 ──たまらぬ、といったようにヒュドラは嗤い出した。


『我は三つ首の竜である。しかし、一番目と二番目はまだ眠っておるのでな。全く、寝穢(いぎたな)い奴らめ。一つ首ではまるで(さま)にならぬわ』


 と、ヒュドラは退屈そうに(のたま)った。

 現時点で覚醒しているのは、三番目だけ? では、その属性は? そんな事を考えかけたクィルは、自分がとっくに切り札を失っていることを思い出す。相手がどの首であろうと、こちらがもう詰んでいることには変わりないのだ。

 

『今は、不完全な我が姿を晒すわけにはいかぬ。故に、あとの二つが目覚め、我が姿を拝むに相応しい者が現れるまでは、闇の中で不埒者を(ほふ)ることにする。……ふむ。貴様は貧相な身体だが、刻印持ちならば、多少は魔力の足しになりそうだな』


 ヒュドラは、クィルを完全に餌だと決めつけていた。


『……さぁて。このまま、頭からガブリといくか。それとも、一嬲りしてからが良いか』


 薄闇に慣れてきたクィルの視界で、ぬう、と大蛇が高く鎌首をもたげるような動作をした。赫い目が、ガタガタと震えながらも、固まってしまったクィルをすぐそばから見下ろし……。


『……どちらにしても、不味そうだがな』


 ──ああ、全部、終わった……。


 クィルの心は、落胆とも安堵ともつかない気持ちに覆われた。

 ずっと、終わらせたかった。そのはず、なのに……。

 けれど、このままで終わりたくない。まだ死にたくない。最後に、そんな気持ちの方が強く残るだなんて。


「御祖父……様、」


 怪物の殺気が最大限に膨れ上がった。巨大な肢体を物ともしない、まるで矢のようなスピードで迫る水蛇の鎌首に強襲されるはず、だったが。

 次の瞬間──、ドンッと横合いから何かにぶつかられ、クィルの身体はその場から弾き飛ばされた。


「……ッ!?」

炎柱ピラー・オブ・フレイムっ!!」


 間髪を容れず、朗々とした声が響き渡ったかと思うと、激しく渦巻く火焔がまるで巨大な柱のようにヒュドラの前に立ちはだかった。

 紅い火影(ほかげ)に照らし出されたヒュドラが、(わずら)わしそうに身体を引くのが見えた。確かに、首が一つしかない。(くす)んだ鉄錆(てつさび)色の胴体にある、あと二本の首が生えているべき場所には黒々とした穴が空いていた。

 ──そして。ついさっきまで、クィルが腰を抜かして震えていた場所には、仰々しいほどの立派な紫紺のマントを羽織った、金髪の背の高い男が立っていた。

 火炎の柱はすぐに消え去ったが、その間にクィルは、自分の周りに強固な結界が張られ、護られていることを知った。


「火を避けた。どうやらその首は()()()だな」


 聞き覚えのある声に顔を上げて見ると、そこに立っていたのは、黒とも見紛う濃緑色のローブを着た痩せぎすの男。


「リ、リーファス・トワ……?」

「いかにも」


 片眉を上げてみせたリーファスは、おどけるように言った。


「こうして、じかに顔を合わせるのは初めてかな。ヨタカ殿……いや、クィル・ゾッド殿?」




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