5 レイの悪夢
深夜三時二十七分。
スターライト・ユニバース社長・田中レイは、自宅のベッドで幸せに寝ていた。
「のだぁ……♡」
夢の中では札束が踊っていた。
エミリアが主演女優賞を取っていた。
ひまりが歌番組で絶賛されていた。
瑠璃は高級化粧品のCMで微笑んでいた。
ピュア・クラウンは大成功。
株価も上昇。
スポンサーも大喜び。
平和である。
しかし。
次の瞬間。
レイの目が見開いた。
「のだぁああああああああああああああああ!!!」
飛び起きた。
汗だくだった。
「やばいのだぁああああああ!!!」
枕が吹っ飛んだ。
「歌番組なのだぁあああああああ!!!」
そのままベッドから転げ落ちた。
「痛いのだぁああああ!!でもそれどころじゃないのだぁあああ!!」
レイは床を這った。
「瑠璃なのだぁ!!」
叫んだ。
「瑠璃が歌番組に出たら終わるのだぁああああ!!」
スマホを掴む。
時刻。
午前三時二十八分。
普通の人間は寝ている。
だがレイは社長だった。
そして芸能事務所の社長だった。
つまり定期的に悪夢を見る。
「のだぁあああ!!」
即座に田村へ電話。
三コールで出た。
田村ももう慣れていた。
「社長」
「田村ぁああああ!!」
「またですか」
「歌番組なのだぁああああ!!」
「まだ出演オファーも来ていません」
「来るかもしれないのだぁ!!」
「まだデビュー曲もありません」
「だからこそなのだぁ!!」
田村は数秒沈黙した。
「説明してください」
レイはベッドの上を転げ回った。
「瑠璃なのだぁ!!」
「はい」
「見た目は完璧なのだぁ!!」
「はい」
「顔面偏差値一二〇なのだぁ!!」
「はい」
「清楚力だけで国が建つのだぁ!!」
「はい」
「でも歌うと国が滅ぶのだぁあああああ!!」
田村は静かに天井を見た。
「深夜ですね」
「問題はそこじゃないのだぁ!!」
レイは叫んだ。
「歌番組って比較されるのだぁ!!」
「当然です」
「ひまりは歌えるのだぁ!!」
「歌えますね」
「エミリアも普通に歌えるのだぁ!!」
「歌えますね」
「瑠璃だけ歌えないのだぁ!!」
「歌えませんね」
「認めるななのだぁああああ!!」
レイは泣いた。
本気で泣いた。
「アンチに言われるのだぁあああ!!」
「何をですか」
「見た目は妖精!!歌唱力は妖怪!!」
田村は思わず吹き出しかけた。
「社長」
「なんなのだぁ!」
「少し面白いです」
「面白くないのだぁああああ!!」
レイは枕を殴った。
「絶対言われるのだぁ!!」
『顔だけ』
『口パクしろ』
『美術館に展示しろ』
『歌うな』
『そのまま立ってろ』
「のだぁあああああああ!!」
田村は冷静だった。
「まず落ち着いてください」
「落ち着けないのだぁ!!」
「デビュー曲がありません」
「そうなのだぁ!!」
「歌番組もありません」
「そうなのだぁ!!」
「出演予定もありません」
「そうなのだぁ!!」
「では寝てください」
「嫌なのだぁ!!」
レイは電話を切らなかった。
そのままパソコンを開いた。
深夜三時四十五分。
社長による緊急危機管理会議である。
参加者一名。
「考えるのだぁ……」
ホワイトボードアプリを開く。
『瑠璃歌問題』
大問題だった。
まず案その一。
『歌わせない』
「のだっ!」
数秒後。
「アイドルなのだぁ!!」
即却下。
案その二。
『口パク』
「のだっ!」
数秒後。
「生放送なのだぁ!!」
即却下。
案その三。
『ひまりだけ歌わせる』
「のだっ!」
数秒後。
「瑠璃が泣くのだぁ!!」
却下。
案その四。
『エミリアとひまりで囲んでごまかす』
「のだっ!」
数秒後。
「逆に目立つのだぁ!!」
却下。
案その五。
『瑠璃をセンターにして歌を減らす』
「のだぁ……?」
レイは固まった。
そして立ち上がった。
「これなのだぁ!!」
社長の目が輝いた。
「これなのだぁああああ!!」
翌朝。
午前八時。
まだ始業前。
社長室。
田村が出社した。
机の上に企画書が置いてあった。
『ピュア・クラウン戦略』
嫌な予感しかしなかった。
開く。
一ページ目。
『瑠璃をセンターに固定』
二ページ目。
『歌唱パート極小化』
三ページ目。
『カメラは瑠璃中心』
四ページ目。
『ひまりに歌わせる』
五ページ目。
『エミリアに踊らせる』
六ページ目。
『瑠璃は微笑む』
七ページ目。
『とにかく微笑む』
八ページ目。
『歌うな』
田村は資料を閉じた。
「社長」
「のだっ♡」
「寝てませんね」
「寝てないのだぁ♡」
「これを作っていたんですね」
「天才なのだぁ♡」
「歌手ユニットですよね」
「そうなのだぁ♡」
「歌うなと書いてあります」
「瑠璃だけなのだぁ♡」
その時。
ドアが開いた。
瑠璃本人だった。
「おはようございます」
「瑠璃ぃぃぃぃ!!」
レイが飛びつきそうになった。
田村が止めた。
「社長」
「のだぁ」
瑠璃は微笑んだ。
相変わらず美しかった。
朝日すら似合う。
レイは感動した。
「美しいのだぁ……」
「ありがとうございます」
「顔だけで三千万再生なのだぁ……」
「褒められているのでしょうか」
その後ろから。
ひまり登場。
「おはようございますぅ」
さらに。
エミリア登場。
「眠い」
三人揃った。
レイは深刻な顔になった。
「緊急会議なのだぁ」
「何ですか?」
瑠璃が聞く。
「歌番組なのだぁ」
三人は顔を見合わせた。
「まだ出ませんよね?」
エミリアが言った。
「出るかもしれないのだぁ!!」
「曲もないけど」
「未来の話なのだぁ!!」
「社長、また始まった」
エミリアは椅子に座った。
レイは叫んだ。
「瑠璃ぃぃぃ!!」
「はい」
「お主、自分の歌をどう思うのだぁ!」
瑠璃は少し考えた。
「課題が多いと思います」
「優しい言い方なのだぁ!!」
エミリアが横から言う。
「音痴」
「エミリア」
「事実じゃん」
「事実なのだぁ!!」
レイが泣いた。
ひまりは困っていた。
「でも瑠璃ちゃん綺麗ですよぉ?」
「そうなのだぁ!!」
レイが即復活した。
「そこなのだぁ!!」
机を叩く。
「顔なのだぁ!!」
田村がため息をつく。
「また始まりました」
「アイドルは総合芸術なのだぁ!!」
レイはホワイトボードを指差した。
「ひまり!」
「はいぃ」
「歌担当!」
「わかりましたぁ」
「エミリア!」
「何」
「総合担当!」
「雑」
「瑠璃!」
「はい」
「顔担当!!」
沈黙。
数秒。
瑠璃は真面目に頷いた。
「精一杯努めます」
レイは頭を抱えた。
「受け入れたのだぁぁぁぁ!!」
田村が呟いた。
「適応力がありますね」
「瑠璃は真面目すぎるのだぁ……」
エミリアは笑いを堪えていた。
「顔担当」
「笑うななのだぁ!」
「だって本人が受け入れてるし」
瑠璃は本気だった。
「私の強みが外見にあるなら、それを活かすべきだと思います」
レイは感動した。
「のだぁ……」
エミリアは呆れた。
「この子、本当に清楚だわ」
ひまりも頷く。
「天使さんみたいですぅ」
だが。
レイの危機感は消えなかった。
なぜなら。
歌番組は残酷だからである。
数秒で比較される。
数秒で切り抜かれる。
数秒でバズる。
「のだぁ……」
レイは窓の外を見た。
遠くのテレビ局を見た。
「まだデビュー曲もないのに胃が痛いのだぁ……」
田村が言う。
「その前に曲を作ってください」
「そうだったのだぁ!!」
全員がずっこけそうになった。
最大の問題。
それは。
ピュア・クラウン。
まだ。
デビュー曲すら完成していなかったのである。
「のだぁあああああああ!!」
社長室に悲鳴が響いた。
「歌番組を心配する前に曲なのだぁああああ!!作曲家探すのだぁあああああ!!」
こうして。
未来の炎上を恐れる社長と。
顔担当。
歌担当。
総合担当。
という妙な三人組による。
ピュア・クラウンのデビュー準備は、今日も混乱しながら進んでいくのだった。




