31 倒れた社長
スターライト・ユニバース本社。
午前十一時。
レイは元気だった。
少なくとも本人は元気だと思っていた。
「のだっ♡」
会議。
「次はピュア・クラウンの写真集なのだぁ!」
昼。
「のだっ♡」
スポンサーとの会食。
「清純派なのだぁ!」
午後。
「のだっ♡」
ドラマ会議。
「視聴率なのだぁ!」
夕方。
「のだっ♡」
謝罪会見の打ち合わせ。
「なんでなのだぁ!?」
夜。
「のだっ♡」
所属タレントの炎上対応。
「またなのだぁ!?」
深夜。
「のだっ♡」
新曲会議。
「次は暴言バニー2なのだぁ!」
そして。
翌日。
朝。
会議室。
レイは立ち上がった。
「うむ!」
社員たちを見る。
「今日はなのだぁ!」
ふらっ。
止まる。
秘書が首を傾げる。
「社長?」
「のだ?」
レイも首を傾げた。
「なんか変なのだ」
ふらっ。
「社長?」
「のだ?」
さらに。
ふらっ。
そして。
どさっ。
会議室に静寂が訪れた。
社員たち。
固まる。
秘書。
固まる。
エミリア。
「え?」
ひまり。
「えぇ?」
瑠璃。
「社長?」
レイ。
「のだぁ……」
床に転がっていた。
人生初レベルで。
本当に倒れた。
数時間後。
病院。
個室。
レイはベッドの上で目を開けた。
「のだ……?」
白い天井。
病院だった。
そして。
周囲。
人がいた。
まず。
父親。
田中正人。
顔が怖い。
非常に怖い。
母親。
田中恵子。
泣いていた。
「レイ!」
「のだ?」
「心配したのよ!」
「のだ?」
レイはまだ理解していない。
そして。
さらに。
窓際。
東雲綾華。
いた。
レイ。
停止。
「のだ?」
もう一度見る。
「のだ?」
さらに見る。
「のだぁ!?」
東雲だった。
間違いなく。
本人だった。
綺麗だった。
病院なのに綺麗だった。
「東雲殿なのだぁ!?」
東雲は少し安心したように微笑んだ。
「目が覚めましたか」
「のだぁ!?」
「良かったです」
「なんでいるのだぁ!?」
東雲は首を傾げた。
「駄目ですか?」
レイ。
即答。
「駄目じゃないのだぁ!」
「そうですか」
「むしろ嬉しいのだぁ!」
「それなら良かったです」
母親が言った。
「綾華さん、一番早かったのよ」
「のだ?」
「病院に」
レイ。
停止。
「のだ?」
東雲。
少しだけ視線を逸らす。
「連絡をいただきましたので」
「のだ?」
「心配でしたから」
「のだ?」
レイ。
再起動できない。
父親が言った。
「お前より落ち着いてたぞ」
「のだ?」
「医者の話も聞いてくれた」
「のだ?」
「お前は倒れてた」
「のだぁ……」
それはそうだった。
母親は涙目だった。
「無理しすぎなのよ」
「してないのだぁ」
「してるわ」
「してないのだぁ」
「してるわ」
東雲も静かに言った。
「かなりされていたようですよ」
レイ。
固まる。
「のだ?」
「医師の先生も、休養不足と過労気味だと」
「のだ?」
「睡眠時間も少ないそうですね」
「のだ?」
「食事も不規則です」
「のだ?」
「ストレスも多いそうです」
「のだ?」
完全に詰んでいた。
医師の診断そのものだった。
父親が腕を組む。
「お前な」
「のだ」
「会社は代わりがいる」
「のだ」
「息子は代わりがいない」
「のだ」
レイ。
少しだけ黙る。
珍しかった。
母親も言う。
「仕事も大事だけど」
「のだ」
「体の方が大事」
「のだ」
レイ。
反論しようとした。
だが。
東雲を見る。
少し疲れた顔。
たぶん。
本当に心配していた。
そこでようやく。
少しだけ申し訳なくなった。
「のだぁ……」
東雲が聞く。
「どうしました?」
「ごめんなのだぁ」
東雲。
少し驚く。
レイが素直だった。
「心配かけたのだぁ」
「はい」
即答。
レイ。
ダメージ。
「のだぁ」
「かなり心配しました」
「のだぁ」
「電話も出ませんでしたし」
「倒れてたのだぁ」
「知っています」
少しだけ笑う。
その笑顔に。
レイはさらに弱った。
「のだぁ……」
母親が小声で父親に言った。
「綾華さんすごいわね」
「うむ」
「レイがおとなしい」
「奇跡だな」
その頃。
病室の外。
別の人物たちもいた。
瑠璃。
ひまり。
エミリア。
そして黒瀬真莉亜。
全員来ていた。
ただし。
両親と東雲がいるので遠慮していた。
エミリアが言う。
「倒れるとは思わなかった」
黒瀬が苦笑する。
「私は思ってた」
「本当?」
「だってあの人、毎日叫んでるもの」
瑠璃は静かだった。
少しだけ心配そうだった。
「社長、大丈夫でしょうか」
ひまりも頷く。
「最近ずっと忙しかったですしねぇ」
エミリア。
「自業自得だけど」
だが。
少しだけ安心していた。
命に別状はない。
それは分かっている。
だから。
皆、待っていた。
病室の中。
レイは少し元気になっていた。
なぜなら。
東雲がいるからである。
非常に単純だった。
「のだぁ」
「はい」
「東雲殿」
「なんでしょう」
「お見舞いなのだぁ?」
「そうです」
「のだぁ」
嬉しい。
非常に嬉しい。
顔に出ている。
東雲は苦笑した。
「そんなに嬉しいですか」
「嬉しいのだぁ」
「そうですか」
「嬉しいのだぁ」
「二回言いましたね」
レイは満足そうだった。
父親は呆れていた。
「元気そうだな」
「のだっ♡」
「さっきまで死にかけだったのに」
「東雲殿がいるのだぁ♡」
母親が吹き出した。
東雲も少し困っていた。
だが。
どこか嬉しそうだった。
その時。
医師が入ってきた。
「田中さん」
「のだ?」
「数日は休んでください」
「嫌なのだぁ」
「休んでください」
「会社が」
「休んでください」
「ピュア・クラウンが」
「休んでください」
「神社の人が」
「休んでください」
即終了だった。
医師は慣れていた。
レイみたいな人間を。
「働きすぎです」
「のだぁ」
「少なくとも今週は」
「のだぁ」
「休養です」
「のだぁ」
レイは泣きそうだった。
しかし。
東雲が言った。
「休んでください」
「のだ?」
「ちゃんと」
「のだ?」
「約束です」
レイ。
停止。
数秒。
そして。
「休むのだぁ」
即答。
父親。
「早いな」
母親。
「早いわね」
医師。
「助かります」
東雲。
微笑む。
「良かったです」
レイ。
完全降伏。
「のだぁ……」
そして。
病室の外。
エミリアが言った。
「終わった」
「何がですか」
瑠璃が聞く。
「説得」
エミリアは肩をすくめた。
「私たちが一週間言っても聞かないのに」
ひまり。
「あぁ〜」
黒瀬。
笑う。
「なるほど」
瑠璃だけは静かだった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
複雑そうな顔をしていた。
その表情に気づいたのは。
たぶん。
エミリアだけだった。




