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芸能事務所の若社長ですが、所属タレントが不祥事を起こしすぎて胃が限界です  作者: 雪だるま


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8 経済交流パーティー

 都内某所。


 巨大ホテルの最上階。


 日本有数の大企業グループが主催する経済交流パーティーが開かれていた。


 政財界。


 企業経営者。


 投資家。


 銀行関係者。


 海外企業。


 そしてその家族たち。


 普段の芸能界とは違う空気だった。


 派手ではない。


 しかし。


 金額だけなら芸能界よりずっと大きい。


 そんな会場の片隅で。


「のだぁ……」


 レイは疲れていた。


 タキシード姿。


 見た目だけなら完璧な御曹司。


 身長も高い。


 顔も良い。


 若い。


 だが。


 表情だけが死んでいた。


「お疲れのようですね」


 隣から優しい声が聞こえた。


 レイが振り返る。


 そこには一人の令嬢がいた。


 東雲しののめ 綾華あやか


 二十歳。


 国内有数の機械メーカー一族の娘。


 長い黒髪。


 落ち着いた雰囲気。


 知的な顔立ち。


 派手さはないが非常に整っている。


 大学生ながら経営学を学んでおり、将来的には家業に関わる予定らしい。


 レイは少し慌てた。


「のだっ?」


「はじめまして。東雲綾華と申します」


「田中レイなのだぁ」


「存じています」


「のだ?」


 綾華は微笑んだ。


「最近はニュースでもよくお見かけしますから」


「嫌な予感しかしないのだぁ」


「ふふ」


 綾華は笑った。


「芸能事務所の社長さんですよね」


「そうなのだぁ」


「大変そうです」


 レイ。


 一瞬固まる。


 そして。


「うぇええええん!!」


 突然泣いた。


「本当に大変なのだぁああああ!!」


 綾華は少し驚いた。


「えっ」


「吾輩の事務所は問題児だらけなのだぁああああ!!」


「そ、そうなんですか」


「そうなのだぁ!!」


 レイは勢いよく語り始めた。


「この前なんてあのイケメン俳優が深夜に車で爆走してたのだぁ!!」


「それは大変ですね」


「しかも最後は神社で裸で踊ってたのだぁ!!」


「……ニュースで見ました」


「そうなのだぁ!!ニュースで見たのだぁ!!」


 レイは即座に強調した。


 その辺りは一応ちゃんとしている。


 未公表情報は絶対に喋らない。


 週刊誌は怖い。


 非常に怖い。


「吾輩、最近はニュースになった話しか言わないのだぁ」


「賢明ですね」


「学習したのだぁ」


「以前は?」


「知らずに喋って田村に怒られたのだぁ」


「なるほど」


 綾華は笑った。


 レイも少し安心した。


 普通なら。


 こういう場所で令嬢に話しかけられると緊張する。


 しかし。


 レイは芸能界で鍛えられていた。


 毎日問題児と戦っている。


 令嬢はむしろ癒やしだった。


「東雲殿は大企業の令嬢なのだぁ?」


「はい」


「大変そうなのだぁ」


「それなりに」


「でもタレントは脱がないのだぁ?」


「脱ぎません」


「深夜にSNSで暴れないのだぁ?」


「たぶん暴れません」


「羨ましいのだぁ……」


 レイは遠い目をした。


「吾輩も製造業やりたいのだぁ……」


「急ですね」


「工場の機械は不倫しないのだぁ」


「しませんね」


「機械は熱愛報道もないのだぁ」


「ありません」


「最高なのだぁ……」


 綾華は思わず吹き出した。


 周囲から見れば奇妙な光景だった。


 若くて有名な芸能事務所社長。


 そして大企業令嬢。


 普通なら華やかな会話になる。


 しかし。


 内容は。


 ほぼ危機管理だった。


「最近は何が大変なんですか?」


 綾華が聞く。


 レイは即答した。


「問題児アイドル組なのだぁ」


「そんな組織名なんですか」


「吾輩の中ではそうなのだぁ」


「なるほど」


「一人は炎上するし」


「はい」


「一人は深夜配信するし」


「はい」


「一人は秘密にしておくべき情報を背景に映すし」


「大変ですね」


「うぇえええん!!」


 レイは再び泣いた。


 綾華はハンカチを差し出した。


「どうぞ」


「優しいのだぁ……」


「それくらいは」


 レイはハンカチを受け取った。


 少し落ち着く。


 その様子を見ながら綾華は思った。


(面白い人だな……)


 ニュースではもっと派手な人物だと思っていた。


 実際は。


 苦労人だった。


 しかもかなり。


 その時。


 遠くからレイの父親がこちらを見ていた。


 田中グループ会長。


 そして。


 ものすごく楽しそうだった。


(おお)


 息子が令嬢と話している。


 珍しい。


 非常に珍しい。


 普段のレイ。


 芸能人とばかり話している。


 しかも問題児。


 まともな女性と話している姿は貴重だった。


 綾華はレイに聞いた。


「芸能界はやはり特殊なんですか?」


「特殊なのだぁ」


「どのくらい?」


「普通の人なら思いつかないことを毎日やるのだぁ」


「例えば?」


「SNSで猫の写真を投稿する予定だったのに自分の寝顔を投稿するのだぁ」


「それは可愛いですね」


「可愛いならいいのだぁ」


「他には?」


「生放送で番組の台本を忘れてくるのだぁ」


「それは困りますね」


「まだマシなのだぁ」


「もっとあるんですか」


「あるのだぁ」


 レイは遠い目をした。


「吾輩、もう驚かなくなったのだぁ」


「慣れたんですか」


「慣れたのだぁ」


「すごいですね」


「慣れたくなかったのだぁ」


 綾華はまた笑った。


 不思議だった。


 話している内容は大変なはずなのに。


 なぜか面白い。


 そして。


 気付けば。


 かなり長く話していた。


 レイも少し驚いていた。


(なんか話しやすいのだぁ)


 芸能界の人間ではない。


 変な駆け引きもない。


 取材でもない。


 スポンサーでもない。


 ただ普通に話している。


 それが妙に新鮮だった。


「東雲殿」


「はい」


「今日は楽しかったのだぁ」


「私もです」


「本当なのだぁ?」


「ええ」


 綾華は微笑んだ。


「またお話したいですね」


 レイは一瞬固まった。


「のだっ?」


 綾華は自然に続ける。


「芸能界のお話も面白いですし」


「いや、面白くないのだぁ」


「私は面白かったですよ」


「うむ……」


 レイは少し照れた。


「そんなそんななのだぁ♡」


 頭をかいた。


「吾輩なんてただの苦労人なのだぁ♡」


「有名な苦労人ですね」


「嫌な肩書なのだぁ」


 その時。


 レイのスマホが震えた。


 メッセージ。


 送り主。


 田村。


『至急』


 レイの顔色が変わる。


「のだぁ?」


 開く。


『所属アイドルが生配信で重大発表を予告しました』


 レイ。


 硬直。


『なお本人は内容をまだマネージャーに伝えていません』


 完全停止。


 数秒。


 綾華が不思議そうに聞く。


「どうしました?」


 レイは震える声で答えた。


「……仕事なのだぁ」


「大変そうですね」


「大変なのだぁ」


 さらにスマホ。


『社長、至急連絡ください』


『社長、見ましたか』


『社長』


『社長』


『社長』


 通知が増える。


 レイは天井を見上げた。


「神様なのだぁ……」


「はい?」


「どうして吾輩だけこうなるのだぁ……」


 綾華は小さく笑った。


「頑張ってください」


「頑張るのだぁ……」


 レイは立ち上がる。


 そして去り際。


 少し照れながら言った。


「東雲殿」


「はい」


「また会ったらお話するのだぁ」


 綾華は優しく頷いた。


「喜んで」


 レイは少し嬉しくなった。


 しかし次の瞬間。


 田村から電話が来た。


「社長」


「のだぁ……」


「問題児アイドル組です」


「のだぁ……」


「覚悟してください」


「うぇえええええん!!」


 レイは泣きながら会場を走っていった。


 綾華はその背中を見送りながら思った。


(あの人、本当に大変そう……)


 そして少しだけ。


 もう一度会ってみたいとも思ったのだった。

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