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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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     ➕ ➕ ➕



 クィルの素性は、すぐにわかった。やはり、かつて俺との縁談を望んだ当主の上の娘の子であるらしい。

 長女が嫁いだゾッド家は、ここ何代かに渡って優秀な魔導師を輩出している家の一つだ。近いうちに、王家から魔導貴族に指名される可能性も見えてきたところだそうだ。

 クィルについては、まだ魔導研究所の研究員の職に就いたばかりで、良し悪しを問わずこれといった評判は立っていない。どちらかといえば、内向的で目立たぬ性質の若者であるらしい。

 召喚士の能力についても、彼の周りの人間は誰一人把握していなかった。研究所の所長は、卒倒しそうなほど驚いていたそうだ。

 グリギアでは、魔道に堕ちたら最後、身分を問わずその末路は等しく『火あぶりの刑』に処される。

 魔道に堕ちるとは、おおまかにいうと、自らの魔力を増強させる目的で人を殺め、その精気から魔力を奪い取る行為。もしくは『魔界』に属する異形と私的に契約を交わし、人に多大なる害を為す行為──などを指す。

 まあ、つまり。クィルが島で俺にしたことは、火あぶりとまではいかなくとも、相応の罪に問われる可能性があるのだ。


 兄の配下たちはかなり優秀で、他にも主の所望する情報を次々と引っ提げ、代わる代わる報告にやってきた。

 中には、レイブン家の使い魔である大鴉を使って、遠方からの報告をする者もあった。

 例えば、レルネ島。あの島には、領主である兄の耳目となって動く者がまだ残っている。その報告によると、島ではいよいよ地震活動が活発になってきたようだ。

 ヒュドラダンジョンの入口には、いつの間にか強力な封印結界が張られ、完全に封鎖されてしまっているとか。クィルの正確な居所は掴めていないが、入口を封鎖したことやその目的から推測するに、中に潜伏していることはほぼ確実といっていい状況である。

 レイブン家との因縁はどうあれ、俺たち兄弟はそれぞれの立場や役目から、クィル・ゾッドの野望を止めなくてはならなくなった。

 二人で兄の書斎にこもり、それらの情報をまとめていくうちに、いつの間にかとっぷりと日は暮れていた。部屋まで運んできてもらった軽食をつまんだ後、また時を忘れ、気がついたときには夜もだいぶ更けていた。

 

「今日は、ここまでにしておこう」


 ふと顔をあげた兄が、唐突に言った。


「私は明日の朝一番で、王都に向かう。事の次第を直接、我が君にお伝えしなくては」


 兄の言う『我が君』とは、現国王陛下のことだ。兄は、陛下が王太子殿下であった時代から長く仕えている腹心の一人である。

 そして……、もしかしたら。もし俺の親があの両親じゃなかったら、オメガの俺が嫁いでいたかもしれない相手。

 だが、もしそうなっていたなら、冒険者のトワは誕生せず、さらにはレオスとも出会う事もなく、当然イコがこの世に生まれることもなかったのだと思うと、その『もしも』に対する未練は全くなかった。

 今は、俺を愛そうともしなかった両親にさえ感謝しているぐらいだ。あの二人には思いも寄らない道を辿って、大切に思える相手とたくさん出逢えた。今の自分は幸せだと、心からそう言える。


 ──ただ、兄には少し、申し訳ないことをしたかもしれないが。


「あまり長く空けるつもりはないが、何かあればすぐに魔導信で知らせてこい。私もそうする」


 俺が胸に抱いたささやかな感傷など知る由もない兄は、ただいつものように淡々と言うべきことを伝えてくる。


「承知しました。おやすみなさい、兄上」


 俺は立ち上がって一礼し、兄の部屋を辞した。




 ……これは、イコを産んだあとに、兄から聞いた話だ。


 俺が十六の時。

 兄はいずれ、俺が王家に嫁ぐ日がくることを願って、俺を一旦、あの両親のもとから引き離そうとした。そのうえで、冒険者になるための手助けもしてくれたのだ。

 俺は、自分がオメガであると知っても、冒険者への憧れを捨てきれなかった。そんな弟の夢を、せめて短い間だけでも叶えてやろうと思ったらしい。

 そして兄自身は、多少強引な手を使ってでも、父から早々に家督を奪う気でいた。それは当時から兄の主君であり、無二の親友でもある王太子の後ろ盾があれば、充分に可能なことだと思えた。やがて事が成り、落ち着いた頃に俺をグリギアに呼び戻し、王太子と見合いさせるつもりだったのだ。


 ──兄弟同士で番え、などと。


 父の吐いたあの妄言は、それがほんの一瞬血迷っただけだったとしても、潔癖な兄にとっては、魔道に堕ちたも同然の許し難い宣告であった。

 だが結局、兄が行動を起こす前に両親は流行病に倒れ、彼らの魔力回路がそれに抗する間もなくあっさりとこの世を去ってしまったのだが、兄にとっての誤算はそこではなく……。


(……俺が、勇者レオスと出逢ってしまったこと)


 後に、俺がレオスとの子供を産んで帰ってきたと知った王太子は実にあっけらかんとして、「お前の弟とは、どうやら縁がなかったようだな」などと笑っていたらしいが。


『これは、あんたの運命だ!』


 俺が十八の時。

 俺とレオスを引き合わせてくれた、あのギルドマスターが高らかに言い放った言葉がまさか真実になるなどと、あのときには夢にも思わなかった。



     ➕ ➕ ➕



「レオス?」


 廊下を少し進んだところで、壁にもたれて物憂げに腕を組んでいる金髪の美形の男……。

 今まさに、思いを巡らせていた相手が急に目の前に現れたので、俺は驚いて立ち止まった。


「こんな所で、何を?」

「そろそろお前たちの仕事が終わる頃かと思って、待っていた」

「待っていた? 俺を?」

「他に誰がいる?」


 イヴリール殿のわけがないだろう? と可笑しそうに言われ、それもそうだと俺は肩を竦めた。


「ところで、イコはもう寝たのか?」


 よく考えてみたら、昼食の時間以来、イコの顔を見ていなかった。レオスや仲間たちがいたとはいえ、長い時間放ったらかしにしていた。

 昨日と同じように、今夜もレオスと一緒に寝るものだと思って訊いてみると、「さあ。まだ起きているかもしれないな」と、事も無げに言われる。


「あの子は今晩、昔のお前の部屋で一人で寝るそうだ。どうやら、お前が集めた冒険者たちの手記が相当お気に召したみたいだぞ」

「そうか……」


 なら良かった、と俺は小さく呟く。夜更かしするほど手記を読み漁りたいのかもしれないが、それで避難による気疲れ(ストレス)が少しでも軽減されるなら目をつぶってやろうと思った。


「それで? 一体何の用だ?」


 問いかけると、(おもむろ)に壁から離れたレオスが、俺の手をむんずと掴み取った。


「……レオ?」


 怪訝に見上げると、揺らめく炎のような情欲を宿す目とぶつかった。

 思わず息を呑む。硬直した首筋にレオスが口唇を近づけ、囁いた。


「そろそろ、()()()()でゆっくり話をしないか?」



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