27 会議
スターライト・ユニバース本社。第七会議室。朝九時。ピュア・クラウンの三人は、明らかに嫌な予感を覚えていた。なぜなら、社長レイが会議室の前方で、やたら満足げな顔をしていたからである。
「うむ!」
レイは胸を張った。
「できたのだぁ!」
田村の後任として入った新マネージャー陣は、もうこの時点で顔色を悪くしていた。社長が「できた」と言う時、それはだいたい事故物件である。
エミリアは腕を組んだ。
「何が?」
レイは高らかに宣言した。
「ピュア・クラウンの新曲なのだぁあああ!」
ひまりはぱちぱち拍手した。
「わぁ、新曲ですかぁ」
瑠璃は真面目に姿勢を正した。
「どのような曲でしょうか」
レイはホワイトボードに大きくタイトルを書いた。
『清純派売りですがなにか』
沈黙。
三秒。
五秒。
十秒。
エミリアが低い声で言った。
「帰る」
「待つのだぁああああ!」
レイは両手を広げた。
「これは名曲なのだぁ!吾輩が深夜に酔って作詞作曲した、魂の清純派防衛ソングなのだぁ!」
「一番信用できない制作環境じゃん」
「違うのだぁ!深夜と酒と危機感は芸術を生むのだぁ!」
レイは資料を配った。歌詞カードだった。そこには、妙に強い文字でこう書かれていた。
『清純派売りですがなにか
白いドレスで微笑めば
昨日のことは夢の中
清純派売りですがなにか
顔が良ければ浄化です♡』
エミリアは歌詞カードを握り潰しかけた。
「社長」
「なんなのだぁ♡」
「私への当てつけ?」
「違うのだぁ!」
「絶対そうでしょ」
「エミリアを絶対に清純派から逃げさせない愛の歌なのだぁああああ!」
「余計悪い」
レイは瑠璃とひまりを見た。
「な!瑠璃!ひまり!お主らもそう思わぬのだぁ!?エミリアと麗奈との一件で、お主らも大爆笑したはずなのだぁ!」
瑠璃は静かに目を伏せた。
「大爆笑はしておりません」
「少し笑ったのだぁ!」
「……少しだけです」
ひまりはにこにこした。
「ひまりは、掴み合いは危ないなぁと思いましたぁ」
「その後で写真見て笑ってたのだぁ!」
「えへへぇ。二人ともお顔が綺麗でしたしぃ」
エミリアがひまりを見る。
「褒めてる?」
「はいぃ」
「ならいいけど」
レイは机を叩いた。
「つまりなのだぁ!世間が“清純派とは?”と思った今だからこそ、こちらから言い切るのだぁ!」
ばんっ。
「清純派売りですがなにかなのだぁ!」
ばんっ。
「開き直りこそ最強の防御なのだぁ!」
エミリアは呆れた。
「防御じゃなくて自爆でしょ」
「違うのだぁ!自虐風ブランディングなのだぁ!」
そこへ衣装担当が、おそるおそる資料を出した。
「社長、衣装の件ですが……」
「のだっ♡」
レイは急に輝いた。
「衣装は今時珍しくフリッフリの白とピンクのドレスに決定したのだぁああ!」
モニターに衣装案が映る。
白。
ピンク。
大きなリボン。
ふわふわスカート。
レース。
袖。
胸元はきっちり。
露出は少なめ。
圧倒的清純派。
圧倒的昭和アイドルリスペクト。
圧倒的に、エミリアが嫌がりそうだった。
「発注済みなのだぁ!」
エミリアが立ち上がった。
「発注済み?」
「そうなのだぁ♡」
「会議の意味ないじゃん」
「お披露目会議なのだぁ!」
「最悪」
瑠璃は衣装をじっと見ていた。
「私は、可愛らしいと思います」
「さすが瑠璃なのだぁ!」
「ただ、私には少し華やかすぎるかもしれません」
「瑠璃なら着こなせるのだぁ!むしろ瑠璃が着たら清純派の本尊なのだぁ!」
「本尊……」
ひまりは嬉しそうだった。
「ふわふわですねぇ。ケーキみたいですぅ」
「ひまりは絶対似合うのだぁ!」
そしてレイはエミリアを見る。
「エミリア」
「嫌」
「まだ何も言ってないのだぁ!」
「嫌」
「着るのだぁ!」
「嫌」
「仕事なのだぁ!」
「嫌」
「清純派復帰プロジェクトなのだぁ!」
「復帰する気ない」
「あるのだぁ!」
「ない」
レイは泣きそうになった。
「お主、自分がどれだけ顔面強いか分かってるのだぁ!?フリッフリの白ピンクドレスを着て微笑めば、世間はまた“やっぱり清純派美少女かも”と思うのだぁ!」
「思わないでしょ」
「少しは思うのだぁ!」
「一回掴み合いしてるのに?」
「そこを歌詞で処理するのだぁ!」
レイは歌詞カードを指差した。
『週刊誌さんこんにちは
でも今日は白いリボンです
清純派売りですがなにか
笑顔で全部包みます』
エミリアは真顔になった。
「喧嘩売ってる?」
「売ってないのだぁ!乗り越えてるのだぁ!」
新マネージャーが小声で言った。
「社長、これは攻めすぎでは」
「攻めるのだぁ!」
レイは叫んだ。
「ピュア・クラウンのグループ曲は前に綺麗にまとめすぎてコケたのだぁ!今回は違うのだぁ!瑠璃の本物清純派、ひまりのふわふわ清純派、エミリアの疑惑清純派を全部混ぜるのだぁ!」
「疑惑って言うな」
「疑惑を歌にするのだぁ!」
瑠璃が静かに言った。
「社長」
「なんなのだぁ」
「確かに、以前の曲より個性は出ていると思います」
「のだっ!?」
レイは目を輝かせた。
エミリアは瑠璃を見た。
「本気?」
「はい。ただ、言葉選びは調整した方がよろしいかと」
「瑠璃ぃ……」
レイは感動した。
「瑠璃が吾輩の芸術性を理解してくれたのだぁ……!」
「芸術性というより、方向性です」
ひまりも歌詞を見ながら言った。
「サビ、覚えやすいですねぇ」
「そうなのだぁ!」
ひまりは小さく歌い始めた。
「清純派売りですがなにかぁ〜♪」
会議室の空気が変わった。
ひまりが歌うと、妙に可愛い。
意味不明な歌詞なのに、ふわふわしている。
レイが作った変な曲が売れる時の、嫌な兆候だった。
エミリアもそれに気づいた。
「……まさか売れる?」
レイは勝ち誇った。
「売れるのだぁ♡」
田村不在の新体制会議室に、妙な沈黙が流れた。
作曲担当スタッフが仮音源を流した。イントロは妙に古い。キラキラしたシンセ。昭和アイドル風のメロディ。そこに現代風の強いビートが少しだけ混ざる。
瑠璃の導入パート。
『白いリボンを結びます
今日も清らかに微笑みます』
これは合う。
完璧に合う。
瑠璃が歌うというより語る形なら、かなり神秘的だった。
次にひまり。
『ふわふわ雲から降ってきた
清純派っておいしいですかぁ?』
意味不明だが可愛い。
そしてエミリア。
『強めの目つきは照れ隠し
清純派売りですがなにか』
エミリアは顔を覆った。
「私だけ公開処刑じゃん」
「見せ場なのだぁ!」
「処刑台でしょ」
「違うのだぁ!ここでお主が堂々と歌うと、逆にカッコいいのだぁ!」
エミリアは黙った。
確かに、堂々とやれば成立する可能性はあった。
中途半端に恥ずかしがると終わる。
だからこそ、腹が立つ。
「……やるなら振り切る」
レイが跳ねた。
「のだっ!?」
「やるなら、私は睨まずに笑う。完全に清純派の演技でやる」
「エミリアぁああああ!」
「ただし、歌詞は少し直して」
「どこなのだぁ?」
「“強めの目つきは照れ隠し”はダサい」
「のだぁ……」
「“負けない瞳もリボンで包む”くらいにして」
会議室が静まった。
作詞スタッフが即座にメモする。
レイも目を丸くした。
「エミリア、まともなのだぁ……」
「女優だから見せ方は考える」
瑠璃が微笑んだ。
「素敵な表現だと思います」
ひまりも拍手した。
「リボンで包むんですねぇ」
レイは感極まった。
「のだぁ……ピュア・クラウンが会議してるのだぁ……ちゃんと仕事してるのだぁ……」
「社長が一番ちゃんとしてないけどね」
「エミリアぁ!」
だが、衣装案に戻ると、エミリアの顔はまた曇った。
「このドレス、本当に着るの?」
「着るのだぁ!」
「私に白ピンクフリフリ?」
「そうなのだぁ!」
「麗奈に絶対笑われる」
「笑わせておけばいいのだぁ!」
レイは胸を張った。
「売れたら勝ちなのだぁ!」
「麗奈は恋愛映画で大ヒットしてるけど」
「こっちは清純派売りですがなにかなのだぁ!」
「勝負の土俵がおかしい」
「おかしくても目立てば勝ちなのだぁ!」
数日後、衣装合わせ。
瑠璃は凄かった。
白とピンクのフリフリドレスなのに、安っぽくならない。むしろ古い絵本の中の王女のようだった。スタッフが息を呑む。
「瑠璃さん、完璧です」
レイは泣いた。
「清純派の化身なのだぁ……」
ひまりも凄かった。
ふわふわのドレスが本当に似合う。うさぎ衣装とは違うが、やはり妖精的だった。
「ひまりさん、可愛いです」
「えへへぇ」
レイは頷いた。
「子供向け市場も親世代も取れるのだぁ……」
そしてエミリア。
出てきた瞬間、現場が止まった。
似合っていた。
悔しいくらい似合っていた。
白とピンクのフリフリドレス。
清純派そのもの。
ただし、目だけが強い。
だから逆に、甘すぎない。
強いお姫様だった。
レイは震えた。
「のだ……」
エミリアは不機嫌そうに言った。
「笑ったら怒る」
「笑わないのだぁ……」
「本当?」
「似合ってるのだぁ……」
エミリアは少し黙った。
「……そう」
瑠璃が言った。
「とても綺麗です」
ひまりも頷く。
「お姫様みたいですぅ」
エミリアは顔を背けた。
「大げさ」
だが、耳が少し赤かった。
レイはすぐに叫んだ。
「これなのだぁ!これでいくのだぁ!ピュア・クラウン、清純派復権なのだぁああ!」
そしてMV撮影。
セットは完全に昭和アイドル風だった。
白い階段。
大きなリボン。
花。
きらきらした照明。
どこか懐かしい演出。
だが歌詞は妙に現代的で、タイトルは開き直っている。
三人が並ぶ。
中央、瑠璃。
左、ひまり。
右、エミリア。
瑠璃が微笑む。
ひまりがふわふわ手を振る。
エミリアが完璧な清純派スマイルを作る。
レイはモニター前で震えた。
「のだぁ……」
新マネージャーが聞く。
「どうしました?」
「エミリアが清純派に戻ってるのだぁ……」
「映像上は」
「映像上でもいいのだぁ……!」
撮影は順調だった。
ただし、サビで問題が起きた。
三人が揃って歌う。
『清純派売りですがなにか
白とピンクで勝負です
清純派売りですがなにか
笑顔で全部いただきます』
エミリアが途中で吹き出した。
「無理」
「エミリアぁあああ!」
「歌詞が強すぎる」
「笑うななのだぁ!」
「いや、これ真顔で歌える瑠璃がすごい」
瑠璃は真面目に言った。
「仕事ですので」
「瑠璃ぃ……!」
ひまりは普通に楽しんでいた。
「清純派売りですがなにかぁ〜♪」
レイは頭を抱えた。
「ひまりが歌うと何でも正義になるのだぁ……」
撮影終盤。
エミリアは腹を括った。
完全に女優として演じた。
清純派。
正統派。
白とピンク。
リボン。
笑顔。
それらを全部、演技で制圧した。
モニターに映るエミリアは、確かに清純派美少女だった。
少なくとも、その瞬間だけは。
レイは感動で泣き崩れた。
「戻ったのだぁ……エミリアが戻ったのだぁ……!」
エミリアは冷静に言った。
「仕事中だけね」
「十分なのだぁ!」
瑠璃が微笑む。
「三人で良い映像になりそうですね」
ひまりが言う。
「楽しかったですぅ」
エミリアは少しだけ笑った。
「まあ、思ったより悪くなかった」
レイは満面の笑みだった。
「のだっ♡これは売れるのだぁ♡」
だが、その夜。
社長室で完成前の仮編集を見たレイは、ふと真顔になった。
「のだぁ……」
新マネージャーが聞く。
「どうしました?」
「これ、世間に“開き直った”って言われるのだぁ?」
「かなり言われると思います」
「炎上するのだぁ?」
「炎上というより、笑われるかもしれません」
「スポンサーは?」
「衣装も露出控えめで、歌詞も実害はありません。むしろ話題性があります」
レイは深く頷いた。
「つまり勝ちなのだぁ」
「たぶん」
「たぶんで進むのが芸能界なのだぁ」
数日後、情報解禁。
『ピュア・クラウン新曲「清純派売りですがなにか」発表』
ネットは即座に反応した。
『タイトル強すぎる』
『エミリアいるのにそのタイトル?』
『開き直ってて草』
『瑠璃は本物の清純派』
『ひまりは謎の天使』
『エミリア、衣装似合ってて悔しい』
『これ絶対レイ社長の仕業』
『昭和アイドル衣装かわいい』
『ピュア・クラウン、やっと自分たちの変さを理解した?』
レイはコメントを見て拳を握った。
「のだっ♡」
エミリアはスマホを見てため息をついた。
「麗奈からメッセージ来た」
「なんてなのだぁ?」
「“清純派売り、似合ってるね”」
レイは震えた。
「嫌味なのだぁ?」
「嫌味」
「返すななのだぁ!」
エミリアはもう返信していた。
「遅い」
「何て返したのだぁ!?」
「“恋愛映画売れてよかったね。次は演技も売れるといいね”」
「のだぁああああああ!!」
レイは頭を抱えた。
「清純派売りの発売前に裏で戦争するななのだぁあああ!」
瑠璃は口元を押さえた。
ひまりは「仲良しですねぇ」と言った。
エミリアは「違う」と即答した。
レイは泣きながら叫ぶ。
「お主らぁ!分かったのだぁ!清純派とは表で売るもの!裏では火種を増やさないものなのだぁ!」
エミリアが言う。
「じゃあ社長も深夜に酔って曲作るのやめなよ」
「それは才能なのだぁ!」
「一番危険」
「違うのだぁ!吾輩の酔った才能がピュア・クラウンを救うのだぁ!」
瑠璃が静かに言った。
「社長、次は酔っていない時にも作ってみてはいかがでしょうか」
レイは固まった。
「のだ?」
ひまりも頷く。
「昼間の曲ですねぇ」
エミリアが笑う。
「売れなさそう」
「ひどいのだぁ!」
だが、レイはどこか嬉しそうだった。
ピュア・クラウンは、ようやくただ綺麗なだけの曲ではなく、自分たちの妙な現実を逆手に取った曲を手に入れた。
本物の清純派、瑠璃。
ふわふわの天使、ひまり。
演技で清純派を成立させるエミリア。
その三人が白とピンクのフリッフリ衣装で並び、堂々と歌う。
『清純派売りですがなにか』
レイはモニターを見ながら、満足げに呟いた。
「のだぁ……やっぱり吾輩は天才なのだぁ……」
その瞬間、スマホが鳴った。
所属俳優のマネージャーからだった。
『社長、すみません。本人がまた神社方面に』
レイは画面を見た。
そして。
「のだぁあああああ!!今は清純派の話をしてるのだぁああああ!!神社は出てくるななのだぁああああ!!」
社長室にいつもの悲鳴が響いた。
清純派は守られた。
たぶん。
少なくともMVの中では。
そして、スターライト・ユニバースは今日も平常運転だった。




