7 ひまりのヒット
スターライト・ユニバース本社。
社長室。
机の上には一枚の紙が置かれていた。
売上報告書。
そこには大きく書かれている。
『小鳥遊ひまり ソロデビュー曲
ピロローン300年
累計売上 三十万枚』
普通なら信じない数字だった。
十年前でも十分ヒット。
この時代なら大事件。
しかも。
新人。
高校生。
ソロ。
意味不明な電波ソング。
どう考えてもおかしかった。
しかし現実だった。
そして。
「えっへん!」
レイはドヤ顔だった。
「えっへん!」
非常にドヤ顔だった。
「えっへん!えっへん!」
めちゃくちゃドヤ顔だった。
田村は無表情だった。
「社長」
「なんなのだぁ?」
「うるさいです」
「嫉妬なのだぁ♡」
「違います」
レイは椅子の上に立った。
「さっすが吾輩なのだぁ!」
ばんっ。
机を叩く。
「イケメンなのだぁ!」
ばんっ。
「金持ちなのだぁ!」
ばんっ。
「そして作曲の才能まであるのだぁ!」
ばんっ。
「神は吾輩に与えすぎなのだぁ!」
「机が壊れます」
「聞いてないのだぁ!」
そもそも。
この曲は。
本当に。
本当に。
適当に作られた。
作曲家との打ち合わせ。
「社長、ひまりさんの曲どうします?」
「不思議ちゃんなのだぁ」
「はい」
「不思議曲なのだぁ」
「はい」
「ピロローンなのだぁ」
「はい?」
「ピロローン300年なのだぁ」
「意味は?」
「ないのだぁ♡」
それが始まりだった。
その後も。
歌詞会議。
「社長、Aメロは?」
「ピロローンなのだぁ」
「Bメロは?」
「ピロピロなのだぁ」
「サビは?」
「ピロローン300年なのだぁ」
作曲家。
本気で辞表を考えた。
しかし。
ひまりが歌った。
『ピロローン♪
ピロローン♪
三百年後もピロローン♪』
可愛かった。
恐ろしく可愛かった。
妙に耳に残った。
気付けば。
全国の学生が歌っていた。
SNSで踊っていた。
配信で流れていた。
なぜか売れた。
本当に。
なぜか売れた。
そして今。
業界中が騒いでいた。
「なんなんだあの曲」
「意味分からん」
「でも頭から離れない」
「ひまりが可愛い」
「中毒性がある」
「作曲家誰だ?」
業界人が調べ始めた。
結果。
作詞。
田中レイ。
作曲。
田中レイ。
編曲だけプロ。
業界。
さらに混乱。
「社長が作ったの?」
「え?」
「芸能事務所の社長だよな?」
「何で売れてるんだ?」
「たまたま?」
「奇跡?」
「事故?」
そして。
当然。
インタビュー依頼が来た。
レイ。
得意げ。
「どうぞなのだぁ♡」
インタビュアー。
「ピロローン300年の発想はどこから?」
レイ。
ドヤ顔。
「天才だからなのだぁ」
インタビュアー。
沈黙。
「もう少し具体的には?」
「ひまりなのだぁ」
「はい?」
「ひまりを見てたらピロローンだったのだぁ」
インタビュアー。
さらに沈黙。
「……どういう意味でしょう」
「吾輩にも分からないのだぁ♡」
記事を書いた記者は頭を抱えた。
数日後。
テレビ出演。
司会者。
「レイ社長、あの曲のテーマは?」
「ピロローンなのだぁ」
「……」
「ピロローンなのだぁ」
「……」
「ピロローン300年なのだぁ」
放送後。
SNS。
『社長の方が意味不明だった』
『ひまりより不思議ちゃんじゃない?』
『曲の秘密が何も分からなかった』
『社長面白い』
レイは喜んだ。
「人気者なのだぁ♡」
田村は頭を抱えた。
一方。
ひまり本人。
売れた実感がなかった。
「えへへぇ」
ソファでクッキーを食べていた。
そこへ。
レイが突撃。
「ひまりぃぃぃ!」
「はいぃ?」
「三十万枚なのだぁ!」
「すごいですねぇ」
「もっと驚くのだぁ!」
「わぁ〜」
「軽いのだぁ!」
ひまりは首を傾げた。
「でも曲可愛いですよぉ?」
「そうなのだぁ!」
レイは机を叩いた。
「そこなのだぁ!」
ひまりは続ける。
「歌ってて楽しいですしぃ」
「そうなのだぁ!」
「みんなも楽しそうですしぃ」
「そうなのだぁ!」
「だから売れたんじゃないですかぁ?」
レイ。
固まる。
「のだ?」
田村。
小さく呟く。
「たぶんそれです」
「違うのだぁ!」
レイは叫んだ。
「吾輩の才能なのだぁ!」
その時。
ドアが開く。
瑠璃登場。
「おめでとうございます、ひまりさん」
「ありがとうございますぅ」
瑠璃は本気で祝福していた。
「三十万枚は本当に素晴らしいと思います」
「えへへぇ」
そして。
エミリア登場。
「また社長が調子乗ってる」
「乗ってないのだぁ!」
「いや乗ってる」
「吾輩は天才なのだぁ!」
「偶然でしょ」
「違うのだぁ!」
「偶然」
「違うのだぁ!」
「偶然」
「違うのだぁ!」
「偶然」
「のだぁあああああ!!」
レイは暴れた。
だが。
エミリアは冷静だった。
「じゃあ次も三十万売ってみれば?」
社長室。
静まる。
レイ。
固まる。
数秒。
「のだ?」
エミリア。
ニヤリ。
「天才なんでしょ?」
「そうなのだぁ」
「じゃあ次も売れるよね?」
「のだぁ……」
「五万枚でもなく?」
「のだぁ……」
「一万枚でもなく?」
「のだぁ……」
「三十万枚?」
レイ。
急に汗をかく。
「それは……」
「それは?」
「市場環境というものが……」
「天才なんでしょ?」
「のだぁ……」
田村。
吹き出しかけた。
瑠璃も少し口元が緩んだ。
ひまりは状況を理解していない。
「次はピロローン400年ですかぁ?」
全員。
ひまりを見る。
レイ。
目を見開く。
「のだぁ?」
ひまり。
「シリーズものですよねぇ?」
レイ。
さらに固まる。
「のだぁ?」
ひまり。
「ピロローン400年」
「のだぁ……」
「ピロローン500年」
「のだぁ……」
「ピロローン1000年」
「のだぁ……」
エミリア。
真顔。
「やめなさい」
田村。
真顔。
「やめてください」
瑠璃。
真面目。
「少し聴いてみたいです」
「瑠璃までなのだぁ!?」
しかし。
レイは考え始めた。
そして。
ホワイトボードを引っ張り出す。
『ピロローンユニバース計画』
田村。
即座に立ち上がる。
「駄目です」
「まだ何も言ってないのだぁ!」
「顔で分かります」
「シリーズ化なのだぁ!」
「駄目です」
「ピロローン400年!」
「駄目です」
「ピロローン500年!」
「駄目です」
「ピロローン戦国時代!」
「もっと駄目です」
エミリア。
笑いを堪えていた。
「本当にやりそう」
「やるのだぁ!」
「やめなさい」
だが。
その時。
田村のスマホが鳴った。
確認。
沈黙。
レイ。
嫌な予感。
「なんなのだぁ?」
田村。
静かに答える。
「音楽番組です」
「のだ?」
「ピロローン300年を歌ってほしいそうです」
全員。
沈黙。
レイ。
立ち上がる。
ゆっくり。
ゆっくり。
そして。
「のだっ♡」
ガッツポーズ。
「のだっ♡」
もう一回。
「のだっ♡」
三回目。
「ほら見ろなのだぁあああああ!!」
机を叩く。
「天才なのだぁああああ!!」
天井を指差す。
「見たかな神様なのだぁあああ!!」
「吾輩の才能なのだぁああああ!!」
エミリア。
呆れ顔。
「面倒くさい」
瑠璃。
苦笑。
「嬉しそうですね」
ひまり。
にこにこ。
「ピロローンですねぇ」
レイ。
満面の笑み。
「そうなのだぁ!」
そして。
その日の夕方。
社長室から聞こえてきた。
「ピロローン♪
ピロローン♪
三百年後もピロローン♪」
大声で歌うレイ。
田村は窓の外を見ながら思った。
(この曲が三十万枚売れたの、本当に奇跡だったな……)
しかし。
その奇跡は現実だった。
そして今。
業界は。
意味不明な電波ソングを三十万枚売った高校生と。
それを作ったと本気で自慢しているポンコツ社長に。
少しだけ注目し始めていたのである。




