田中優成君編4
前回と同じように先輩と楽しそうに遊んでいる優成君を眺めていた。先輩の顔をみて楽しそうに笑っている優成君。負けたとしても怒らない優しい子だ。
藤木先生の話によると優成君は過去に虐待されていたということだが・・・・それが本当なら、虐待されていた子がここまで元気に笑えるのだろうか。
白くきれいな歯がにこやかに笑った時にちらりと見えた。
そのような光景をただただ見ているだけで持て余してしまっていた口を満たすかのように口元に飲み物を運んでいた弊害だろうか尿意がきてしまった。
「すみません。お手洗いをお借りしてもよろしいですか」と僕はお母さんに訊いた。
お母さんは快く了承してくれてトイレまで案内してくれた。
トイレまでの廊下は壁際に段ボールが置いてある影響なのか、それとも元々狭い廊下なのかわからないがとにかく窮屈に感じる廊下だった。狭いことに加えて薄暗くそこはまるでビルとビルの間にある抜け道のようであった。
用をたしてトイレからでた。お母さんは先にリビングに戻っているようだったのでスマホの明かりを頼りに壁に左手をつきながら1歩1歩安全を確かめながら歩いた。暗闇の中で研ぎ澄まされた指の感覚が、壁に触れている左手が違和感を覚えた。
僕はその壁に対して力をいれて壁を押すようにすると壁が少しへこんだ。ベニヤ板1枚だけなのだろうかと思うほどの感覚で壁がすごく薄いのだと認識した。そのような感覚を感じながら進み続けるとその感覚は消えて普通の分厚い壁の感触に戻っていた。
僕はこのことを青木先輩に話した。先輩は驚いた表情と共に「よくやった」と言ってくれ頭をなでてきた。先輩は自分の考えを確証させるためのヒントを得たかのように急いで小学校に向かった。
僕は藤木先生にも青木先輩に話した内容を伝えた。藤木先生は意外にも冷静で「確かにそれは妙ですね」と言って頬杖をついていた。
深く考え込んでいる先生をみて先輩は話始めた。
「私はその壁に何か仕掛けがあるのではないかと考えているのですよ」
先生は頬杖をやめて先輩の方をみた。
「仕掛けですか。仕掛けとは具体的にどのような」先生は先輩に質問した。
「それはですね。私が考えているのは隠し部屋が存在するとかですかね」先輩は真剣な表情で話した。
「隠し部屋ですか。しかし、なんのためにそのようなものを」
「それはまだ俺もわかりませんが隠し部屋といえば人を隠すためなのではないですかね」
「人を隠すためですか」
先生はまた深く考え込んでしまった。
僕は少し先輩の考えていることを理解できた気がする。考えれば考えるほどそれは不気味で残酷なものであった。あまりにも未知で不確定要素が多く憶測で考えてしまっている田中家の真相を暴くことが正しいことなのだろうか。異色の問題に対して僕たちのような素人が首を突っ込んでいいことなのだろうか。
僕は逃げ出したい。
不気味な想像が虚構であって真実は潔白な結末であることを願っているようになった。
僕は2人に促すように言った。
「警察に頼りませんか?もしも、考えていることが本当だとしたらかなり危険だと思うのですが」
数分の沈黙が続いた。
先輩が口を開いた。
「いや、まだ3人でいこう」
僕は少し強く言った。
「どうしてですか」
先輩も僕の言葉に対して強く言った。
「証拠がないと警察は何もしてくれないだろ」
先輩は見たことのないほどの怒りをあらわにしている。怒鳴るように放った言葉は狭い応接室に響き渡り何度も壁に当たり音が吸収されて最終的には無音になった。
今は勢いのあるもの、形のあるものも時間が経ち壁などの障壁に当たりもまれ続ければ勢いを失い別のものになってしまうのだと感じた。
「すまない。強く言い過ぎた」時間が経って落ち着いたのか先輩は僕に謝ってくれた。
驚きはしたが特に怒りがたまるということではなかったので僕は笑顔を作って「気にしないでください」と言った。
「少し過去のことを思い出してしまって気が動転してしまった。正人には落ち着いたら話すよ」先輩は明るい感じに話したが少し無理をしているように僕には見えた。
黙って僕たちの会話を聞いていた藤木先生が話した。
「青木さん。証拠を集めるとして何か方法とか考えはあるのですか」
先輩は悩むことなく即答した。
「あります。おそらくその壁周辺を探せば隠し部屋に入る方法が見つかると思います。隠し部屋に入ることさえできれば、証拠はそこに揃っていると思うのでそれをカメラに納めることが目標です」
「なるほど。しかし、親御さんの目を盗んで壁を調べるというのは簡単な話ではないと思いますが」先輩の考えに対しての疑問を投げかけた。
「そこで藤木先生の出番なんですよ」先輩は元気に言った。
「私ですか」先生はどうして自分なのかさっぱりわからないようだ。
「はい。僕たちが優成君の家で遊んでいる時に藤木先生が訪問して玄関でお母さんと長話してください。学校のことや優成君のことでも内容は何でも構いませんので時間を稼いでもらって、その間に私と正人が壁について試行錯誤しますので」
立ち向かっている大きな問題に対しては何とも曖昧でちっぽけな詰めの甘い作戦だと思ったが何も口に出さなかった。ここで反論したとして「じゃあ何か他にいい作戦あるのか」と訊かれてしまえば僕は何も答えることができないであろうから。
先生は苦笑して「何とも私に投げやりな作戦ですね。わかりました。やってみましょうか。でも、1つだけ条件をつけていいですか」と先輩に言った。
「いいですよ」
「もし、この作戦で無理だった場合は警察と児童相談所に通報するという条件です。勿論、作戦成功のために私は全力を尽くすとお約束します」先生は真剣な顔で答えた。
僕も先生の意見には賛成だ。僕たち素人では何か月かかるかわからないからだ。もしも、人命にかかわるような事態にでもなっているのであればその期間はあまりにも長く酷なものだ。
「わかりました。それで構いません」先輩は案外素直に条件を受け入れた。
「ありがとうございます」
「それでは、1週間後の6月20日の午後4時に優成君のお家に訪れてください。私たちはその日の15時から17時まで優成君と遊ぶ約束をしておりますので」
「わかりました。では、20日の午後4時に訪れます」




