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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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19-1




 俺たちが島を脱出してきてから、ちょうど三日目の朝。

 レルネ島を大きな地震が襲ったという一報が入ってきた。


『ついに、伝説のヒュドラダンジョンの最下層域が、その主とともに出現か?』


 そのニュースは、瞬く間にグリギアの国内に広まり、さらには冒険者ギルドを通じて大陸全土を駆け巡った。世の冒険者たちが、その話題で一斉に沸き返ったことは言うまでもない。

 そんな騒ぎのあった翌日、王都に行っていた兄が戻って来た。

 それも、とんでもないモノを連れて……。


 昼過ぎ、屋敷に到着した四頭立ての大きな馬車に乗っていたのは、兄一人ではなかった。

 兄の後に続いて馬車から降りてきたのは、ゆったりとした純白のローブを身に纏った淡い金髪の美しい青年だ。

 彼は大陸東方にある国、ロダの宮廷魔術師であるエティス・クレイン。レオスの母方の従弟であり、ロダの次期国王の許嫁でもある。大きなフードがついた襟からは、見事なカットのブルーダイヤがついたチョーカーが見えていた。


(オメガの証、か──)


 俺にも兄に貰った金緑石(アレクサンドライト)のチョーカーがあるが、以前王宮に付けて行ったきり、一度も身につけたことはなく。無論、レオス以外から贈られた物だからという遠慮もあるが、その最たる理由は、ただ単に日常の中での付け外しが面倒だからである。

 だが、アルファである王族と婚約中のエティスは、そういうわけにもいかないのだろう。

 未婚のオメガは、望まぬ相手に事故で項を噛まれないために。そして番がいるオメガは、その証しである項の噛み跡を伴侶以外の目には触れさせないため、いずれも公式の場では、必ずチョーカーを身につける風習がある。

 ──いや、もしかしたらエティスはもう、番になっているのかもしれないな、と。根拠はないが、ふとそう思った。

 俺は、ちらりと隣に立っているレオスを見る。俺が身につけるべきチョーカーは、いずれ彼が贈ってくれると言ってはくれたものの、まだ貰えてはいない。

 ……いや別に、どうしても欲しいというわけではないのだが。


 つい先日まで、エティスは()()()()()()となってレオスのパーティに入り、共にクエストに挑んでいた。

 その間、あくまでも私人として行動していたにもかかわらず、クエストを終えてグリギアに入った途端、親交があるグリギア王妃の使者が迎えにやってきて、やむなくレオスとは別行動を取ることになったと聞いている。

 グリギアの王妃は、第一性は女性として生まれたオメガである。第一性は異なれど、同じくオメガであり、じきにロダ王妃となるエティスに対しては、エティスが親書を携えてグリギアにやってきた時以来、ただならぬ親近感を抱いているようだ。

 そうして二、三日の間、王宮で過ごしてきたエティスが、兄とともにアクラ岬にやって来るという知らせは、昨日のうちに受けていた。

 少し離れた場所で馬から降りた武人が、エティスの傍らにピタリとつく。日に焼けた精悍な顔立ちをしたこの男は、ロダからずっとエティスに付き従っている護衛のロイルだ。ポーチで出迎える俺とレオスに向かって、二人は親しげに微笑みながら歩み寄ってくる。

 だがレオスは、何故か険しい表情で馬車を凝視()ていた。エティスたちに対しても、黙って軽く片手を上げてみせるだけだったが、俺は胸に手を当てながら一礼し、きちんと挨拶をした。


「ようこそエティス様。このような辺鄙な所にまでわざわざお越し頂き、恐縮でございます」

「ああ、トワ様! お久し振りです。お変わりはありませんか?」

「え、ええ、おかげさまで……」


 エティスは、俺との再会を素直に喜んでいるようだった。その愛らしい笑顔にすっかり気を取られていた俺は、馬車の奥から悠々と姿を現した人物に気づくのが遅れた。


「どうか、お足元にお気をつけくださいませ、我が君」

「うむ」


 未だかつて聞いたことのないような慇懃な声とともに、兄が恭しく差し出した手に、極上の黒い革手袋を嵌めた手が置かれる。

 紫紺のマントを羽織った背の高いその人物が、ゆったりと馬車から降りてくる様を、俺は呆然と見つめ……、いや、待て待て。今、兄は何と……。


 ──『()()()』?


 いや、まさか……。


「リーファス。何をぼうっとしている?」

「はっ。申し訳ありません」


 厳しい声に我に返り、俺は慌てて頭を下げた。


「あの、兄上。こちらの御方は、もしや……」

「ああ、そう固くならないでくれ」


 と、マントの裾を優雅な手つきで捌きながら、その男は鷹揚に言った。

 艶やかな黄金の髪、男らしく整った深い造作の顔、煌めく紺碧の瞳──、どこからどう見ても、一目で『アルファ』だとわかる、堂々たる体躯の壮年の男。

 兄の掌から離れた漆黒の手が、俺の手を捉えて軽く持ち上げた。その振る舞いが、上流社会では主に女性に対するものだとはわかったが、驚きで身が竦んでしまっている俺は、その手を振り払うことが出来ない。


「そなたが、イヴの弟か。……ようやく会えたな、リーファス殿」

「……ッ」


 その甘い低音が発せられた瞬間、見えざる手が俺の身体の芯に触れたかのようなぞわりとした感覚があり、思わず息が漏れそうになった。

 手入れなどろくにされていない俺の手の甲に、腰を屈めた男の唇が近づいたとき──。

 ビリッとした波動が、辺りの空気を震わせた。

 その発生元は、言わずもがな……。

 

「トワに触れるな」


 地を這うような声で、レオスが言った。




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