20-2
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廊下でイコと話している最中に、執事がレオスを呼びにやってきた。
イコとはその場で別れ、案内されて向かった先はサロンだった。隣にある大広間でパーティなどを開く際の招待客用の前室、あるいはボードゲームやトランプゲームに興じるための室内遊技場を兼ねた談話室といったところだろうか。
何組かの応接セットがバランスよく配置された広い室内の中央、その一番空いたスペースにある大きなソファーに囲まれた大理石のテーブル。その上座に位置するソファーは空けられていて、その右手側のソファーにエティスとロイル、左手側のソファーにはパットとキリィとヴォルフがそれぞれ座っていた。
皆で和やかに談笑していたが、レオスが現れた途端、全員がピタリと口を閉ざした。
「すまない、待たせたか」
レオスが言うと、エティスが「いえ、大丈夫ですよ」と澄ました顔で返してきた。
「ダイニングルームで昼食を頂いてから、我々も少しだけ休みました。この部屋に来たのも、つい今しがたです。今はあなたとイヴリール殿と、陛下待ちです」
陛下待ち……。なるほど、その言い回しからも、我が従弟殿はグリギアの国王夫妻となかなかざっくばらんな付き合い方が出来ているようだ、とレオスは思った。ロダの臣民からすれば、なかなか末頼もしいことでもある。
レオスの実父が望んでいたように、封鎖政策が解かれてまだ間もないロダにとって、グリギアのような古くからの大国に友誼を結んでもらえることは、非常に大きな意義がある。
「聞いたわよ。王様に喧嘩を売ったらしいじゃない」
上座と同じく空いていた下手側のソファーに座るなり、ズバリと直球を投げてきたのは、パットだった。
「全く。どういった理由であれ、一国の王にグレアを仕掛けるなど……。イコももうすぐ十四歳になるというのに、父親のお前がそんなに大人げがなくてどうする」
と、ヴォルフが渋い顔つきで苦言を呈してくる。
「ねえ、それで? トワとは番になれたの?」
「……ああ」
レオスが頷くと、
「本当に? ああ、それは良かった!」
エティスが、胸の前で手を合わせて微笑む。
「やれやれ、ようやくか。王様を当て馬にした甲斐があったな」
にんまり笑ってキリィがそう言うと、
「……不敬だぞ、キリィ」
またヴォルフが、厳しい声で窘めた。
「だが、その経緯はともかく、お前たちがちゃんと番になれたことは、喜ばしいことだと思っている」
「いや……、別に俺は、アイツを当て馬にしたつもりもなければ、こちらから喧嘩を売った覚えもないんだが?」
発情の余韻でまだ神経が昂っているせいか、全部向こうが悪いと、レオスは半ば本気でそう思っているのだが、それを声高に言い張るのはさすがに大人げがないことだとわかってもいた。
「でも、ヴォルフの言う通りよ。結果的には良かったんじゃない? ま、いざとなったらイヴリール様がなんとかしてくれるでしょ」
あの人、王様の前でも普段の態度と全く変わらなさそうだもの、とパットがとんでもなくお気楽なまとめ方をした。
「……というか、我々はまだ、レオス殿のお子とはお会い出来ていないのですが」
と、少し遠慮がちな声を出したのは、エティスの護衛をしているロイルだ。彼はクレイン家の遠縁にあたる青年で、幼い頃からレオスとも顔馴染みであった。
「ええ、そう! ロイルの言う通りです。そもそも私は、トワ様とイコ殿にお会いしたくて、ここまではるばるやって来たというのに!」
エティスは不満げにそう言って、わずかに頬を膨らませた。
何故か彼は、初対面の時から大のトワ贔屓だ。前回は一度しか話が出来なかったと言って、次に会える機会を心待ちにしていた。
今回、レオスが受けたクエストに同行を申し出てきたのも、そうした下心があったからのようだが、エティスの場合はすでに、番の契約まで済ませた許婚がいるので、レオスもさほど目くじらを立てることはなかった。
「ああ、トワは当分無理だが……、後でイコとは会ってやってもらえるか」
「はいもちろん! 喜んで!」
全員でわちゃわちゃと騒いでいる間に、執事がレオスの分の紅茶を淹れてくれる。
漂う香りで、トワの気に入りの茶葉だとわかった。このお茶は、渋みの少ないスッキリとした後味が特徴で、トワはわざわざレルネ島にまで取り寄せて愛飲しているらしい。
テーブルの上には、サンドイッチや美しくカットされたフルーツ、ビスコッティなど、カトラリーを使わないで済むフィンガーフードが盛り付けられた皿がいくつか並べられている。
どれもみな美味しそうだったが、中でもビスコッティは、ほぼ全員が手にして食べていた。
シナモン、ナツメグ、ジンジャー、カルダモン……、この屋敷で出される菓子類は、やたらとスパイスを利かせたものが多い。グリギア特有の菓子は大体そうなのだろうかと思いながら、レオスもそれに手を伸ばす。
トワが好きそうなら、後で部屋に持って帰ってやろうかと思いながら、サクリと一口齧ったところでようやく、グリギア国王であるファウバルト二世と、この国の筆頭宮廷魔導師で、屋敷の主人でもあるイヴリール・ウユウ・レイブンが入ってきた。
「やあ、待たせてすまぬな」
イヴリールとともに上座のソファーに陣取った王は、快活な口調で言った。
「──陛下。先程は、大変な御無礼を致しまして。どうかお許しを頂きたく」
ソファーから立ち上がったレオスは、潔く頭を下げ、朗々と謝罪の言葉を口にする。だが、もしトワがそばにいれば、「いや、全然反省してないじゃないか」と呆れられそうなほど、全く悪びれていない物言いだった。
「頭を上げられよ、レオス殿」
と、王は悪戯めいた微笑みを浮かべながら言った。
「不用意に、リーファス殿に触れた余が悪かった。それと、余は今、宰相府が立てた予定の上では、この辺りで狩りをしていることになっている。つまりは余暇の身だ。無礼講でいこう」
それには「はあ、左様で」と平板な声で返しておく。レオスの中では、自分と同じアルファであるこの王様とは、性格的な相性はあまり良くないと感じているのだが、それでも、最低限の礼節をもって接するべき相手だと思い直した。
「それより、改めて我らの再会を祝そうではないか。確か、三月ほど前にロダからの使節の一員として来られたときには、急に晩餐会を欠席したと記憶しているが」
「……あの時も、大変失礼致しました」
国王夫妻が主催した晩餐会に出席しなかったのは、トワを追いかけて港に向かい、彼と話すことの方を優先させたからで、今もそのことについては微塵も後悔していない。
……していないどころか、もしもあそこで追いかけていなかったら、おそらくトワは、レオスのことを完全に諦めようとしたのではないかという気がしている。
そう考えると、本当に危ないところだった。
「何、大体のところはイヴから聞いている。そなたも、リーファス殿も、これまで大変な苦労をしてきたのだと」
故に、そなたらのことについて、これ以上の弁明は不要である、と王は朗らかに曰った。
続けて、王とは初対面になるパットとキリィとヴォルフが、慣れた物腰で礼儀正しく自己紹介をした。これまでも、勇者レオスの仲間として、色んな国の催しに招かれては、要人級の待遇を受けてきた彼らに、緊張している様子は全く見受けられない。
「そなたたちに会えて嬉しく思う。そもそも余は今回、レオス殿とその仲間の者たちに頼みたいことがあって来たのだ」
「頼み? はて、それは一体、どのような?」
「ホーンオウルの件だ」
王の口から、その名が紡がれた途端、部屋の中の空気が変わった。




