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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
終章

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20-1

※ ※ ※

今回の話には『過去に負った傷』についての表現が含まれています。



  

 ──色々あって、本当に疲れていたのだろう。

 伴侶の項を噛んだ後も、しばらくは身体を繋げ合っていたのだが、ヒートの症状が一旦鎮まった頃合いで、彼はそのまま深い眠りに落ちていってしまった。いや、眠ったというよりも気を失った、という方が正しいのか。

 目覚めるまでそっとしておいてやろうと、伴侶の白い肩を隠すように上掛けをかけてやってから、レオスは静かにベッドを降りた。

 床に落ちていたシャツを羽織ろうとして、ふとオーク材で出来た、大きな鏡付きの重厚なコンソールテーブルを振り返る。

 その鏡に映っているのは──、醜い自分の背中。

 

(とうとう、これを……。トワに見られてしまったな)


 かつて、彫像のように美しい筋肉に覆われていたレオスの背中は、無残な様に変わり果てていた。

 右の上背から、左の腰に向かって酷い裂傷の痕がある。それは赤く太い筋になって引き攣れ、醜く盛り上がっていた。

 そして、その周りにも赤い線状の傷がいくつもあった。

 それを目にした瞬間、トワの表情はまるで人形のように固まった。


『脱獄に失敗した時、バッサリ斬られたのと、あとは鞭打ち刑の痕だ』


 彼の動揺を宥めるように、レオスは己の凄惨な過去を、そんな一言であっさりと片付けてみせた。

 だが、実際のところ、そんな風にしか言えなかったのも事実。

 レオスが記憶の一部を失ったのは、ちょうどその傷を負った際に頭も強く打った所為だ。レオス自身が覚えているのは、ただ獄吏(ごくり)から鞭打たれた時の怒りと屈辱のみで……。


『……レオ』


 呆然と言った彼は、掌に魔力を集中させる。白く発光し始めたそこに、彼の蒼白い頬をつたって雫がポタポタと落ちた。

 彼は、白魔法使いだ。かつて冒険者だった頃は、名にし負う回復魔法の使い手であった。

 それなのに……。肝心な時に、愛する者が負った傷を癒し、その痛みを取り去れる場に立ち会うことが出来なかった。こんなに時が経ってしまっては、どんなに魔法をかけたところでもう、この傷痕は決して消えない。

 その、言葉もなく紡がれる伴侶の大きな悲しみが伝わって、堪らなくなったレオスは乱暴なほど強く彼をかき抱いた。


『トワ……いい、もう治ってるから、大丈夫だ』


 レオスは穏やかに言って、彼の頬を流れる涙を舐め取る。

 きっと、こんな風に泣くのじゃないかと思ったから、すぐには打ち明けられなかったのだ。

 彼のことは、再会した時からの記憶しかないはずなのに、何故かその心模様が手に取るようにわかってしまう自分が不思議だった。


 ──そのあとは、彼の涙を最上の悦楽によるものへと変えるべく、ひたすらに奮闘した。いや、ただ己の欲望に忠実に従っただけともいうが。

 ヒートの熱に喘ぐ彼を抱き潰し、ようやく離してやれたのが、たった今というわけだ。

 深い快楽の中で意識が溶け切ったトワは、この傷を見たことさえも、夢の中のことだと思っているかもしれない……。


 もう、夕刻に近い時分だった。

 そろそろ行かないと。自分に会いに来たという()()が待っている。

 その思考とは裏腹に、レオスは、わざとゆっくりとした動きで着替えを再開した。



     ➕ ➕ ➕



「イコ? どうした、こんなところで」


 廊下に出ると、ちょうど金髪の少年が一人でこちらに向かって歩いてくるところだった。


「父上! あの、父さんは?」

「今は眠っている。何か話があるのか?」

「はい。ちょっと父さんに聞きたいことがあって……」

「そうか。トワにしかわからないことか? 俺で良ければ聞くが」

「うん……。実は昨日、ヴォルフさんと一緒に街に行って、蚤の市で冒険者の手記を探したんですけど」

「ああ、そうだったな。それで?」

「どうしても読んでみたい手記があって、それを探しに行ったんだけど、昨日は見つからなくて。で、その話をさっき執事さんにしたら、確かそれは、父さんの部屋の書棚にあったはずだと言われて」

「へえ」


 誰が書いたものであれ、子供時代に手記など読んだことがないレオスは、感心したように言った。

 俺の息子は釣りや剣術の稽古だけじゃなく、娯楽本を読んだりもするんだな、と妙に面白くなったのだ。

 トワも、子供の頃からそれをたくさん読んで過ごしていたと言っていた。だから、自分も冒険者になろうと思ったのだと。

 よほど好きなのか、実家であるこの屋敷に帰ってきてからも、かつての自分の部屋にあった手記をよく持ち歩いている。時間が空くたびに開いては、読み返してもいるようだ。

 一方、レオスはというと、封鎖政策下にあった故国において、そんな自由主義の権化(ごんげ)のような書物が一般に出回るはずもなく。

 故に、気儘な冒険の日々を謳歌(おうか)する『冒険者』については、全て母の口から教わった。今にして思えば、おそらくその背後には、強制的にロダの王位を継がされた実父の意図があったのだろうが、とにかくそれでまんまと自由連合下の国々で繰り広げられる数多(あまた)の冒険譚に憧れを抱いたレオスは、両親からの強い勧めもあり、十四歳という若さで一人祖国を離れ、亡命することを決意したのだった。


「市にはなかったって? 珍しい本なのか? それは」

「一旦売り出された後、何故か本屋が出版を取り止めてすぐに回収したらしくって。でもそれを免れた物がたまに出回るらしいんだけど、その界隈では幻の手記って言われてるんだ」

「へえ」


 二度目の「へえ」だ。もはや、それしか言葉が出てこない。好きなのだろうなとは思っていたが、まさかそんな代物まで持っていたとは。一方(ひとかた)ならぬトワの蒐集家(コレクター)ぶりに、ただただ感心するばかりだった。


「でも俺、昨夜もその前も父さんの部屋に泊まったけど、間違いなく書棚にその本はなかったんだ。だから、父さんにどこにあるのか教えてもらいたくて」

「そうか。だが、トワは当分、具合が悪くて部屋から出られないだろうから。いや、その、たいしたことじゃないんだが」

「……うん、パットさんから少し聞いた。その……、オメガには、そんな時があるって」


 トワがヒートになってしまったことは、この屋敷中に知れ渡っているようだ。まあ、あんな場面で発症したのだから当然か。


「あとで、俺からトワに聞いておこう」

「ありがとう。でも別に、すぐじゃなくていいよ。……父上。父さんのこと、よろしくお願いします」


 そう言って、イコはペコリとお辞儀をした。

 どうやら……まあ無論、手記のことも知りたかったのだろうが、一番はトワの身体のことが心配だったらしい。

 イコが生まれてから、トワにはヒートらしいヒートは一度も起こらなかったというから、これまで獣性のことをよく知らずに過ごしてきたイコも戸惑っているのだろう。


「──わかった。そっちも任せておけ」

「はい!」

「で? その手記はなんていう本なんだ?」

「あ、ええっと。題名は……」




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