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ばたり、と、魔王が仰向けに倒れこむ。
その周りには、死屍累々と魔族たちが積み重なり、白目を剥いていた。
「は、はは、げほっ……っあー……」
くっそ弱ぇな俺、と。
言うわりに、空を仰いだ顔は晴れやかだ。
比類なき強者であった魔王は、それ故に。
長く退屈を強いられてきた。
少しその気になれば、一瞬で消し飛ばしてしまえる弱者共を相手に、本気など出せるわけもなく。
また、絶対的な強者に対し、牙を剥くような愛すべき愚か者はそう居ない。
それが、どうだ。
嘗て、己の前でただ緊張に固まり、震えることしかできなかったモノたちが。
畏れるどころか、見下しさえしながら、向かって来るではないか。
その上、かなりの苦戦を強いられ、何度も追い詰められた。
ギリギリ勝ちはしたが、もう指一本動かせない程に、限界で。
だが寧ろ、それが喜ばしい。
「弱ぇってのも、悪かねぇなぁ」
大幅に弱体化させられたからこそ味わえた、全力で暴れきる心地良さに身を委ね。
魔王は幸せそうに笑いながら、意識を手放したのだった。
・・・・
掌の上で、すぴすぴと寝息をたてつつ。
なんとも満足げな寝顔をさらしている魔王を。
やっぱ、暴れるのが好きなんだなぁ、と。
感心半分、呆れ半分に見下ろし。
その小さな体を、そおっと籠の中に収納して。
魔力も体力も使い果たしたみたいだし、もしかすると引っ越し先に着くまで起きないかもしれないなぁ、と。
ぼんやり考えながら、その場を後にした。
急ぐ必要もなく、ゆったりとした足取りで。
時より森の恵みを採取させてもらいつつ。
目指すは、嘗て暮らしていた家。
どうも鍵を預けていた知り合いが、手が空いた時にちょこちょこ手入れをしてくれていたようで。
その上、そちらに戻る旨を何人かに伝えたところ、また別の知り合いが引っ越し祝いにと家具やら何やら一式揃えてくれたらしく。
あとは、ほぼこの身一つだけ移動させればそれで引っ越しが完了してしまう、という状態なのだ。
案外、私は色んな人に愛されているみたいですね、と。
柔らかな木漏れ日の下、さわさわと笑う葉擦れの音に紛れ、呟けば。
調子にのるな、とでも言うように。
隣から伸びてきた手が、ぺしりと額を叩いていった。
未だ血に惹かれている状態ではあるようだが、時が経つにつれ慣れてはきたようで。
時々ふと嗅がれること以外は、距離感も態度も以前と変わらず。
気まぐれに現れては、黙って隣を歩いたり、採取する手をじっと見ていたかと思えばやんわり邪魔してみたりと。
自由に過ごし、またふらりと何処かへ消えていく。
見上げれば、「何だ」と見下ろしてくる黒と赤に。
何でもないです、と、ふわふわとした気持ちで微笑んだ。




