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 カチリ、と。

 耳元で鳴った小さな音を切っ掛けに、目を開く。

 反射的に目を向けた先で、手首に嵌められていた金属の輪が取り外され、少年の手の中に収まった。


「気づいたんだ。見返したかった奴も、認めて欲しかった人も、もう居ないって」


 だって皆、私が殺してしまったからね、と。

 独り言のように、そう言って。

 凪いだ顔で笑いながら、少年が此方に手を差し伸べる。


「だからもう良い。今の私には何もないし、何もいらない。実験を続ける理由も、君を手元に置く必要も。だから……」


 その手を掴んで、身を起こした、瞬間。

 乾いた銃声が響いて、少年の胸に穴が開いた。


「残念だな。実験を続ける気がないのであれば貴君にもう用はない。その娘も、いらないのであれば私がいただこう」


 冷たい声と、それ以上に冷え切った目。

 それを見上げながら、ぎゅっと少年の体を抱き寄せる。

 銃口を此方に向けたまま、立つように視線で指示され。

 少年の体をそっと床に横たわらせてから、立ち上がった。


 来い、と。

 また視線で指示され、部屋を出て。

 背中に銃を突きつけられたまま、屋外まで出たところで。

 研究所を包囲するかのように立ち並ぶ、軍服姿の人々の中に。

 彼の姿を見つけ、目を瞬いた。


「ああ、ソレか。来ることは分かっていたからな。罠を張っておいたら見事に嵌ってくれたよ」


 言いながら、彼を招きよせ。

 自分の前で跪かせた、その頭を。

 躊躇いなく踏みつけ、クッと喉の奥で嗤う姿は。

 まさに悪党といった風情で、いっそ関心すらしてしまった。


 重そうなコンバットブーツで踏みつけられながら、何の表情も浮かべず。

 何処か濁った瞳を、正面に向けたまま、微動だにしない。

 その、どう見ても様子のおかしい彼の首に光る、金属製の首輪に。

 恐らく、あれが原因で行動または思考の自由を奪われており。

 素直に考えれば、あれを取り除きさえすれば元にもどるのでは、と。


「言っておくが、無理に外そうとすれば爆発する仕組みになっているからな。妙な気を起こすなよ」


 そう考えを巡らせていた私を牽制するように、鋭い声と視線が刺さる。

 だとしても、とれる手段が無いわけじゃない、と。

 内心で反論したことに気づかれたのか、念押しするように。

 銃口が、グリリと強く背中に押し付けられた。


 その瞬間。

 カシャリ、と。

 首輪が外れ、小さな音を鳴らしながら地面に落ちて。


 呆気に取られた顔をした軍人さんは、次の瞬間、はっと背後に視線を走らせ、一瞬で遥か遠く離れた場所まで飛び退った。

 一瞬前まで軍人さんが立っていた場所には、その体を拘束し損ねた捕獲装置が、シュルシュルととぐろを巻くような形を作り。


「噂通り、少佐殿は逃げ足が速い」


 捕獲装置を引き戻しながら、少年がそう嫌味っぽく笑った。

 何故、と忌々しげに呟いた軍人さんに。

 ふん、と少年は小さく鼻を鳴らすと、眼鏡をクッと指先で押し上げ。


「何故? それが、何故殺した筈の私が生きているのかという問いであれば、彼女の治癒能力に救われたと回答するかな。何故邪魔をするのかという問いであれば、撃たれた仕返しだよバーカと答えよう。ああ、何故そこの彼の首輪が外れたのかという問いであれば……製作者であればマスターキーくらい所持していて当然だろう?」


 言いながら、見せつけるように「マスターキー」を振って見せるが。

 当の軍人さんは、少年の言葉が終わるよりも早く身を翻し。

 怒りに目をギラつかせながら無数の斬撃を繰り出す彼に追われながら、猛スピードで逃げていって。

 周りを取り囲んでいた人々も、ついでのように彼が蹴散らしていったので。


 ぽつんと、私と少年だけがその場に取り残されたような形となった。


 会心のドヤ顔を決めていた少年の頬が、じわりと赤らみ。

 そのタイミングで、ひょこりと白衣の胸ポケットから顔を出した魔王が、緩い笑みを浮かべながら少年を見上げ。

 何か余計な事を言おうとしたのであろう魔王の口を、察した少年が無言で頭ごと鷲掴み。

 そのまま、魔王の体を再び胸ポケットへとねじ込むと。

 何故か、ギッと八つ当たり気味に私まで睨んできたので。


 思わず緩んでいた口元を、サッと片手で覆って隠し。

 威嚇するように毛を逆立ている少年から、そろりと目を逸らしたのだった。

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