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芸能事務所の若社長ですが、所属タレントが不祥事を起こしすぎて胃が限界です  作者: 雪だるま


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39 ピュア・クラウン清純派強化月間

 スターライト・ユニバース本社。


 午前九時。


 第七会議室。


 ホワイトボードには、巨大な文字でこう書かれていた。


『ピュア・クラウン清純派強化月間』


 その文字の下には、さらに赤字で追加されている。


『特にエミリア重点管理』


 エミリア・神崎は、それを見た瞬間に帰ろうとした。


「帰る」


「逃がさないのだぁあああああ!!」


 社長レイが会議室の扉の前に立ちはだかった。


 退院してから少しは大人しくなるかと思われたが、全くそんなことはなかった。むしろ東雲綾華との甘すぎるデートで心が回復しすぎたせいで、今のレイは妙に元気だった。


「エミリアぁああああ!!」


「うるさい」


「絶対に今月だけでも一般人にエミリアは完璧な清純派と勘違いさせるのだぁあああああ!!」


「勘違いって言ってるじゃん」


「言葉の綾なのだぁ!」


「本音でしょ」


「本音だけど戦略なのだぁ!」


 瑠璃は静かに席に座っていた。


 今日も清楚だった。


 白いブラウス。


 淡い色のスカート。


 姿勢。


 所作。


 声の出し方。


 全部が清純派だった。


 レイは瑠璃を指差した。


「見るのだぁ!!」


 エミリアは嫌そうに見る。


「見てる」


「これなのだぁ!!」


「何が」


「清純派なのだぁ!!」


 レイは涙目で叫んだ。


「エミリア!女優魂を見せるのだぁ!瑠璃を憑依しろなのだぁあああああ!!」


 瑠璃は少し困った顔をした。


「社長、憑依は少し……」


「比喩なのだぁ!」


「瑠璃を真似しろってこと?」


 エミリアが言う。


「そうなのだぁ!」


「無理」


「早いのだぁ!」


「身長も顔の系統も性格も違うでしょ」


「そこは女優力なのだぁ!」


「女優力を何だと思ってるの」


 ひまりは隣でクッキーを食べていた。


「清純派強化月間ですかぁ。楽しそうですねぇ」


「ひまりは比較的安全なのだぁ!」


 レイが即座に言った。


「ただし、既婚者に関する発言は禁止なのだぁ!」


「またですかぁ?」


「またなのだぁ!清純派強化月間中は、優しい男性、落ち着いた男性、包容力のある大人の男性、全部禁止なのだぁ!」


「全部ですかぁ?」


「全部なのだぁ!」


「じゃあ、優しい人って言いますぅ」


「性別も年齢も婚姻状況も想像させないのだぁ!偉いのだぁ!」


 ひまりはにこにこ頷いた。


 エミリアは呆れている。


「ひまりへの管理、だいぶ変な方向に進化してる」


「お主への管理より簡単なのだぁ!」


「私、何することになってるの?」


 レイは待ってましたとばかりに資料を配った。


 表紙。


『エミリア清純派再教育プログラム』


 エミリアは即座に資料を閉じた。


「帰る」


「読むのだぁ!」


「嫌」


「仕事なのだぁ!」


「タイトルが最悪」


「中身はもっと真剣なのだぁ!」


「じゃあ余計嫌」


 レイは構わず読み上げた。


「第一項!目つき!」


 ばんっ。


「エミリアは気を抜くと目が強いのだぁ!」


「悪かったわね」


「悪くないのだぁ!女優としては武器なのだぁ!しかし清純派強化月間では危険なのだぁ!」


 ホワイトボードに書く。


『通常エミリア:強い』

『清純派エミリア:柔らかい』

『失敗エミリア:週刊誌』


「最後何?」


「危機感なのだぁ!」


 レイは瑠璃を見る。


「瑠璃!お手本なのだぁ!」


「はい」


 瑠璃はゆっくり顔を上げ、柔らかく微笑んだ。


 静かで、上品で、押しつけがましくない笑顔。


 会議室の空気が浄化された。


 レイは膝から崩れた。


「のだぁ……これなのだぁ……これがスポンサー様の好きな笑顔なのだぁ……」


 エミリアは少し悔しそうに瑠璃を見た。


「それは瑠璃だからできるんでしょ」


「エミリアさんもできます」


 瑠璃は真面目に言った。


「演技としてなら、きっと」


「瑠璃まで言う?」


「はい。エミリアさんは演技がお上手ですから」


 エミリアは一瞬だけ黙った。


 褒められると弱い。


「……やるだけやる」


「のだっ!!」


 レイが飛び跳ねた。


「では実践なのだぁ!」


 エミリアは椅子から立ち上がった。


 背筋を伸ばす。


 肩の力を抜く。


 目つきを柔らかくする。


 口元に軽い笑みを作る。


 声も少しだけ穏やかにする。


「皆様、いつも応援ありがとうございます。エミリア・神崎です。今月は、ピュア・クラウンとして皆様に清らかな時間をお届けできるよう、精一杯努めます」


 会議室が静まった。


 普通にできていた。


 レイは震えた。


「のだ……?」


 新マネージャーも驚いた。


「完璧ですね」


 ひまりが拍手した。


「エミリアちゃん、清純派ですぅ」


 瑠璃も微笑む。


「とても素敵でした」


 エミリアはすぐ素に戻った。


「はい、終わり」


「戻るななのだぁああああ!!」


 レイは叫んだ。


「今のを一ヶ月維持するのだぁ!」


「無理」


「無理じゃないのだぁ!」


「本番ならやる」


「本番以外もやるのだぁ!今の時代はどこにカメラがあるか分からないのだぁ!」


「社内でまで?」


「社内にも裏切り者がいるかもしれないのだぁ!」


 会議室が静まった。


 その発言は少し現実味があった。


 エミリアと麗奈の掴み合い写真も、内部に近い誰かが撮った可能性が高い。


 エミリアは舌打ちしそうになって、瑠璃を見て、やめた。


 レイは見逃さなかった。


「今の!今のが進歩なのだぁ!」


「うるさい」


「舌打ちを飲み込んだのだぁ!清純派への第一歩なのだぁ!」


「そんな第一歩嫌すぎる」


 第二項。


『言葉遣い』


 レイは厳しい顔をした。


「エミリアは言葉が鋭いのだぁ」


「普通でしょ」


「普通ではないのだぁ!特に麗奈が絡むと刃物なのだぁ!」


「向こうも同じ」


「だからこそ清純派強化月間では勝つのだぁ!」


「何に」


「上品さなのだぁ!」


 レイは台本を配った。


『麗奈さんについて聞かれた場合』


 エミリアは読み上げる。


「月城さんは同世代として刺激をいただける素敵な方です。私も自分の仕事にしっかり向き合っていきたいです」


「それなのだぁ!」


「気持ち悪い」


「言うのだぁ!」


「嘘くさくない?」


「嘘くさくても外向けはこれなのだぁ!」


 瑠璃が静かに言う。


「エミリアさんの言葉に変えるなら、少し自然になるかもしれません」


「どういう感じ?」


「たとえば……」


 瑠璃は少し考えた。


「月城さんは同世代として意識する存在です。だからこそ、私は自分の役に誠実に向き合いたいです」


 エミリアは少し頷いた。


「それなら言える」


「のだっ!採用なのだぁ!」


 レイは即座に書き換えた。


「瑠璃は清純派翻訳機なのだぁ!」


「変な肩書きを増やさないでください」


 第三項。


『私生活』


 ここでレイの表情はさらに険しくなった。


「最重要なのだぁ」


 ばんっ。


「熱愛禁止!」


 ばんっ。


「匂わせ禁止!」


 ばんっ。


「夜遊び禁止!」


 ばんっ。


「派手な交友関係禁止!」


 ばんっ。


「清純派強化月間中は、家・仕事・ジム・事務所だけなのだぁ!」


 エミリアが低い声で言った。


「刑務所?」


「芸能界の安全ルートなのだぁ!」


「息苦しい」


「一ヶ月だけなのだぁ!」


「本当に一ヶ月?」


 レイは目を逸らした。


「まずは一ヶ月なのだぁ」


「延長する気でしょ」


「好評なら継続なのだぁ!」


「やっぱり」


 ひまりが手を挙げる。


「ひまりもですかぁ?」


「お主もなのだぁ!」


「パン屋さんは?」


「仕事帰りに寄るくらいならいいのだぁ!」


「優しい店員さんがいるパン屋さんは?」


「性別と婚姻状況によるのだぁ!」


「やっぱりですかぁ」


 瑠璃は資料を見て、静かに言った。


「私は普段通りでよろしいのでしょうか」


「瑠璃は普段通りで完璧なのだぁ!」


 レイは即答した。


「お主は歩く清純派なのだぁ!ただしプライベートは今まで通り完全防御なのだぁ!週刊誌に出す情報は、仕事、映画、CM、花、紅茶、読書、以上なのだぁ!」


「かなり限定されていますね」


「それが強いのだぁ!」


 エミリアはぼそっと言う。


「瑠璃、存在自体が公式設定みたいになってる」


「公式設定は守るのが仕事なのだぁ!」


 第四項。


『清純派強化月間メディア露出計画』


 ここからが本題だった。


 レイはモニターに予定を映した。


 一週目。


 ピュア・クラウン三人で雑誌表紙。


 テーマは「白と花」。


 二週目。


 音楽番組で『清純派売りですがなにか』披露。


 衣装は白ピンクフリフリ。


 三週目。


 瑠璃とエミリアの対談。


 テーマは「女優としての成長」。


 四週目。


 ひまり司会の癒やし系ミニ番組に三人出演。


 テーマは「お茶会」。


 エミリアは資料を見て言った。


「お茶会?」


「そうなのだぁ!」


「私が?」


「そうなのだぁ!」


「何するの」


「にこにこして紅茶を飲むのだぁ!」


「それだけ?」


「それが清純派なのだぁ!」


 瑠璃は少し楽しそうだった。


「お茶会なら、お作法も少し練習できますね」


「のだっ!瑠璃先生なのだぁ!」


 ひまりも嬉しそうだった。


「お菓子ありますかぁ?」


「あるのだぁ!」


 エミリアだけが納得していない。


「私、紅茶よりコーヒー派なんだけど」


「今月だけ紅茶派なのだぁ!」


「思想統制じゃん」


「清純派強化月間なのだぁ!」


 その日の午後。


 早速、清純派訓練が始まった。


 場所は社内の小スタジオ。


 白いテーブル。


 花。


 紅茶。


 小さなケーキ。


 カメラ。


 レイは監督のように椅子に座っていた。


「では、エミリア!瑠璃とお茶会なのだぁ!」


「何その地獄みたいな練習」


「天国なのだぁ!スポンサー様の天国なのだぁ!」


 瑠璃は自然にカップを持つ。


 完璧だった。


 指先が綺麗。


 姿勢が綺麗。


 飲む前に微笑む。


 置く時も静か。


 レイは泣いた。


「瑠璃ぃ……」


 エミリアはそれを真似する。


 意外とできた。


 かなりできた。


 女優なので、所作を見てコピーする力がある。


 カップの持ち方、表情、視線。


 数回でそれらしくなった。


 レイは震えた。


「のだ?」


 エミリアは少し得意げだった。


「どう?」


「清純派なのだぁ……」


「やればできる」


「できるなら普段からやるのだぁ!」


「疲れる」


「疲れてもやるのだぁ!」


 ひまりがケーキを食べながら言った。


「エミリアちゃん、すごくお嬢様みたいですぅ」


「ありがと」


 瑠璃も頷いた。


「とても綺麗です」


 エミリアは少しだけ照れた。


「……まあ、練習なら」


 レイはすかさず叫んだ。


「その照れを使うのだぁ!」


「何でも使おうとしないで」


「芸能界なのだぁ!」


 次はインタビュー練習。


 新マネージャーが記者役をした。


「エミリアさん、以前の月城麗奈さんとの騒動について、現在はどう思われていますか?」


 会議室の空気が張った。


 エミリアは一瞬だけ目つきが強くなりかけた。


 レイが叫ぶ。


「瑠璃を憑依なのだぁ!」


 エミリアは深呼吸した。


 そして、柔らかい笑顔を作った。


「未熟な部分があり、関係者の皆様にご心配をおかけしたことは反省しています。今は、自分にいただいた役と仕事に誠実に向き合うことを大切にしています」


 レイは震えた。


「のだ……」


 新マネージャーが続ける。


「月城さんとは今もライバルですか?」


 エミリアは微笑む。


「同世代として意識する存在です。だからこそ、私は私の場所でしっかり結果を出したいです」


 完璧だった。


 かなり完璧だった。


 瑠璃が微笑む。


「素敵です」


 ひまりが拍手する。


「清純派ですぅ」


 レイは椅子から崩れ落ちた。


「エミリアが……エミリアが清純派コメントを……」


「失礼すぎる」


 しかし、その瞬間にエミリアのスマホが鳴った。


 画面を見る。


 月城麗奈からだった。


 メッセージ。


『清純派強化月間って本当? 頑張ってね』


 エミリアの表情が消えた。


 レイは嫌な予感がした。


「待つのだぁ」


「何もしてない」


「返信するななのだぁ!」


「まだしてない」


「スマホを置くのだぁ!」


「嫌」


 エミリアは入力しようとした。


 レイが叫ぶ。


「清純派強化月間なのだぁあああ!」


 瑠璃が静かに言った。


「エミリアさん」


 エミリアの指が止まる。


「今は返信しない方が良いと思います」


「……分かった」


 レイはまた泣いた。


「瑠璃ぃ!お主は守護霊なのだぁ!」


「生きています」


 ひまりはにこにこしている。


「麗奈さんも見てるんですねぇ」


「見てるのだぁ!だからこそ隙を見せたら負けなのだぁ!」


 エミリアはスマホを伏せた。


「後で返す」


「返さなくていいのだぁ!」


「返す」


「優しい文で返すのだぁ!」


「考えとく」


 この「考えとく」が一番怖かった。


 数日後。


 雑誌表紙の撮影。


 テーマは白と花。


 三人は白い衣装で並んだ。


 瑠璃は完璧。


 ひまりは柔らかい。


 エミリアも、見事に清純派だった。


 カメラマンが思わず言う。


「エミリアさん、今日すごく柔らかいですね」


 エミリアは微笑んだ。


「ありがとうございます。清純派強化月間なので」


 スタッフたちが笑った。


 レイはモニター前で絶叫した。


「自分で言うななのだぁああああ!でも可愛いのだぁああああ!」


 SNS用の短い動画も撮影された。


「ピュア・クラウン、清純派強化月間です」


 瑠璃が言う。


「皆様に清らかな時間をお届けできるよう、頑張ります」


 ひまりが続く。


「ふわふわ頑張りますぅ」


 最後にエミリア。


「今月は、いつもより少しだけ清らかにいきます」


 公開後、ネットは盛り上がった。


『清純派強化月間って何』

『エミリア自覚あるの草』

『でも今日のエミリア本当に清楚』

『瑠璃は本物』

『ひまりは天使』

『社長の仕業だろ』

『ピュア・クラウン、自虐と清楚のバランスが変』

『なんか好き』


 レイはコメントを見て、拳を握った。


「のだっ♡」


 エミリアもスマホを見て、少し複雑な顔をした。


「案外ウケてる」


「そうなのだぁ!」


「でも清純派っていうよりネタ枠になってない?」


「ネタでも清純派に見えれば勝ちなのだぁ!」


「見えてる?」


「三割くらい!」


「低い」


「前は一割だったのだぁ!」


「それはそれで失礼」


 瑠璃は静かに言った。


「でも、エミリアさんの印象は柔らかくなっていると思います」


「そう?」


「はい」


 ひまりも頷いた。


「可愛いですぅ」


 エミリアは少しだけ目を逸らした。


「……ならいいけど」


 清純派強化月間は、思ったより効果があった。


 エミリアは相変わらず気が強い。


 麗奈とは裏で微妙に火花を散らしている。


 しかし表では、完璧に清純派を演じた。


 雑誌。


 音楽番組。


 お茶会動画。


 対談。


 全部こなした。


 しかも視聴者は、それを「エミリアが頑張って清純派をやっている」と分かった上で楽しんでいた。


 つまり、完全な嘘ではなく、演技込みの魅力として受け入れられ始めていた。


 月末。


 スターライト本社。


 総括会議。


 レイはホワイトボードの前に立った。


「結果発表なのだぁ!」


 ばんっ。


「エミリア清純派好感度、上昇なのだぁ!」


 ばんっ。


「SNS反応、良好なのだぁ!」


 ばんっ。


「スポンサー様からの問い合わせ、微増なのだぁ!」


 ばんっ。


「麗奈への返信、まだ安全圏なのだぁ!」


 ばんっ。


 エミリアが言う。


「最後何?」


「重要なのだぁ!」


 レイは感動していた。


「やればできるのだぁ……」


 エミリアは肩をすくめる。


「女優だから」


「のだぁ……」


 瑠璃が微笑む。


「お疲れ様でした」


 ひまりも拍手した。


「清純派でしたぁ」


 レイは涙目で両手を広げた。


「ハイタッチなのだぁ!」


 瑠璃。


 ぱん。


 ひまり。


 ぱん。


 エミリア。


 ぱん。


 レイは震えた。


「のだぁ……エミリアの清純派ハイタッチなのだぁ……」


「普通のハイタッチ」


「違うのだぁ!」


 その瞬間、レイのスマホが鳴った。


 全員が察した。


 レイが画面を見る。


 青ざめる。


「のだ?」


 エミリアが聞く。


「神社?」


「違うのだ」


 ひまり。


「寺ですかぁ?」


「違うのだ」


 瑠璃。


「何でしょうか」


 レイは震えた。


「所属俳優が教会方面なのだぁ……」


 会議室が静まった。


 エミリアが言った。


「神社でも寺でもなくなった」


 ひまりが言った。


「幅広いですねぇ」


 瑠璃が静かに言った。


「落ち着いて対応しましょう」


 レイは頭を抱えて絶叫した。


「清純派強化月間の最後に宗教施設ツアーするななのだぁあああああ!!」


 こうして、ピュア・クラウン清純派強化月間は、意外な成功を収めた。


 エミリアは今月だけ、かなり清純派だった。


 瑠璃は相変わらず本物の清純派だった。


 ひまりは相変わらず謎の天使だった。


 そしてレイは、相変わらず叫んでいた。


 スターライト・ユニバースは、今日も平常運転である。

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