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「無用心だな」
カチリ、と。
後頭部に突きつけられた銃が小さく鳴り、その存在を主張する。
木の実を摘もうとしていた手をそのままに動きを止めれば、そう、冷んやりとした声が投げかけられた。
来い、と腕を引かれ。
引く力に従って足を踏み出しながら、軍人さんを見上げる。
森の中を一人気ままに歩き回っていた私は、さぞ無防備に見えたのだろう。
けれど、無用心というのなら。
そちらも一人だけのこの状況で、私に触れてしまっている貴方もですよ、と。
内心で指摘しながら、気を流し込んだ。
「な、貴様、何を……!?」
「黙って」
不自然に動きを止めた軍人さんの手から、腕を引き抜き。
ひたり、とその胸に手を置いた。
私の言葉に従ってピタリと口を閉じたその人は、大人しく従ってしまった自分に驚き、静かに混乱しているようだ。
「所持している武器を全て地面に置いて、そこから五歩、後ろに下がってください」
両膝を地面について、そのまま足の上に腰を降ろして、両手は太ももの上に、と。
言われた通りに黙々と動く軍人さんの様子を眺めながら、一つづつ、ゆっくりと指示を出していく。
「正座って言うんですよ、その座り方」
言いながら、ゆるりと笑み。
良くできましたね、と、褒めるように頭を撫でた。
屈辱に歪むその顔を、顎に指を添えて持ち上げ、ゆったりと見下ろす。
「自分の意に反して強制的に従わされる側の気持ちが、理解できましたか?」
ぐっと歯を食いしばり、此方を睨みつけてくる軍人さんに。
ああ、そうですね、「はい」と「ごめんなさい」だけは声に出して良いですよ、と。
プライドの高い人であろうから、どちらも口に出すことはないだろうなと予想しながら、そう許可を出せば。
やはり無言のまま、じわりと怒りに頬を赤く染め、忌々しそうに顔を歪めた。
こうやって、無理に理解を促したところで、何かが変わるとは思っていない。
これは、ただの嫌がらせだ。
彼に首輪を嵌め、好き勝手に扱ったことを、私は少々根に持っている。
いつになく意地の悪い気持ちで、軍人さんを見下ろした。
慣れぬ正座が辛いのだろう、微かに体が震えている。
恥辱に耐えかねてか、若干潤んだ瞳を覗き込み。
ふっ、と挑発するように目を細めて見せた。
「少し、ここで反省していてくださいね」
ぎりりと歯嚙みする軍人さんにそう言い置いて、先ほど摘みそこなった木の実に手を伸ばす。
掌いっぱいに摘み取った木の実を、籠に入れ。
そのまま、軍人さんを残して帰路についた。
触れ続けていなければ、直ぐに解けてしまう程度の呪縛だ。
十歩も進まぬ内に、背後の気配が動く。
だが、即座に私の後を追ってくることはなかった。
小さな呻き声が耳を掠め、ひっそりと喉を鳴らす。
痺れた足に苦しむ姿を見てみたい気もしたが、そのまま振り返ることなく歩き続けた。
気にも留めていない風を装った方が、よりプライドに障るだろうから。
・・・・
「動くな」
……きっと、また来るのだろうとは思っていたが。
まさか翌日とは、と。
ゆっくりと振り向きながら、思わず呆れた目を向けてしまった。
てっきり今度は部下を引き連れてくるなり、罠を張る等して身動き取れない状況に追い込んでくるなりすると思っていたのだけれど。
予想は外れ、ただ一人、私と対峙する軍人さんに。
一瞬、これ自体が何かの策の一部なのかとも疑うが、どうもそういう訳でもないようで。
銃を向けている割に、害意等は特に感じず。
指示を無視しても、咎める素振りすらないというのは、どういうことなのだろう。
相手の真意が掴めず、探るように顔色を伺えば、不機嫌そうに目を眇められ。
そのくせ瞳の中には、チラリチラリと、何かを期待するような色を泳がせていて……。
おや、これは、と。
事態を察して、目を瞬いた。
内心、まさかそういう方向に転ぶとは、と。
苦笑しながら、手を伸ばす。
引き金を引くでもなく、避けるでもなく。
ただ、近づいていく私の手をじっと睨んでいる姿は、何処か飼い主の挙動を伺う忠犬を思わせた。
「おすわり」
と。
腕に手を置きながら、悪戯心に任せて発したソレに。
軍人さんは嫌そうに顔を歪めながらも、あっさりと正座の姿勢をとり。
冗談のつもりで、強制力など持たせていなかったのだけれど、と。
思いながら、軽く頭を撫でる。
表情や態度はあくまでも不満げであるが、本心から拒もうとはしない。
どうやら軍人さんは、「意に沿わぬ服従」を望んでいるらしい。
これはまた、難儀な扉を開かせてしまったものだな、と。
他人事のように思いながら、ぼんやりと笑みを浮かべた。




