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理由は後付けで  作者: 浅井天
第二章:献身循環団体と田中優成

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10/21

田中優成君編終

 今日の僕の行動や選択、発言の一つ一つが自分の人生と他人の人生に大きな影響をもたらすのだとここまで強く意識をしたのは初めてだ。これからの人生の中で就職、結婚と社会のステップを踏みながら多くの選択に迫られ、時にはその選択を後悔することだってあるかもしれない。

でも、その選択した道で生きていくしかないのだと強い心をもって耐え抜けることができるだろうか。

 

 僕は日本海溝のように深いため息を吐いてしまった。

優成君、青木先輩が僕の方をみた。

2人の視線が目に入って僕は心のなかでやってしまったと思った。

緊張のあまり心を落ち着かせるためについたため息で心配をさせってしまった。


 どこから受けているかわからない圧力に押しつぶされそうになりながら逃げ場のなくなった圧力が数秒ごとに吐く息の中に溶け込んで外にでている。

僕はこれほど息をするのがやっとの状態なのにいつも通り優成君と遊んでいる青木先輩は何を考えているのだろうか。


 はじけ飛びそうな緊張状態がインターホンの音と共に限界を迎えた。今流れたインターホンは戦場で響き渡るほら貝の音のような存在であった。

お母さんはインターホンのカメラを確認して「藤木先生だわ」と言って玄関にむかった。

僕たちは扉に耳をあてて藤木先生とお母さんが話していることを確認して音をできるだけたてずに急いで例の壁に向かった。

青木先輩は優成君にむかって「リビングで少し待ってて」と言った。


 僕と先輩はスマホのライトを頼りに壁を触ったり段ボールを動かしたりして何かないか探しまくった。

しかし、何も入り口らしきものは見つからず、僕たちが得たのは大量の汗と焦りだった。

何事もうまくいかないのだと強く思った。

 「そこじゃなくて、こっちだよ」僕たちは声を聞いて心臓が止まるかと思うほど声を出さずに驚いた。

もう終わりだと思い顔をゆっくりあげて声のする方をみるとそこにいたのは優成君だった。

高まっていた緊張感が優成君をみて急激に落ち着いた。それはまるで患部を冷やす氷嚢のようであった。


 優成君が僕たちをみて「隠し部屋の入り口はこっちだよ」と言った。

訊いたことのない細く弱弱しい声だったが僕たちの耳にはよく聞こえた。

先輩と顔を見合わせて立ち上がって優成君の方について行った。

ついていったと言ってもそこはさっきまでいたリビングと同じ空間にあるキッチンだった。

冷蔵庫の横にゴミ箱をどけると猫用の扉のような見た目でサイズは人1人通ることができるほどの大きさだった。

いざ、目的のものをみつけると溢れてきたのは子供の頃に抱いていた秘密基地に対するような感情だった。わくわくするような好奇心に駆られて先輩よりも先に穴を通りぬけてしまった。

僕はこの行動を後悔した。

 

 そこに広がっていた光景はあまりにも別次元で湿度が高く気持ちの悪い場所だった。通気口らしきものがあるがそれだけが外とのつながりを持っている存在であってそれ以外は何も外を見ることも感じることもできない空間であった。牢屋のような鉄格子に囲まれた部屋が1つとそれを監視するかのようにおかれている椅子とテーブルが置かれているだけだ。鉄格子の中には布団と便器が1つおかれているだけで本当に牢屋のようであった。


 先輩も穴を通り抜けてきてこの光景に息をのんでいた。

僕はカメラを構えて部屋を写真に収めた。

「先輩、写真は撮ったので部屋から出ましょ」

「そうだな」


穴を通り抜けると優成君が待っていた。

「優成君、1つ訊いてもいいかな」

「いいよ」

「この部屋は何のために使われているか知ってる?」僕は訊いた。

「僕の部屋だよ。いつもここで寝てる」

「そうか」僕は特に慰めの言葉をかけることはなくただ優成君の手を強く握った。


 無事にお母さんにばれることなく任務をやり遂げ、17時過ぎに藤木先生と合流し今回のことを報告をした。18時を過ぎて児童相談所に連絡をして僕たちと合流をしてくれ事情を話した。

最終的には警察にも連絡をして19時に田中家に突入した。

インターホンを押して出てきたのは30代後半の男性1人でお母さんは不在のようだった。

男性は警察に驚いていたが特に抵抗することなく家に上げてくれたので僕と先輩が隠し部屋に案内をすることができた。

穴を通ると優成君が鉄格子のなかに入っていて僕たちを見ると泣き出した。


 その後、警察による家宅捜索が始まり、優成君は警察に一度預けられ、家にいた男性(正確には優成君の父親で名前は田中英智、職はサラリーマン)と家宅捜索している時にクローゼットに隠れていた20代前半の若い女性が発見され警察署に連れていかれた。

優成君のお母さん(名前は田中明美、35歳、仕事はキャバクラ勤務)は仕事帰りに警察に確保されたらしい。


 役目を終えた僕と青木先輩は外で話をしていた。

 「先輩、うまくいってよかったですね」

「そうだな」

「先輩、せっかく一件落着したっていうのに元気ないですね」

「なんか、探偵ごっこのようなことをしていた自分が想像をしていたことを上回る現実があって少し衝撃だったんだよ。ちょっと、一気に力尽きた」

「先輩、ずっと頑張ってましたもんね。お疲れ様です」

「ありがとう。正人がいたから最後までやり遂げられたよ」

「あ、ありがとうございます。

じゃあ、あとは警察に任せて僕たちは帰りますか」

「正人、ちょっとまってくれ」

「はい、なんですか」

「話しておきたいことがあるから公園で話さないか」先輩は改まった様子で言った。

「いいですよ」

僕は先輩の様子に対して不思議に感じていたがついて行った。


 僕たちは公園のブランコに並んで乗りながら話を始めた。

先輩は深呼吸をして話した。

「この前、正人にはまた話すと言っていたことがあっただろう。覚えてるか」

「もちろん、覚えてますよ。学校で藤木先生と僕たちで話している時のですよね」

「そうだ、そのことなんだが、実は俺には姉がいたんだ」

「いた?」

「あぁ、2年前にストーカー被害に悩まされて自殺したんだ」

先輩の告白に対して僕は何も言えなかった。明るく元気な青木先輩にこんなに悲しい過去があるとは思えなかった。

「姉は歳が俺の3つ上で勉強も運動もできて美人だった。弟の俺からしても魅力的な女性だったと思う。そんな姉は東京の大学に行くことになって1人暮らしを始めた。両親は心配してたけど姉は『大丈夫、しっかりやるよ』と言い続けて一人暮らしを許してもらた。最初の2年ぐらいは特になにもなかったらしいんだけど3年生になってから帰り道に後をつけられている気がするって友達や両親に話すようになった。俺は高校三年生で部活や受験やらで忙しくて姉のことなんて特に気にもしないで生活をしていたんだけど。それを俺は後悔をしてる。なんで、もっと連絡して話を聞いたり、東京に行けばよかったって。そしたら、姉は死ぬことはなかったんじゃないかって。どうして、人は失ってから気づくんだろうな、そのものの大切さに、自分が依存していたことに。


 それから、ストーカー疑惑についてはだんだんエスカレートしていき、姉の家に不審物が届くようになったりドアを叩かれたり電話がかかってくるようになった。このあたりから姉はもう限界を迎え始めて警察に相談したんだが不審物から指紋は検出されず、決定的な証拠がでなくて犯人を特定することはできなかった。

姉が悩まされている状況を心配して両親は実家に帰ってくるように言ったらしいけど、その頃には姉は怖くて外出ができないようになっていた。友達が心配して家に尋ねたりしてくれたらしいんだけど、それにも応じずに結局、最後は部屋で首を吊って自殺した」



 僕はこういう話を聞くと何も言葉をかけることができない。慰めることも励ますこともできない残念な人間だ。

「ごめんな。重たい話をして。聞いてくれてありがとう」

先輩に気をつかわせて謝られるしまつだ。

「いえ、話してくださってありがとうございます。だから、先輩は証拠もなしに警察に相談することを嫌がったのですね」

「うん、今も警察なんて証拠がないと動いてくれない存在だと思ってる」

「今はそれでいいと思います。先輩の考えも事実でこれまでの人生で作られたものなのですから」

「ありがとう正人。最後に俺が伝えたいのは理由なんて行動した後につければいいからさ。とりあえず、その時の感情に任せてやってみることも大事だと思う。やる前から理由がはっきりしていないものの方が大事だったりするんだよ。当時は姉を気にかけない理由がたくさん出てきて、助けにいく理由なんて言えないしはっきり思いつかなかった。なのに今は助けなかったことを後悔してる。だから、理由は重要度を図る指数でもなくて後からつけてしまえばいいものなんだよ」


「先輩の言葉天然水のように深く沁みわたりました。その言葉大事にとっておきます」

「何だよその例え。少し頭の片隅におく程度でいいぞ」

先輩はいつもの調子で笑っていた。


 「失礼します」僕と青木先輩は病室の扉を開けた。

あれから優成君はしばらく入院することになって入院が終わると明美さんの姉の家族に引き取られることになった。

「ひさしぶり」先輩がいつもの調子で言った。

「あー拓海君と正人君だ。久しぶり」

思っているよりも元気そうで安心した。

「入院生活どう?楽しい?」

「退屈だね。外で遊びたい」

「元気があっていいことだ」先輩は笑った。

「そうだね!それより、拓馬君と正人君僕を助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。優成君はどうして僕たちを頼ろうと思ったの?」

「それは、北山さんが学校で献身循環団体の紹介をしに来て、献身循環団体に頼れば助けてくれるかなって思ったの。でも、家に電話もないしお小遣いもないから連絡ができなかったんだけど。たまたま、100円玉を拾って、北山さんにもらったパンフレットに書かれていた電話番号に相談したの」

「そうだったんだね。頼ってくれてありがとう」

「うん。頼ってよかった」

優成君は泣いてしまった。

先輩は優成君を抱きしめた。

「これから、新しい環境になると思うけど元気に生きろよ。困ったことや悩みがあったらいい大人を頼るんだよ」

「うん。ありがとう拓馬お兄ちゃん」


 数週間経って警察がいろいろ調べた話を聞いたら、優成君の父親(英智)は優成君と明美さんには興味などなく毎日女性と遊び、不倫をしていたこと。田中家には訪問者の名前と情報が書かれたファイルがあったこと。もちろん、僕と青木先輩のことも書かれており、学校名や出身地などが書かれていた。いつどこで調べて聞いたのかわからないので少し不気味に思ったが明美さんはもうすでに捕まっているので安心している。明美さんがどうして虐待をしたりするようになったのかはわからないが彼女にとって自分を保つ手段の一つだったのだろう。


報告書No.73 田中優成_完

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