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うん、美味しい。
効能も十分。
ペロリと舌で唇を舐め、味見を終えた「完成品」を瓶に流し入れていく。
瓶の数を数えながら梱包し、余りの材料を口に放り込みながら作業台の上を片付け終えたところで、ざっと風が吹き抜けていった。
果実と香草の匂いで満ちた空気を押しのけ、湿った森の冷気が陣取る。
朝露に濡れた裾が冷され、ふるりと体が震えた。
まだ夜は明けていない。
体を温めてから出ることにしよう、と、風呂を沸かす準備に取り掛かった。
脱いだ袴をぽいと投げ、井戸水を湯船に汲む。
夜明け前の空気は冷りとしているが、動いていればそれほど寒くはなかった。
風呂場も井戸も家の裏手であるし、こんな時間だ。
人の目を気にすることもない、と。そう油断していた。
此方の人たち程、足を晒すことに抵抗があるわけではないが。
屈めば下着が丸見えになるような格好を不意に見られてしまえば、それはもう、普通に恥ずかしいわけで。
ストンと、何処からともなく落ちてきたそのヒトに、悪気はなかったのであろうけれど。
反射的に桶の水を浴びせかけた私にも、悪気はなかったのである。
で。
一番風呂はもちろん譲った。
お湯が沸くまでの時間の気まずさよ……。
風呂からあがった彼を謝罪と共に見送り、やっと浸かることのできたお湯が、冷え切った体と心に沁みる。
そういえば、彼は何をしに来たのだろう。
体を洗いながらぼんやりと浮かべた疑問は、解消されないまま泡と共に流れていった。
・・・・
それから。
ふと気づけば居間の床で寝ていたり、夜中に現れたかと思うと何をするでもなく窓枠に頬杖をついてぼーっとしていたり。
ふらりと気まぐれに現れては、何の用だったのか分からぬまま帰っていく彼に。
もしかすると、特に用があるわけではないのかもしれないと。
気付いたのは、しばらく後になってから。
ノラ猫が懐いたようなものだろうか。
そう思うと、何ともくすぐったい気持ちになり、緩む口元を両手で隠した。
何だ、と問いかける黒と赤の視線に、何でもないと首を振る。
そうか、と再び目を閉じた彼に、倣って私も目を閉じた。
木漏れ日が瞼の裏で揺らめき、柔らかな風が肌を撫でていく。
微睡みの中、ふっと彼の匂いが鼻を掠め、ゆるりと胸の奥を溶かした。
そうやって、切れ切れに続いていた穏やかな日々は、唐突に。
私からすれば何の前触れもなく、ぷつりと途切れてしまう。
理由は分からない。
けれど、最後に見た彼は、いつかの血まみれな姿を思い出すような、殺伐とした空気を纏っていて。
夕闇の中、赤と黒の瞳を伏せ、もう此処には来ないと。
そう言って背を向けた彼を、私は止めなかった。
物わかりの良いフリをするのは、得意だ。
それから、何もなかったような顔をして。
ふとした瞬間に彼の気配を探している自分には、気付かぬフリをして。
可もなく不可もなくな日々を過ごしていた私は、これまた唐突に。
フード付きのマントで全身を隠した不審者の集団に取り囲まれるという、困惑するしかない状況に陥り。
そして、そんな危機的状況にも関わらず。
マント集団から漂って来る魔力の匂いに、彼を連想してちょっとだけほっこりしていたのだった。




