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「まさか、魔王を使魔にしてしまうとはな」
代償はその髪だけか? と。
黒く染まった毛先に指を絡ませながら、呆れ混じりに問いかけてくる男に。
此方でいう、使魔という契約形態とは少し違うのだけれど、その辺に関しては説明が面倒くさいので。
まあ、そんな感じですと返し。
「魔王連れで『帰って』も、問題ないのか?」
何気ない調子で続いた、含みある問いに。
いえ、かなり驚かせてしまうでしょうね、と此方も含みを持たせて笑う。
魔王を連れて、故郷に「帰る」ことは出来ない。
含みの内容を正確に読み取ったのだろう。
そうか、とだけ呟いた男は、いつになく穏やかな顔で。
安心しましたか? と。
覗き込むようにして問えば、「見るな」とばかりに片手で目を覆われてしまった。
視界を奪われたまま、声を出して笑う。
数秒の沈黙の後、ふっと空気が動いて。
耳元に顔を寄せる気配に、何だろう、と耳をそばだて。
けれど、待っても男の声はしないまま。
気配が離れていき、同時に視界が自由になる。
『きみがいないせかいはきっとたいくつだ』
声はしなかった、けれど。
指の隙間から見えた唇の動きで、分かってしまった。
何も気づいてない風を装うのに、何時もより苦労しつつ。
足早に歩く男の背を追った。
・・・・
青年たちと別れ、ゆったりと隠れ里を目指して歩く。
「おい、きづいてんだろ。ウットオシイからどうにかしろよ」
付かず離れず、後を追ってくる気配には気づかないフリをしていたのだが。
我慢できなくなったらしい魔王に、ぺしぺしと頭頂部を叩かれ。
小さく苦笑しつつ、歩を止めた。
見上げた先で、木の枝が微かに揺れたかと思うと。
次の瞬間には、音もなく彼が目の前に立っていた。
何時もより、一歩、遠い距離。
見上げて、見下ろされて。
瞳の中で揺らぐ「欲」を、じっと観察する。
「離れれば、楽になりますか?」
問えば、「いや」と首を横に振り。
離れる方が、辛い、と。
そう顔を顰める彼に。
なら、逆に、もっと近づいてみますか、と。
提案し、両手を広げてみせれば。
考えるような沈黙の後、ひょいと。
頭に伸びてきた手が、そこに乗っていた魔王を掴んだ。
「あ、おい、なにす……っおあああああああ!?」
風を切る音と共に、放り投げられた魔王が飛んでいく。
其方に気をとられている間に、ぽすり、と彼の腕に抱き込まれ。
そのまま、ひたすら……臭いを嗅がれた。




