39
その日も、特に説明はなかったが。
そこで見ているようにと指示されたのは、先日とは逆の立ち位置。
ガラスの壁の向こうから、装置や機材に囲まれた少年を見る。
止めておいた方が良いですよ、と、言いはしたが。
当然、その言葉は無視されて。
起動された装置から、シュルリと紐状のものが少年に巻きついた。
そこから、魔力が、少年へと流れ込んでいく。
突然、異物を押し込まれた身体は、それを拒んでいるようだった。
苦痛に身を捩る少年の、髪が、皮膚が。
じわりじわりと黒く染まっていく。
けれど、染まった先から、元の色に戻っていった。
流し込まれた魔力は、そこに定着することなく。
漏れ出し、霧散し。
残るのは、ただ痛みだけ。
人間と、魔族では、持っている『魔力』の質が違い過ぎるのだ。
だからどうしても反発が起きるし、定着もしない。
やがて、少年が意識を失い、実験は失敗に終わった。
もちろん1度の失敗くらいで少年たちが諦めるわけもなく。
見直しや改良が加えられながら何度も実験は繰り返された。
だが、実験が成功することはないまま、その兆しも見えぬまま、時間だけが過ぎていった。
・・・・
何度目の、失敗だろう。
床を這いずりながら、少年が慟哭する。
繰り返される実験で疲弊し、少年は自力で立ち上がることも出来なくなっていた。
毛細血管が破れ、至る所から出血している。
感情のままに床を殴りつける度、微かに血飛沫が舞った。
やがて、がくりと気を失った少年が担架に乗せられ、治療室へと運ばれていった。
ベットの中でぐったりと眠る少年の額に、手を置き。
そこから、そっと気を流しこむ。
青白い顔に赤みが戻ったのを確認して、手を離した。
この治癒は、指示されたものではない。
記録する者はおらず、治療室にいるのは、私と少年だけ。
……だから、何かあっても、それを止める者はいない。
部屋を出ようと少年に背を向けた、瞬間。
くっ、と、襟首を引かれ。
そのまま、床に引き倒された。
間近で見た少年の茶色の瞳は、微かに紫がかっている。
そこから、ポタリポタリと零れ落ちる涙が、私の頬を濡らしていた。
「何で……私は、こんなに……こんなに求めているのに……! お前は、何故、叶えてくれない……! 絶望だけを突きつけて、欲しいものは何もくれない! 私は、ただ、魔力が欲しいだけだ! 簡単だろう!? 弄んでないで、よこせよ、悪魔」
ギリギリギリと首を絞める少年の手をそのままに、その頬を両手で包んだ。
少年の望みを叶えることは、できる。
その命を省みなければ、だけれど。
あの時を繰り返すだけなら、簡単だ。
でも、そうしようとは思わない。
「魔力を手に入れて、どうしたいんですか? 手にした力を、あなたは、何に使うつもりですか?」
今度はこの国を滅ぼしたいんですか、と。
問えば、ひゅっと、息を飲み。
愕然と目を見開いた少年の顔を、じっと見つめる。
「あなたが魔力に執着する理由は、何ですか?」
健康な身体に生まれただけでは、満足できませんか。
最後の問いは、口にできたか分からない。
少年の答えを待たず、私は意識を手放した。
・・・・
魔法使いが皆に認められていたのは、その魔力だけだった。
素晴らしいと、そう褒めて貰えたのは。
天才だと、称されたのは。
魔力が膨大であったから。
なんだ魔力以外はたいしたこともないんだな、と、誰かが吐き捨てた。
あの魔力量は魅力的だが、いつ死ぬかも分からないのでは使い勝手が悪いな、と、誰かがため息をついた。
魔法使いは、生きたかった。
どうせすぐ死ぬと、陰で嗤う奴らを見返してやりたかった。
生きて、もっと沢山の人々に認めて欲しかった。
でも、それも。
魔力がなければ、意味がない。
魔力のない魔法使いになど、何の価値もないのだから。
……ああ、でも、そうか。
見返してやりたかった奴らの顔を、認めて欲しかった人たちの顔を、思い返して。
魔法使いであった少年は、空虚に笑った。
なんだ。
もう、誰も居ないじゃないか。




