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 その日も、特に説明はなかったが。

 そこで見ているようにと指示されたのは、先日とは逆の立ち位置。

 ガラスの壁の向こうから、装置や機材に囲まれた少年を見る。


 止めておいた方が良いですよ、と、言いはしたが。

 当然、その言葉は無視されて。


 起動された装置から、シュルリと紐状のものが少年に巻きついた。

 そこから、魔力が、少年へと流れ込んでいく。

 突然、異物を押し込まれた身体は、それを拒んでいるようだった。

 苦痛に身を捩る少年の、髪が、皮膚が。

 じわりじわりと黒く染まっていく。

 けれど、染まった先から、元の色に戻っていった。


 流し込まれた魔力は、そこに定着することなく。

 漏れ出し、霧散し。

 残るのは、ただ痛みだけ。


 人間と、魔族では、持っている『魔力』の質が違い過ぎるのだ。

 だからどうしても反発が起きるし、定着もしない。


 やがて、少年が意識を失い、実験は失敗に終わった。


 もちろん1度の失敗くらいで少年たちが諦めるわけもなく。

 見直しや改良が加えられながら何度も実験は繰り返された。

 だが、実験が成功することはないまま、その兆しも見えぬまま、時間だけが過ぎていった。


 ・・・・


 何度目の、失敗だろう。

 床を這いずりながら、少年が慟哭する。

 繰り返される実験で疲弊し、少年は自力で立ち上がることも出来なくなっていた。

 毛細血管が破れ、至る所から出血している。

 感情のままに床を殴りつける度、微かに血飛沫が舞った。


 やがて、がくりと気を失った少年が担架に乗せられ、治療室へと運ばれていった。



 ベットの中でぐったりと眠る少年の額に、手を置き。

 そこから、そっと気を流しこむ。

 青白い顔に赤みが戻ったのを確認して、手を離した。

 この治癒は、指示されたものではない。


 記録する者はおらず、治療室にいるのは、私と少年だけ。

 ……だから、何かあっても、それを止める者はいない。


 部屋を出ようと少年に背を向けた、瞬間。

 くっ、と、襟首を引かれ。

 そのまま、床に引き倒された。


 間近で見た少年の茶色の瞳は、微かに紫がかっている。

 そこから、ポタリポタリと零れ落ちる涙が、私の頬を濡らしていた。


「何で……私は、こんなに……こんなに求めているのに……! お前は、何故、叶えてくれない……! 絶望だけを突きつけて、欲しいものは何もくれない! 私は、ただ、魔力が欲しいだけだ! 簡単だろう!? 弄んでないで、よこせよ、悪魔」


 ギリギリギリと首を絞める少年の手をそのままに、その頬を両手で包んだ。

 少年の望みを叶えることは、できる。

 その命を省みなければ、だけれど。

 あの時を繰り返すだけなら、簡単だ。

 でも、そうしようとは思わない。


「魔力を手に入れて、どうしたいんですか? 手にした力を、あなたは、何に使うつもりですか?」


 今度はこの国を滅ぼしたいんですか、と。

 問えば、ひゅっと、息を飲み。

 愕然と目を見開いた少年の顔を、じっと見つめる。


「あなたが魔力に執着する理由は、何ですか?」


 健康な身体に生まれただけでは、満足できませんか。

 最後の問いは、口にできたか分からない。

 少年の答えを待たず、私は意識を手放した。


 ・・・・


 魔法使いが皆に認められていたのは、その魔力だけだった。

 素晴らしいと、そう褒めて貰えたのは。

 天才だと、称されたのは。

 魔力が膨大であったから。


 なんだ魔力以外はたいしたこともないんだな、と、誰かが吐き捨てた。

 あの魔力量は魅力的だが、いつ死ぬかも分からないのでは使い勝手が悪いな、と、誰かがため息をついた。


 魔法使いは、生きたかった。

 どうせすぐ死ぬと、陰で嗤う奴らを見返してやりたかった。

 生きて、もっと沢山の人々に認めて欲しかった。


 でも、それも。

 魔力がなければ、意味がない。

 魔力のない魔法使いになど、何の価値もないのだから。


 ……ああ、でも、そうか。

 見返してやりたかった奴らの顔を、認めて欲しかった人たちの顔を、思い返して。

 魔法使いであった少年は、空虚に笑った。


 なんだ。

 もう、誰も居ないじゃないか。

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