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……私に、戦う力はない。
けれど、相手と接触できさえすれば。
この手が、届きさえすれば。
それがどんな存在であれ、どうにかできるだけの「力」を、私は持っている。
それがたとえ魔王であっても。
そう、魔王。魔王だ。
この世界には、魔王が居るらしい。
いや本当に、漫画みたいな世界だな、と。
思わず漏れかけたツッコミは、張り詰めた空気を壊さぬよう、静かに飲み込んだ。のだが。
「いきなり魔王と言われても、我々一般人にはピンとこないな」
せっかく空気を読んだというのに。
重苦しい空気のなかにポンと落とされた笑い混じりの声に、思わず半眼になった。
「なぁ?」と、同意を求めるように送って寄越された目配せに。
少なくとも貴方が一般人を名乗るのは間違いでしょう、と、呆れ顔で返せば。
これは失礼、と戯けたお辞儀を披露する男は、相変わらず飄々としており。
「黙っていてもらえませんか。貴方が口を開くとややこしくなる」
男の茶々入れを咎めた後、さっと此方に謝罪の視線を送ってくる聖騎士様もまた、相変わらず生真面目だ。
話の腰を折られたまま、言葉を続けるタイミングを失ってしまっていた青年に気づき、「悪い、続けてくれ」と促すところも含めて。
あっ、はい、それで……と、青年が再び現状説明に戻る。
一度茶々が入ったことで気が抜けたのか、説明が始まってから緊迫した表情を浮かべ押し黙っていた面々も、時々合いの手を入れたり補足のために言葉を足したりしはじめ。
説明の場は、一気に賑やかなものとなったのだった。
・・・・
よくある魔王と英雄の物語、といった印象を受ける過去の経緯は、省略するとして。
数百年前に施されたという封印は、どうも完全ではなかったようで。
その肉体こそ封じ込められたものの、精神の部分を取り逃がす結果となり。
魔王は他人の体に憑依し我が物として使うことで、大幅に力を減じながらも今尚魔族の頂点として君臨しつづけているのだという。
そして。
肉体が壊れるたび、または気まぐれに壊すたび、新しい肉体へと乗り移ってきた魔王の、その憑依先として。
このたび彼が選ばれてしまった、という事らしい。
そもそも、何故目をつけられたかと言うと。
過去、闇雲に力を求めていた彼は、魔王への接触を試み。
体を乗っ取られることなく、その力だけを奪おうと画策して、失敗し。
逆に呪いをかけられ力を奪われることになった……のだが。
呪いのせいで大幅に弱体化した状態で魔王の手から逃れ、追っ手を蹴散らし生き延びてきた彼のことを、魔王は「面白い」と、そこそこ高く評価していた様子で。
これまでも、時より思い出したようにちょっかいを出して来ていたらしいのだが。
数年前、その呪いを跳ね除けたことで、強く興味を引いてしまい。
次の肉体候補として、本格的に目をつけられてしまうこととなったようだ、と。
……そう聞いて思い出すのは、鳥籠の中から見た景色。
掴まれた手と、その先の不機嫌な顔。
彼の中にあった、不自然な魔力の濁り。
ああ、あの時の、アレがそうだったのか。
納得し、同時に湧き上がった苦い感情を静かに噛み潰した。
今ここで私が何を思ったところで、無意味だ。
まだ、話は続いている。
瞬きの合間に意識を切り替え、青年たちの声に集中した。
手下を引き連れ襲撃してきた魔王を前に、誰の力を借りるまでもないと彼は一人対峙し。
実際、さほど苦戦することなくあっさりと魔王を退けてみせたらしいのだが。
それも魔王の計算の内であったようで、わざと殺されることで彼にとり憑き、そのまま彼の体を乗っ取って姿を眩ませた、と、いう話だ。
その際、まだ完全に体の主導権を奪われる前に、彼は首から下げた紐を引きちぎり、青年へと託すように、導石を投げてよこしたのだという。
「隠れ里へ行け、と、いう事だと思いました。それで僕が。ただ……」
「君をここに連れてくるように言ったのは、私だ。なんとなく、魔王をどうにかする為には、君の力が必要であるように感じたのでね」
口を挟んで来た男にちらりと視線をやって一つ頷き、再び此方を向いた青年の目は、酷く真っ直ぐで。
常であれば何気なさを装いつつ流してしまうであろうその真剣さを、今ばかりは正面から受け止め。
此方もただ真っ直ぐに、見つめ返した。
「僕も、そう思いました。貴女なら、アイツを「治して」くれるんじゃないかって。あの、勝手な期待を押し付けてしまってすみません、でも……」
「まあ、そうですね、やってみます」
さらりと、気負いなく発した声は、軽やかに。
任せておけ、とばかりに不敵に笑ってみせれば。
その場が一瞬、しんと静まりかえり。
次いで、どっと沸きたった。




