28 看板女優・黒瀬真莉亜 離婚協議終結慰労会
スターライト・ユニバース本社。
多目的ホール。
その日、事務所では奇妙な祝賀会が開かれていた。
名目は。
『看板女優・黒瀬真莉亜 離婚協議終結慰労会』
祝賀会なのか。
慰労会なのか。
厄払いなのか。
誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、社長レイが泣いていたことである。
「のだぁあああああ!!」
壇上。
白いスーツ姿のレイは、マイクを握りしめていた。
「めでたいのだぁ!めでたすぎるのだぁあああああ!!」
社員たちは拍手した。
かなり本気の拍手だった。
なぜなら、黒瀬真莉亜の泥沼離婚劇は長かった。
長すぎた。
週刊誌。
弁護士。
元夫。
財産分与。
暴露合戦。
深夜の電話。
過去の写真。
謎の関係者談。
全部あった。
レイはそのたびに叫び、謝罪し、説明し、胃薬を飲み、また叫んだ。
そして、ついに終わった。
「それもこれも!」
レイは涙を拭いた。
「彼女が元夫に手をあげまくっていたのを金で処理s……」
会場が凍った。
新マネージャーが顔を青くした。
弁護士が立ち上がりかけた。
黒瀬真莉亜本人が、笑顔のまま目だけでレイを刺した。
レイは即座に咳払いした。
「コホンコホン!」
田村の後任秘書が壇下から紙を掲げる。
『余計なことを言わないでください』
レイは汗をかいた。
「と、とにかく吾輩たちは頑張ったのだぁ!」
拍手。
かなり微妙な拍手。
「弁護士殿も頑張ったのだぁ!」
弁護士が静かに頭を下げる。
「広報部も頑張ったのだぁ!」
広報部員たちは目が死んでいた。
「マネージャーも頑張ったのだぁ!」
マネージャーは泣いていた。
「そして何より!」
レイは黒瀬真莉亜を指差した。
「真莉亜殿がもう余計なことを週刊誌に喋らなかったのだぁ!」
黒瀬はにっこり笑った。
「社長」
「のだ?」
「それ、褒めています?」
「褒めてるのだぁ!」
「普通のことでは?」
「芸能界では普通が偉いのだぁ!」
社員たちが深く頷いた。
本当にそうだった。
黒瀬真莉亜は、事務所の看板女優だった。
美しい。
演技も上手い。
主演も張れる。
CMも持っていた。
だが私生活が荒れていた。
その荒れが、ここ一年ほど事務所の危機管理部門を地獄に叩き込んでいた。
レイはグラスを掲げた。
「今日は祝うのだぁ!」
会場に乾杯の声が上がる。
「泥沼が終わったのだぁ!」
黒瀬が笑顔で言う。
「社長、泥沼と言わないでくださる?」
「では、長期的法的調整が終わったのだぁ!」
「急に言い換えが固いわね」
「弁護士殿に教わったのだぁ!」
黒瀬は赤ワインを軽く揺らし、少しだけ肩の力を抜いた。
「まあ、迷惑はかけたわね」
その一言で、会場が一瞬静かになった。
黒瀬真莉亜が素直に謝る。
かなり珍しい。
レイも固まった。
「のだ?」
「何よ」
「今、謝ったのだぁ?」
「少しね」
「録音したかったのだぁ!」
「台無しにするの早いわね」
レイは慌ててマイクを握り直した。
「とにかく!これで真莉亜殿は完全復活なのだぁ!」
広報部長が小声で言う。
「完全復活はまだ早いです」
「では、段階的復活なのだぁ!」
弁護士が頷く。
「そのくらいなら」
「めんどくさいのだぁ!」
黒瀬は少し笑った。
「でも、社長」
「なんなのだぁ」
「祝賀会を開いてくれたのは、少し嬉しいわ」
レイは目を見開いた。
「のだ?」
「事務所にとっても厄介だったでしょうに」
「厄介だったのだぁ!」
「そこは濁しなさいよ」
「でも看板女優なのだぁ」
レイは真面目な顔になった。
「看板は、落ちたら拾って磨くのだぁ。捨てたら損なのだぁ」
会場が少し静かになる。
黒瀬も黙った。
レイは続けた。
「それに、真莉亜殿は演技で稼げるのだぁ。稼げる人間を守るのは社長の仕事なのだぁ」
「結局お金なのね」
「お金は大事なのだぁ!」
黒瀬は呆れながらも笑った。
「でも、嫌いじゃないわ。その正直さ」
その時、会場の端にいたエミリアが小声で言った。
「社長、たまに良いこと言う」
ひまりが頷く。
「たまにですねぇ」
瑠璃も静かに微笑んだ。
「今日は良い祝辞だったと思います」
レイは三人の声に反応した。
「のだっ!?瑠璃が褒めたのだぁ!今日の吾輩は名社長なのだぁ!」
エミリアが即座に言う。
「途中で危ないこと言ったけどね」
「そこは忘れるのだぁ!」
会場には笑いが起きた。
黒瀬真莉亜の離婚劇は終わった。
もちろん、完全に傷が消えたわけではない。
イメージも削れた。
CMもいくつか消えた。
週刊誌にはまだ掘り返されるだろう。
だが、少なくとも法的な泥沼は終わった。
ようやく次の仕事の話ができる。
それだけで、事務所にとっては十分に祝う価値があった。
レイは最後にもう一度マイクを握った。
「では最後に!」
全員が警戒した。
「真莉亜殿の今後の復活と!」
黒瀬が頷く。
「スポンサー様の寛大さと!」
広報部が頷く。
「弁護士費用がもう増えないことを祈って!」
弁護士が苦笑した。
「乾杯なのだぁああああ!」
会場に乾杯の声が響いた。
その直後、レイのスマホが鳴った。
所属俳優のマネージャーからだった。
レイは画面を見る。
そして顔色を失う。
「……のだ?」
エミリアが聞く。
「また神社?」
レイは震えた。
「今度は寺なのだぁ……」
会場が静まり返る。
黒瀬真莉亜はワインを飲みながら言った。
「社長、次はその子の厄払い会でも開いたら?」
レイは絶叫した。
「祝賀会の最中に次の地獄を持ってくるななのだぁああああ!」
スターライト・ユニバースは、今日も平常運転だった。




