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クナ大陸の西に位置する、魔導国家グリギア。
その最西端のアクラ岬から、真っ直ぐ南に七十海里(約一三〇km)ほど進んだ海上に浮かぶ島、それがレルネ島だ。
その中央には、標高千メートルを超える峻厳な岩肌を持つゴルネイ岳が聳える。
もともと魔素の濃い土壌を有するこの島は、かつてはグリギア王国が発展する礎となった、魔導研究所の本部が置かれた島でもあった。
二百年ほど前。ゴルネイ岳の中腹からその地下に向かって、突如として魔界の建造物である巨大な迷宮が現れた。
その主は、黄金の鱗を持った三つ首の竜。
それぞれの頭に、邪悪な意志を持った恐るべき巨大モンスターだ。
その原体を斃せば、一生遊び暮らしても使い切れぬほどの莫大な金銀財宝が。その後、ダンジョンの原状回復魔法によって蘇った複製を斃せば、その半分ほどの財宝が手に入ると言われている。
ただし、ヒュドラダンジョンの財宝は、人間の世界へと持ち帰れば大抵、死よりも恐ろしい呪いが発動する。
故に、冒険者は決してそれらを持ち帰ったりはしない。そもそもが、最下層域のダンジョンは選ばれし者しか挑むことの許されぬ大いなる試練だ。それまでにも数々の命懸けのクエストに挑んできた彼らが、ここに至って呪われた財宝に目が眩むことはない。
彼らは、ダンジョンで得た財宝をクナールという統一通貨か、財宝を模した貴金属類、もしくは経験値で換算し、それをギルドでクエストの成功報酬に上乗せする形で受け取るのだ。
ゴルネイ岳にダンジョンが現れて以降、上層域は初心者レベルから、中~下層域はベテラン勢、最下層には勇者のパーティが、それぞれのレベルに沿ったクエストに挑むべく、ひっきりなしにレルネ島を訪れるようになった。
そして、その百年後。
島をとある勇者が訪れ、三つ首の竜との決戦に挑んだ。
──それは、ただ。幾百度目かの複製の死のはず、だった──。
➕ ➕ ➕
(フン……。どこのどいつなんだか知らないが。結界の軛まで吹っ飛ばすなんて、全く馬鹿なことをする勇者サマもいたもんだ)
ローブについたフードを目深に被り、口元に皮肉な笑みを湛えながら、彼は内心でかの勇者のことをこき下ろす。
土や埃にまみれ、裾の一部が欠けた真紅のマントを引き摺るようにして、最下層へと続く、長い石段を降りて行きながら。
(まあ、おかげで、なんとか格好のつく復讐の算段がついた。これで、これで……、ようやく解放される──!)
──彼は……、クィルは、歓喜の涙を流していた。
(この身は、『祖父』の呪いに支配されている)
二歳の時、クィルは母親の目の前で、祖父によって、既に王より断絶を言い渡されたホーンオウル家の魔力回路の刻印をされた。
幼いクィルの額に遺された刻印は、その場で息絶えたホーンオウル家最後の当主による、怨念に満ち満ちた、忌まわしい呪いの継承でもあったのだ。
クィルは、あの日からのことを全て記憶している。
それ以降、両親は彼のことを一切抱いてくれなくなった。笑いかけてすらもらえず、常によそよそしい態度で遠巻きにされた。
そして弟が生まれた日。新たなゾッド家の跡継ぎの誕生に湧く両親の姿を見たとき、クィルは、己の人生が敗北者のものであると悟った。
彼は、この世界で完全に孤立した。
頭の中では、刻印を通じて、祖父の声が日に日に大きく再生されるようになっていった。
声は余すことなく、己の恨みつらみを語って聞かせた。耳を塞いでも、薬を使って眠っても無駄だった。
──レイブン家を、あの高慢ちきな当主諸共打ち滅ぼせ。
あの澄ました面の、憎たらしい跡取り息子を殺せ。
その弟であるオメガの胎を引き裂け。ホーンオウルへの嫁入りを拒んだ者に、アルファの子など、決して生ませるな。
(ああクソッ! いっそのこと、気が触れてしまった方がはるかにマシだ──ッ!)
ある日、とうとう呪いの前に膝を屈し、幼いながらにも、レイブン家への復讐を計画し始めた頃、その声は少しずつ大人しくなった。
それでクィルはもう、後に引き下がれなくなった。もしも立ち止まってしまったら、またあの声が、頭の中でまた際限なくがなり立ててくるとわかったからだ……。
祖父の直接の恨みの対象であったレイブン家の先代当主は、それこそ呪われたかのように、祖父の死の少し後、急な流行病に倒れて死んだ。
だが、その次に因縁深い相手であるレイブン家の次男、オメガのリーファス・トワは、それよりもっと前に勘当されていて、その居所がわからなくなってしまっていた。
やがて成長したクィルは、レイブン家の当主が顧問を務めている魔導研究所に入った。そこでなんとかレイブン家に接近しようとしていた折り、偶然にもレルネ島に常駐していた研究員から驚くべき事実を知らされる。
──実家を勘当され、よその国で冒険者になったはずのリーファスは、なぜかレルネ島のギルドマスターとなって、ひっそりとグリギアに戻ってきていた……。
クィルは早速、本土と島との間を行き来する連絡員に志願した。研究所において、そんな使い走りは出世から外れた者がするものだと揶揄まじりに言う者もいたが、クィルは全く気にしなかった。
まずは、リーファスの情報を集めるのが先だ。
島に行けば、その姿を見つけるのはわりと容易であった。
島のギルドで、初めて彼を見た印象は、『神経質そうで、意地が悪そうな感じ』だった。
どう見ても、一般的にオメガらしいといわれる、儚げな美貌では全くなかった。
実際に何も知らない者たちからは、当たり前のようにベータと認識されて終わるようだ。
細面で頬骨が高く、鼻筋がすっきりと通った顔立ちはよく見れば整ってはいるのだが、目尻が少し上がり気味な所為で、それが第一印象のほとんどを占めてしまうのだろう。
容姿の特徴は違えど、印象だけなら自分も似たようなタイプなのではと思い、その時はものすごく嫌な気分になったことを覚えている。
年齢は三十路半ばに近いはずだったが、とてもそうは見えなかった。
青白くて不健康そうな膚は、それでいてつるりとした不思議なハリがあり、畑仕事などでよく外を出歩いているわりには、日焼けによるシミやソバカスもなかった。(おそらく彼は、陽光が苦手で、魔法で徹底的にガードしている)
身体つきも、加齢による丸みやたるみなどは全くなく、むしろ男にしては細すぎるほどだった。
普段は、島の皆から『マスター』と呼ばれ、そこそこの信頼と敬意を得ているようだったが、ダンジョン内で作業をしている時はまた様子が違った。目立たぬように黒いローブを着て、同じく黒の頭巾とマスクで頭と口元を覆って無心に働くその姿からは、上級職位の冒険者である元白魔法使いらしい威厳は完全に消え失せていた。
貴族の家に生まれたとは思えないほど、雑事を厭わず働いているので、通行人たちからも、ギルドマスターとは気づかれないどころか、管理人とさえも認識されていなかった。
『あ、ダンジョンの清掃の方ですか。草むしり、ご苦労様です!』
『あの、お話中のところ、すみません! さっき地図を落としちゃったんですけど、良かったら出口まで案内してもらえませんか?』
前者は草むしりではなく、目の利く冒険者なら必ず気づいてゲットしていく薬草の植え替え中で、後者もおしゃべりではなく、初心者向けダンジョンに迷い出てきた人型の中級モンスターを魔法で拘束している最中だった。
彼には、常に誰かがさりげなく傍についていて、大抵はそちらの人間がうまく通行人をあしらっていたが……。




