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ベットの上、じっと魔王を見下ろしながら、袴の裾を手繰り寄せる。
露わになった太ももの、半ば。
武器を仕込む場所としてはありきたりなそこから、するりとナイフを引き抜いた。
「はっ……何をするのかと思えば、結局、殺すのかよ。分かってるだろうがな、コイツを殺したところで……」
「残念。外れです」
にこり、と、悪戯っぽく笑ってみせ。
つん、と唇を指で突いて言葉を遮れば。
魔王は一瞬、毒気を抜かれたように、きょとりと目を瞬いた。
あ、その表情は、ちょっと似てるな、と。
そんな事を考えながら、彼に口付ける。
驚いたように目を見開いた魔王の頬を掠めて、薄青い髪がベットに広がった。
彼の体内から、魔王を分離して、追い出す。
それだけなら簡単だ。
けれど、それでは意味がない。
いや、彼を自由にしてあげられるのだから、意味はあるか。
でも、どうせなら。
これでもう大丈夫だと、そう、安心できるような決着が望ましい。
髪が、毛先から黒く染まっていく。
じわりじわりと、侵食していく黒を目で追いながら、唇を離した。
内側で、私を支配しようと暴れる「魔王」を、あやすように抑えつけて。
片手でナイフを握り締め、自分の項に添え。
スパリ、と。
躊躇いなく刃を水平に滑らせた。
短くなった髪が、はらりと頬に落ちる。
切り落とした髪は、手の中でするすると滑らかに形を変え、黒い形代となった。
目を伏せ、ソレを人差し指と中指の間に挟み、印を組む。
仕上げに、吐息に乗せて「名」を吹き込んだ。
ふるり、と形代が震え、じわりとその見目を変えていく。
褐色の肌、黒い髪、額には角、背中には蝙蝠羽、クワリと開かれた瞳は赤。
今。
新たな体と、名を得た魔王が、降り立った。
私の手の平の上に、ちょこん、と。
「なんっだこりゃーー!? ざっけんな! ころすぞてめぇ!」
ふくりとした柔らかそうな頬を引きつらせ、魔王が叫ぶ。
ギッと此方を睨みつけてくるが、三頭身の、ぬいぐるみじみた見た目では迫力に欠ける。
ただ、怒りの感情と共にブワリと広がる重厚な魔力は、確かな殺気と強暴性を感じさせた。
さすがは魔王。
ここまでしても、完全には無力化できないか。
「うるさいですよ、おちびさん」
それでも、主導権は此方にある。
余裕のフリで、ゆったりと笑みを作り。
喚く魔王の額を、つん、と指で弾いて黙らせた。
・・・・
傍で、音もなく動いた気配に。
はっ、と目を向ければ、彼が静かに此方を見下ろしていた。
赤と黒の瞳が、僅かに揺れた後、すっと逸らされ。
そのまま、とん、と床を一蹴り。
次々と襲い来る魔族たちを相手に、一人戦ってくれていた仲間の元へ。
彼に気づいた青年の目が、歓喜に輝き。
対峙していた魔族たちの目が、忌々しげに歪んだ。
そこからは、本当に、一瞬。
二人は言葉を交わすこともなく、見事な連携で敵を片付け。
チン、と、武器を収めた音も殆ど同時。
近すぎず、遠すぎない、絶妙な距離感で向かい合い。
「で、何だその巫山戯た格好は」
「~~っ、僕だってしたくなかったよ! こんな格好!」
そんな風にじゃれあった後。
青年は、ふっと小さく笑みを浮かべ。
彼は、無表情のままに。
突き出した拳を、とん、と打つけ合った。




