田中優成君編3
6月11日(水)16時
僕は青木先輩と合流して先輩が行きたいと言っていたところについて行った。その場所は建物が桜の木とフェンスで三方が囲われ、入り口は階段をのぼった先にあるようだ。自動車の入り口はその階段から少し離れたところにあった。
僕たちは階段をのぼった。階段をのぼりきると時計台と外壁が白色に塗られている二階建ての建物の全貌が視界にはいった。時計台の上には大きな鐘がついていてこの建物のシンボルのようだ。
横に広い入り口の左端についてあったインターホンを先輩は押した。
インターホン越しに声が聞こえた。
「はい、どちら様でしょうか」若い女性の声だった。
「突然押しかけて申し訳ございません。京都アカシア大学の学生なのですが少しお聞きしたいことがございまして」と先輩は慣れた口調で言った。
「少々おまちください」女性がそう言ってから僕たちは5分ほど待っていると30代ぐらいの男性が入り口にきた。
男性は僕たちに「中にお入りください」と言って建物の中に入るように促した。
建物の中に入って少し歩くと来客用の部屋と思われるところに通された。黒色の高級そうな机と椅子だった。3人とも椅子に腰かけると先輩は単刀直入に話始めた。
「3年2組の担任の先生は本日おられますか?」
男性は先輩の言葉を聞いて不思議がっているようだった。
「3年2組担任の藤木先生は職員室におられると思います」
「では、藤木先生とお話させていただけませんかね」
「わかりました。呼んできますね」と男性は言って部屋を出た。
僕は先輩に訊いた。
「青木先輩、今日行きたいところって学校だったんですか」と僕は溜まっていた未知を明らかにするように言った。
「そうだよ。正確には田中優成君の通っている小学校だな」先輩は知らなかったのかといったような表情をしながら当然のように答えた。
「そんなこと全く聞かされてないんですけど」僕は先輩に不満を漏らした。
「そうだったか、それはすまん」先輩は本当に悪いと思っているのかわからないほど軽く言った。
しっかりしているのか抜けているのかさっぱりわからなくなった。青木先輩という人と関われば関わるほど不確定の面が増えている。
「どうして、3年2組の先生を呼んだのですか」と僕は訊いた。
「それは、田中優成君が3年2組だからだ」先輩は反射で返しているかのようなテンポで答えた。
「どうして優成君が3年2組だってわかったのですか」
「それは日曜日家に行ったときに教科書が見えて名前の横に3年2組って書いてあったからな」
この人はよく見ているなと思った。
部屋の扉が開いた。
「お待たせしました」と言って先ほどの男性と同じ年代と思われる清潔感にあふれている男性が入ってきた。僕たちは慌てて座っていた椅子をたって挨拶をした。
「京都アカシア大学で献身循環団体に参加しております。青木拓馬と」
「高部正人です」
先生は聞き覚えのある名前を聞いて親近感がわいて警戒心がとけたような表情をした。
「献身循環団体さんでしたか、先日は北山さんに来ていただいてすごくお世話になりました。私は藤木晴といいます。よろしくお願いします、青木さん高部さん」と藤木先生は言った。
藤木先生が献身循環団体のことを知っていたことが驚きだった。それに北山さんとは誰のことだろうか気になって仕方がない。
僕は先輩に耳打ちをした。「北山さんとは誰ですか?」
先輩は小声で「リーダーのことだよ」と言った。
僕は納得したように何度もうなずいた。初めてリーダーの名前を聞いたような気がした。
藤木先生は僕たちに椅子に座るように言った。僕たちが座ると先生も椅子に腰を掛けた。
「本日はどのようなご用件でわざわざ訪れられたのですか」と藤木先生は僕たちに尋ねた。
先輩は一度咳ばらいをして話し始めた。
「藤木先生が担任をしているクラスに田中優成君という生徒がおられますよね」
「はい」先生は自分になじみのある生徒のある名前が出てきて真剣な顔になった。
それが田中優成君だからなのか単純に自分のクラスの生徒だからなのかはわからない。
「そうですよね。その田中優成君から献身循環団体に依頼を頂いていてその依頼を解決したのですが少し疑問に思うことがありまして」先輩はこの先を離さずに無言で藤木先生の顔を確かめるように見ている。
藤木先生は無の時間に耐えられず自分に言い聞かせるように言った。
「その疑問というのは、どのような疑問なのですか」
先輩は溜めてから口を開いた。
「それは田中優成君が家族から虐待されているのではないかという疑いです」
先輩は今まで直接口にはなかなか出さなかったことを藤木先生の前で言った。
先生は先輩の発言を聞くと驚いているように見えるが虐待についてではなく先輩が気づいていることに驚いたようだった。
先生は冷静に「青木さんもそのように感じられているのですね。実は私もそうではないかと考えていましたが自分だけ感じている気がしてなかなか口にも行動にも出せなかったのです」と言った。
「先生がそのように考えている理由を教えていただけませんか」と先輩は訊いた。
藤木先生は少し迷っている様子だったが決心したのか「わかりました。話します」と言った。
「私が虐待されているのではないかと考えている理由は4つあります。
1つ目は過去に児童相談所が介入したことがあるという点です。あれは優成君が小学校1年生の頃でした。近所の人からの通報によって虐待が発覚し優成君の1か月間一時保護が行われました。一時保護が解消されしばらくの児童相談所による観察が行われていましたがもう問題なしとなり今では観察もおこなわれていません。
2つ目は身体が痩せているようにみえるからです。一度腕を握ったことがありましたがその時は骨を握っているような感覚でした。顔はあまり痩せているようには見えないのですが体は細いように感じます。
3つ目は高頻度で学校を休んだり遅刻をすることですね。週に1度か2度欠席か遅刻をしています。田中さん宅には固定電話がないので保護者の携帯電話に掛けるのですが仕事中なのかなかなかつながらなくて状況の確認もなかなかできない状況なのです。
4つ目は体操服を長袖長ズボンしかきないところとかですかね。半ズボンの方が走りやすくて暑くないよと言ったとしても長袖長ズボンでいるんですよ。これらの点が虐待されているのではないかと考えている点ですね」
先輩は先生の言葉を時々メモをしていた。
先生が話し終えると先輩は「貴重なご意見ありがとうございます。早速なのですが、質問させていただいてもよろしいですか」と言った。
先生は「いいですよ」と快く了承してくれた。
「それではまず、過去の児童相談所の件なのですが藤木先生はどこからその情報を聞きましたか」
「それは、優成君が1年生の時に担任だった先生に聞かされました」先生は落ち着いて答えた。
「いつ頃に言われましたか」先輩は続けて質問をした。まるで探偵のようだ。
「今年の4月です」
「なるほど、その情報の信ぴょう性はありますか」
「それは保証できます。2年前からいた先生は全員知ってますから」
青木先輩は続けて質問した。
「優成君は片親ですか?」
「いいえ、両親共にいますよ。しかし、お父さんは私もお会いしたことがありませんね。電話もつながったことがないです」
「そうですか。ありがとうございます」先輩は先生に座りながら深く頭を下げた。
「あの、もしよろしければ青木さんが虐待ではないかと考えるようになった理由とかお教えいただけませんか」と藤木先生は青木先輩に丁寧に訊いた。
「そうでしたね、失礼しました。それは、家の中で一緒に優成君と遊んだとことがあったのですがその時に正人が手をたたいて大きな音を出したことがあったのですよ。その時に優成君が驚くというよりおびえているような反応を示していたので少し疑問に感じた程度です」
先輩はすこし最後は笑顔だった。
先生は先輩の言葉を聞くと「そうでしたか、いいヒントになりました。これからも優成君のことをよく見ておきます。もし何かあればいつでも来てください」と言った。
3人とも席を立ってお辞儀をした。




