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……ゾッド夫人と話したことは、おおまかにまとめるとこうだった。
まず最初に、彼女が臆面もなく口にしたのは、クィルの命乞いであった。
自分の息子も、ホーンオウルの身勝手な欲望に呪われた被害者なのだと。
『父は、レイブン家に縁談を断られたあとも必死に、なけなしの魔力がこもった刻印を守っていました。ですが、それは当然の話です。刻印がこの世から消える時こそ、ホーンオウルの命運が真に尽きる時なのですから。しかも、三人いた我が子……つまりわたくしと妹、それから末の弟には、それを受け継ぐべき器がまるでありませんでしたので』
やがて、ホーンオウルの当主にとっては役立たずであった娘二人は、彼女たちにとっては幸いなことに、格下ながらも次代の魔導貴族の候補となっている家にそれぞれ嫁ぐことが出来た。
だが、沈みゆく実家に残された末の男児は心身ともに弱く、肝心要の魔力回路に至っては、姉二人のものよりもさらに脆弱なものであったという。
『それでも一か八か、自分にではなく弟に魔導貴族の娘を娶らせ、子を作らせてみればよかったのです。ですが父は、弟のことを見限り切っていましたので』
『……その賭けならば、間違いなく成功していますよ。時すでに遅しのようでしたが』
俺がそう言うと、夫人はギョッとした顔で俺を見返した。その目には生々しい恐怖の色が浮かんでいた。
『それは、どういう意味ですか?』
『貴女の弟は、ホーンオウルのご当主が亡くなった後、最後まで屋敷に残ってくれていた使用人との間に子を為しています。その娘はオメガですから』
ああ、と。ゾッド夫人は顔を覆って呻いた。
『……その娘のことなら知っています。名前はマーガレット。母親からはメグと呼ばれていましたわ。母親が亡くなってからは、わたくしの妹が引き取って養育していましたの。でも少し前にふらりと出て行ったきり、居なくなってしまいましたけれど』
そう、あの子はオメガだったのですね、とゾッド夫人は放心したように呟いた。
その事実は、未だクィルも知らないようだ。ただホーンオウルの血を引くが故に、クィルの手足となって働かせるべく拉致されたメグは、目覚めたばかりの自分の第二性を、必死に隠し通したのだろう。
『ところで、そのホーンオウルの刻印が、どうしてクィルのものに?』
『……わたくしの所為なのです。奇しくもたった今、リーファス様が仰ったことは、真実でございました。父の賭けは成功していたのです。ただ父は、弟ではなくこのわたくしの子を……!』
そこで一度、ゾッド夫人は昂ぶった感情を抑えこむように無理に言葉を切った。本来はとても冷静な性質なのだろう。
『ずっと、格下の家に嫁いだ娘になど目もくれなかった父が、何故か一度だけゾッド家を訪ねてきたことがありました。そこで、二歳になったあの子と初めて顔を合わせたとき。ほんの一瞬の間、わたくしが目を離したその隙に、父が──』
いきなり、ホーンオウルの当主は言葉にならない歓喜の雄叫びを上げて小さな孫の身体を抱き上げた。
その場にいた誰にも、止める間などなかったという。
当主の額が怪しく輝き、銀色の刻印が浮かび上がったかと思うと、光の筋となってすうっとクィルの額に吸い込まれていった。
当主は、大きな声で快哉を叫んだ。
──おお、おお、この子こそ……! 我が刻印を受け継ぐべき『ホーンオウル』の子だ!
『違います!』
突然、悍ましい過去の瞬間を振り切るかのように、ゾッド夫人は絶叫した。
『違います、違います、違います! あの子はわたくしが生んだ、ゾッド家の立派な跡取りとなるはずの子でした! あの、あの恐ろしい瞬間までは! わたくしたち家族の夢と希望を、あの忌まわしい父が全て打ち壊したのです!』
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「……それでクィルは、本来受け継ぐべきはずだったゾッド家の刻印を継承出来なくなってしまったというわけか」
「ああ。それも、断絶が決定した家の魔術刻印だ。そんなものを受け継がされた時点で、クィルは真っ当な魔導師として生きる道を絶たれたも同然だ」
結局のところ、自らの刻印を無抵抗な孫に無理やりに移し終えたホーンオウルは、なんとその場で昏倒し、そのまま息を引き取ってしまったのだという。
そしてその瞬間から、クィルの運命は本人の与り知らないところで大きく捻じ曲げられてしまった。
ゾッド家の長子として生を享けたにもかかわらず、実の父母との間にはどうにも埋め難い深い溝が生じた。その二年後に生まれた弟が、ゾッド家の跡継ぎとして大切に育てられることになってからは、クィルはずっと、一族の中でも蚊帳の外の立場に置かれることになる。
そして、刻印から流れ込んでくる、ホーンオウル家最後の当主からの呪詛……それはおそらく、俺やレイブン家への復讐を求めるものなのだろう。
「まあ、確かに気の毒な話だとは思うが」
と、レオスは複雑な含みを込めて呟く。
それはそうだ。だからといって、彼のとった行動が全て許されるものでもない。
「ああ、そうだな……」
俺は同意して、目を閉じる。
レオスの暖かな腕に包まれながら、それでも俺は、クィルという若者の子供時代に思いを巡らせずにはいられない。
──ああ、それは……、どれほどの絶望と孤独を味わわされた時間だったろうか、と。
そして、思わぬことで息子の未来を奪われた母親の絶望と、それでも命だけはと、俺に縋り、哀願する声……。
結局この日は、何をするということもなく二人で夜までダラダラと過ごし、街から帰ってきた皆と夕食を摂った後は、いつもよりも早めに就寝した。
翌早朝。まだウトウトと微睡みの中にいた俺は、腰に回されていた太い腕がピクリと動いたのに気づいて目を覚ます。
次いで、ノックの音が響いた。
レオスは既に起き上がり、鋭い目つきで扉を見ていた。
何かあったな、と俺も慌てて身体を起こしながら返事をすると、これまた執事が珍しく慌てた様子で部屋に入ってきた。
「お休みのところ、失礼致します。リーファス様、たった今、報せが入りました。さきほど、レルネ島で大きな地震が発生したとの事でございます!」
「そうか、わかった」
ついにこのときが来たか、と。俺はレオスの手を掴み、ギュッと握りしめた。




