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そうして連れてこられた部屋の前には、手下が二人、両開きの扉を守るように立っており。
魔王が近づくと、揃って頭を下げた後、恭しく扉を開け放った。
豪奢に飾り付けられた部屋の真ん中、でんと鎮座する天蓋付きのベットの前に誘導され。
とん、と、軽く肩を押されたので。
ぽすりとベットに腰掛け、魔王を見上げれば。
「っとに従順だなぁ? ここまで無抵抗な奴ぁ初めて見たわ」
物珍しげな目で、観察するように覗き込まれたので。
何も考えていなさそうな顔で小首を傾げ、誘うように、その首に手を回し。
まあ、静かにさせる手間がはぶけて良いか。
そう呟いた魔王に、ふにゃりと笑みを作って見せた。
近づいてくる、その顔は、彼のもの。
けれど、その中身は全く別のモノ。
間近で見ると、片方黒いはずの瞳は、どちらも赤く。
怪しく煌めくその色に気をとられているうちに、慣れた手つきで襟元を開かれ。
牙が、ぷつりと肌に突き立てられた。
緊張状態であったからか、他の事に集中していたからか、痛みは感じなかった。
血が、吸われていく。
私の気が染み込んだ、ソレが、彼の体内に、入っていく。
それは、とても……
とても都合が良かった。
「……っ、テメェ、何、しやがった……」
カクリ、と、力の抜けた体がベットに沈む。
絞り出すように発せられた声は酷く掠れ、弱々しい。
混乱、警戒、驚愕、屈辱、怒り、焦り……魔王は瞳のなかに様々な感情を泳がせながら、此方を睨みつけてきた。
だが、それだけだ。
ただ睨みつける事しかできない。
問いには答えず、ゆるりと笑みを作り。
血によって内側から縛られた状態の魔王を見下ろした。
その胸に手を付き、探る。
彼の身体が、今どういった状況にあるのか。
彼の中に、どれほどまで魔王が侵食しているのか。
・・・・
ふっ、と、安堵の吐息が漏れる。
ただ主導権を奪われているだけのようだ。
彼の精神は眠らされ、奥底に封じ込められているだけで、蝕まれていたり、吸収されていたりということもない。
これなら、単純に魔王さえ引き剥がしてしまえば良いだけだ。
ただ、そうだな……出来ればもう少し……
ドガン! と、激しい音を立てて開かれた扉に、思考が途切れる。
視線を向ければ、息を切らした女性、いや、青年が駆け込んでくるところで。
「良かった、無事……です、よね……?」
言葉の後半、大きく乱された襟元に視線を止めて、やや自信なさげに揺れる語尾に。
大丈夫、と笑ってみせれば、ほっとしたように青年は表情を緩めた。
「それで、どうですか?」
「魔王を取り除くだけなら、すぐにでも可能です。ですが、それだけだと、またすぐに別の誰かに取り憑いてしまうだけだと思うので……少し、手を加えたいと思うんです。ただ、そうすると時間が……」
「分かりました! どれだけ時間がかかっても大丈夫です……守りますから」
言い終わる前に、そう言い切られ。
くるりと身を翻した青年が、扉の前。
誰も通さぬとばかりに刀を構え、立つ。
「お願いします」
投げかけた声に、ちらりと振り向き。
こくり、と頷く横顔の頼もしさよ。
女装姿であっても尚、凛々しい立ち姿に。
これなら心置きなく集中できるな、と、僅かに緊張を緩めた。




