20-3
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「まずは、見てもらいたいものがある。……イヴ」
「御意」
王に促されたイヴリールが、手に持っていたものを丁寧な手つきでテーブルの上に置いた。それは、古い革張りの表紙の本だ。
それを、王とイヴリール以外の全員が覗き込むようにして見る。
「……これは? 『三つ首竜の島にて』?」
エティスが題名を読み上げるよりも一瞬早く、レオスとヴォルフは「あ」と声を出した。
「どうした、二人とも」
キリィが顔を上げて問う。
「いや、これは確か先日、イコが街で探していた本だ」
「俺もさっき、そう聞いた。どうやらその本は、トワが持っているらしいとも……」
「ああ、これがその本だ。リーファスが持っていた物を、私がクロンに向かう前に、陛下に御覧頂くために借り受けた」
イヴリールは淡々とした口調で告げる。
だからトワの部屋にはなかったのか、とレオスはひとりごちる。
「この本とクィルに、一体どういう関係が?」
ヴォルフが眉を寄せて問うと、ふむ、と王は頷いた。
「そうだな。まずは、その本のことから話そうか」
イヴ、と。再び王のお声がかかり、イヴリールは居住まいを正して口を開く。
「最初に言っておくが、この本とクィルに直接的な関係性はない。だが、今回の案件にとっては非常に重要な意味を持つ事柄が記されている。加えて、この手記の著者の正体も、我々にとっては重大な意味を持つ」
「正体?」
パットが首を傾げる。
「即ち、勇者の正体だ」
答えたのは、王だった。
「え? レオの?」
「いや、パトリシア嬢。違う。レオス殿ではない」
と、イヴリールは冷静な声音で否定する。
「この本が書かれたのは、およそ百年ほど前。とある『勇者』が匿名で書いたものだ。しかし、作中で名を明かさずとも、『勇者』であるなら、その存在は限られてくるだろう?」
「……。そうね。勇者の称号持ちって、レアだし。活躍した年代がわかってるなら、ギルドにあるクエストの記録を見て調べられるはず」
「いや、でも嬢さん。それで調べたところで、わかるのは冒険者名だろう?」
「あ、それもそうね」
キリィの指摘に、パットはあっさりと頷いた。
レオスやヴォルフのように、何のひねりもなく本名をそのまま登録した者。リーファス・トワのように、ミドルネームをそのまま使っている者。そして、パットやキリィのように、本名からの愛称で登録したりする者。冒険者名も人によって様々な付け方があるが、自分たちのようなのは、あまり数としては多くないだろう。大体は、本名からはかけ離れた名前を登録する者の方が多い。高貴な身分の者であるなら特に……。
だがこの勇者は、ささやかなりとも事情を知る者が読めば、本名も含めてその正体まで辿り着くのはさほど難しくはない、とイヴリールは語った。だからトワも、その正体には薄々気づいていたのだと。
「何せ、何もかもあけすけに、ダンジョンの中で起こった事も全て詳らかに記述されている。だから、この本は世に出るなり、すぐさま回収された」
「え、そんなヤバい奴が書いたの?」
「もしくは、世に広まったらよっぽどマズいことでも書いてあったか?」
「今のはパトリシア嬢が正解だな。本の内容は、冒険者なら周知のものだ。キリエール、百年前にレルネ島で何があったか、当然知っているな?」
「あ、なるほど」
キリィは、ぽんと掌を打った。
「例の、『勇者がヒュドラを斃したら、うっかりダンジョンの結界まで吹っ飛ばして島全体が魔界化しちまった』ってヤツですね」
「じゃあやっぱり、この三つ首竜の島って、レルネ島のことなのね」
「だからイコが読みたがったのか」
合点がいったようにヴォルフも頷いた。
トワがよく『ポンコツ勇者』だの『やらかした勇者』だのと言っている、例のアレだな、とレオスも思った。
百年前、レルネ島中を悪夢のどん底に突き落とした事件。勇者が、魔界との境界線上にある結界の軛まで吹っ飛ばしてしまったせいで、島は魔界から侵入した強大なモンスターだらけになってしまった。
その苛烈を極めたというモンスターの殲滅戦において、もっとも勇躍したのが当時、魔導貴族としては新興だったレイブン家だった。以来レイブン家は領主として、島の再興にも数十年にわたって尽力し、王家から全幅の信頼をも勝ち得て、今なお繁栄の道を辿っている。
「呆れた。その勇者ってば、やらかした挙句に、得意げにそんな手記まで書いて出してたなんて」
「いや、全くその通りなのだが。……耳が痛いな」
「え?」
王のぼやきに、パットが目を見開く。好奇に満ちた眼差しで、まさか、と呟いた。
「そのまさかなのだよ、パット殿」
王は、ふ、と唇を歪めるように微笑む。
「レルネ島で最後にヒュドラを斃した勇者の名は、バルト。その手記は彼自身が書いたもので相違ない。彼は後に、冒険者であった過去を隠して、グリギアの王となった。それが、ファウバルト一世──余の曽祖父だ」
──思いがけない王の告白で、一瞬、部屋はしんと静まり返った。
「さて、勇者バルトの正体を明かした上で、話を元に戻そう」
王の声が、告白の余韻を断ち切るように響く。
「余はこの手記の存在を知ってはいたが、読んだことはなかった。今回はこれを読ませてもらったおかげで、クィルの……いや、若きホーンオウルと呼ぶべきか……、その大凡の目的が把握できたのだ。そして、それにいち早く気づいたのが、イヴとリーファス殿だった」
「クィルは……、イヴリール様曰く、あのダンジョンの中で何か企んでるんだったわね? まさか、また……」
パットの大きな瞳が、イヴリールを見つめる。
「貴女の考えている通りだろうな、パトリシア嬢。クィル・ゾッドの目的は、復活したヒュドラダンジョンを、同様の手口で再び破壊すること。そして、それを防げなかったレイブン家の領主としての体面を地に落とすことだ」
──即ち、魔導貴族、レイブン家の権威の失墜。
「しかもトワは、あのダンジョンの管理人だ。もしそうなってしまえば、島の再興への努力が全て水泡に帰すばかりか、トワ自身もその責任を問われて罰せられるかもしれない……、といったところか?」
レオスが怒りを孕んだ声でそう言うと、そうなのであろうな、と王はため息混じりに肯定した。
「だが無論、当時のレイブン家の当主は、曽祖父がしでかしたことについては承知の上で、それこそ命懸けでかの殲滅戦を買って出てくれたと聞く。イヴも、そのことは先代から語り継がれて知っていた。さあ、これで、手記が回収された理由も、余がわざわざここに来て、そなたらに話す理由もわかったであろう?」
「……つまり、クィルはそのポンコツ勇者の正体を知らずにこの計画を立てたってわけか」
そして、知らずに王家のタブーに触れてしまった。
「しかし、何だってこんな回りくどい真似を?」
レオスが首を捻ると、「なるほどな……」と、キリィが呟いた。
「復讐者として、クィルはまだ若すぎる。レイブン家への復讐を果たそうにも、悲しいかな、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのこの家に、彼ごときの立場では直接手が出せない。トワ自身を狙うにも、あいつはあいつで、俺たちやモーガン商会の連中が、ロダからの刺客を警戒して、島でがっちりと守ってた……」
「だから、魔導研究所の職員になったのね。研究員として、いつか堂々と島にも渡れるように。そして、ダンジョンの完全復活が目前だと知ってメグを攫い、島で己の手足として使った……」
だが、とレオスは言った。それだけでは足りない。クィルがその目的を遂行する為には、肝心にして最大のピースがあと一つ……。
「ヒュドラが現れる最下層の広間には、資格がある者しか入れないのでは?」
その資格とは、例えば『勇者の称号』だ。人間世界の冒険者の概念ではあるが、強い称号ほど魔術呪文にも似た言霊が宿り、その力は魔界のモンスターにも通じる。
だから、レオスは復帰後にすぐさま、その称号を再び取り戻すためのクエストに向かったのだ。
「──だから、勇者のマントか」
突然、ヴォルフが言った。
──マント?
確か、以前も誰かが言っていたような気がするが。イヴリールだったか? トワが大事に保管して持っていたという……。
「俺のマントが、なんだって?」
「いや、ずっと気にはなっていたんだが……。トワならもうとっくに気づいているだろうが、盗まれたマントの使い途が今、ようやくわかった」
「どうして、そんな……無謀な……」
やがて、この場の全員が、この件にまつわる全ての情報を共有しあったあと。エティスが悲しげな表情を浮かべて言った。
「だってそんな方法、クィル自身にとっても、危険極まりないものでしょう?」
「エティス様。つまり、クィルという若者は、最初から自分の命さえも捨ててかかっているのです」
「……っ」
静かにそう答えたロイルの言葉に、エティスは声を詰まらせた。
そんな彼を、パットは優しい目で見つめる。
「ほら。しっかりして、エティス様。メグにキツく当たってたあたしが言うのもなんだけど、子供たちを不幸にした老害の思い通りになんて、このあたしたちが絶対にさせないわ」




