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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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58/58

19-2 ※

※ ※ ※

今回の話にはR-15の表現が含まれています。


 男の動きがピタリと止まる。


「レオス……!」


 鋭い声でエティスが叱責する。

 だが、それを完全に無視したレオスは、男の手から俺の手を引き離すと、俺の身体をぐいっと自分の方に抱き寄せた。

 そして、燃えるような怒りを宿した目で男を()めつける。

 

「貴様。どういうつもりだ」

「レオ、やめろ……」


 俺も慌てて制止するが、レオスは一向に怒りを鎮めようとはしなかった。今のレオスは、全身の毛を逆立てながら敵に向かって本気で威嚇をする獣そのものだ。

 少し前に、俺も彼を怒らせたことがあったが、それとはまるで度合いが違っていた。


(凄まじい殺気……、いや、怒気だ……)


 ──これが、アルファ同士の……。


 一方で、男の方も負けてはいなかった。

 悠々と腕を組み、どこか面白げに俺たちを見ながら、レオスの最上級の『威嚇(グレア)』に対して、目には見えない防壁のような『威圧(グレア)』で対抗している。


 ──初めて見る、アルファとアルファの衝突だった。


 息が詰まって、どうにかなりそうだ。俺は、目に涙を(たた)えてレオスの肩にすがりつく。

 主人である兄と、主人が連れ帰った賓客を出迎えるために整列していた執事や使用人たちも、完全に気圧されて石像のように固まっていた。

 ここまで馬車の護衛をしてきた騎士たちは、少し離れた前庭で馬を降り、その場に並んで直立の姿勢で無表情にこちらの様子を見守っている。今にも彼らが呼ばれ、不敬を咎められたレオスが拘束されでもしたら、と気が気じゃなかった。


「やれやれ。同性(アルファ)というだけで、こうもあからさまな挑発を受けるとはな。()()というのは、()くも粗忽(そこつ)な者ばかりなのか?」


 と、男は大仰な仕草で肩を(すく)める。


「なんだと?」

「レオス殿。もう、その辺りで引かれよ」


 と、恐ろしく冷めた声で割って入ったのは兄だった。凄まじいグレアを物ともしないばかりか、一国の王である主君に対しても、全く同じ調子で(いさ)めにかかった。

 

「畏れながら、貴方様もですよ、()()。今更、私の弟にちょっかいをかけないで頂きたい」


「ちょっかいだと?」


 と、すこぶる心外そうに、男──いや、我がグリギア国の王、ファウバルト二世は、鮮やかな紺碧の瞳を見開いて言った。


「イヴ。お前まで、なんという言い様だ。互いに番のいる身でそのように不埒な……」


 そこで王は、何かに気づいたかのようにふ、と口を閉ざした。さらに、レオスに抱きしめられて息遣いを乱している俺を見て首を傾げる。


「そのいささか過剰な反応……、そういえばチョーカーも付けていないな? まさか、そなたたちは、()()()()()?」


 と、さも意外そうに問われる。誰もそれに答えられないでいると、エティスもハッとしたように、鼻から下を手で押さえた。


「……それに、この匂い。これは、トワ様、の?」

「ああ。もしや、ヒートか?」


 途端、苦しげに顔を(しか)めたレオスが、とうとう堪えきれずにギリッと奥歯を噛み締めた。

 今、俺たちは二人とも、異様なほどの熱に侵されている。

 しかし王は無論、俺ごときのヒートに引き摺られることはなかった。エティスも、二人が挑発し合っている時から、まあまあ平然として誘発もされていないところを見ると、やはりアルファの許婚との間で番の契約を済ませているのだろう。


 ──ああ、もう、もう、なんだってこんな時に!


 あまりの間の悪さに、俺は自分自身に対して目眩がするほど呆れ返った。

 さらに悪いことに、レオスはもう完全に誤解をしてしまっている。違うと言いたくても、俺はもうまともに話せる状態じゃなく。

 この場で最も冷静だったのは、やはり我が兄であるイヴリールだった。

 

「我が君。申し訳ありませんが、この二人は一旦、下がらせて頂きます」

「ああ、それは構わぬが」

「……すまない、恩に着る」


 ほとんど、自力で立てなくなった俺を横抱きにしながら、レオスは絞り出すように言った。

 そして、王には一瞥もくれようとせず、そのまま屋敷に入っていこうとする。


 ──まずいな。もう完全に、敵として認定してしまっているのか。


 それにしても、どうして兄は、王都からはかなり離れたこの屋敷に突然、王を招いたりしたのだろう?

 エティスは当然、その理由を知らされた上で同行しているのだろう。やはり何らかの理由で、非公式に()()()()()()()()()というのが妥当ではないだろうか。

 ならば。

 

「レオ……」


 俺はなんとかローブのポケットを探り、万が一の時の為にと持っていた、青い薬包を取り出す。アルファ用の抑制剤だ。レオスが日頃から飲んでいるというその薬の処方箋を取り寄せ、俺の馴染みの薬師にも、同じものを作ってもらうようにしていた。


「頼む……、俺のことは、いいから。これを飲んで、陛下と、話、を……」

「必要ない」

「でも……」

「無駄だ。どうせ、効かない」


 レオスは、燃えるような目で俺を見下ろした。俺を抱くその手にもグッと力がこもる。全身から溢れ出す俺への情欲を、隠そうともしなかった。

 まるで取りつく島もない。

 対して、流石といおうか、王は寛容であった。


()()殿()の言う通りだ、リーファス殿。相手がいるのなら、ヒートは無理に抑え込むべきではない」


 レオスは足を止め、ちらりと背後を振り返る。一体どんな表情をしているのか、俺からは見えなかった。


「フフ、ここは貴殿への貸しにしておくぞ、勇者殿」

「……恩着せがましいな。俺に話があるなら、()()()()


 熱によってか、少し掠れたレオスの声音に、さっきまでの凄味はもうなかった。



     ➕ ➕ ➕



「──何を考えている!」


 部屋に戻るなり、俺は声の限りそう叫んだ……はず、だった。

 しかし、その声にはまるで覇気がなく。今はもう、全身に力が入らない状態なのだから、当然だ。

 レオスは、黙って俺をベッドに降ろす。そして、やはり無言のままで衣服を脱ぎ出した。


「レオ……、今からでも、二人で陛下に謝罪を……」

「謝罪? 俺たちがあいつに一体、何を謝るんだ?」

「あいつって……、さすがに不敬だぞ」

「そんなことよりも、今の俺たちには大事なことがあるだろう?」


 ごちゃごちゃ言い合っているうちに、レオスはもう、上半身に着ていたものを全て脱ぎ捨てていた。荒い息をつきながら、不遜な光を浮かべた目で俺を見下ろす。


「その前に、聞いておこうか。……その発情は、()()()()()()だ?」


 ああ、やっぱり……、レオスはとんでもないことを疑っていた。こんなひどい話があるだろうかと思い、俺は顔を覆って枕の上に伏せる。


「トワ?」


 肩に手をかけられ、ころんと仰向けにされる。


「ほら。怒らないから、言ってみろ」

「よく、言う……。あんなに怒ってた、くせ、に……」


 俺の襟元に手を伸ばし、はだけようとするのを振り払いながら、言い返す。


「あれは、あの男の無礼を諌めたんだ。王だろうが何だろうが、獣性を持つ者が、軽々しく人の伴侶に触れようとするんじゃないってな」

「だからって……! あんなにたくさん、グレアと一緒に、お前の匂いを撒き散らされたら!」

「お前が、あの男に触れられた瞬間に、ドギマギするからだ」


 ──ああ、俺の心拍まで、伝わるのか。

 だったらもう、とっくにわかっているはずなのに。

 俺は、目の前にある逞しい身体に抱きつきながら、言った。


「お前以外のフェロモンで……! ヒートになるわけ、ないだろうっ?」


 それでも。全ての物事において、『絶対』と言い切れるものなどないから。

 ……例えば。そう、例えば、ゾッド家の世継ぎとなることが約束されていたはずの幼子が、あるとき不意に吹き荒れた大風に攫われるようにしてその資格を奪われた、まるで悪夢としか言いようのない、あの残酷な出来事のように。


「だったら、レオ……。今すぐ項を噛んで、俺をお前の番にしてくれ」


 二度と、お前以外のアルファに本能的な(おのの)きを抱かされないように。オメガである俺に、お前の唯一の伴侶であるという刻印を与えてくれ……。

 俺の懇願を聞いたレオスは、炎のような情欲を滾らせた目に、会心の笑みを浮かべた。


「もちろん。嫌だと言ってもそうするつもりだった」


 獰猛な声でそう告げられるなり、荒々しく唇を塞がれる。


「ん、っ……ぅ」

「悪い、トワ。もう限界だ」

「ん、俺、も……」

「愛してる。俺の番になってくれ」

「ん、レオ、はや、く……っ」


 ──ああ、もう完全に理性が飛んでしまっているな、と。

 深く口付け合う合間に、レオスが囁く。




 ……その後はもう、狂ったように、互いを激しく求め合った。

 そして、腹這いの体勢でレオスのモノを受け入れた時、とうとう髪を掻き分けられ、処女地であった項が晒される。

 まるで本物の獣さながらに、レオスは大きな舌で丹念にそこを舐め始め……。


 次の瞬間、脳が灼けつくかと思うほどの衝撃が俺を襲った。


 己のものとは思えないほどの甲高い悲鳴が、喉から迸る。

 噛まれたところからの痛みを覚える間もなく、これまで味わったことのない激しい恍惚に全身が震え出し……。

 ようやくそれが治まって、ふと気がつくと、また項に、今度は傷を癒すような動きで舌が這い回っていた。

 発情の波はまだ引く様子もなく、背後から俺を抱きしめている男の身体は、火のように熱いままで……。


「……トワ、リーファス……リー、愛してる」


 ──リー? ふふ、それはまた、随分懐かしい呼び方だ、な。


 それが、十数年ぶりの発情の熱に浮かされきった俺がこの日、まともに聞き留めることが出来た最後の言葉だった……。




第三章 了 (終章に続く)


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