24 卒業した二人
数ヶ月後。春。高校を卒業した白鳥瑠璃とエミリア・神崎は、もう制服姿で「現役女子高生アイドルです」と売ることができなくなっていた。スターライト・ユニバース本社の会議室には、卒業証書を持った二人の写真が貼られている。瑠璃は卒業証書を胸に抱え、まるで学校案内の表紙のように清らかに微笑んでいた。エミリアは同じく卒業証書を持ちながら、なぜか「これで学校から解放された」という本音が目に出ていた。田村はその写真を見て、「対外用は瑠璃さんの単独写真を多めに使いましょう」と冷静に言った。
レイは泣いていた。「のだぁ……卒業なのだぁ……吾輩の高校生ブランドが終わってしまったのだぁ……」田村は資料をめくりながら言う。「高校生ブランドが終わった代わりに、仕事の時間制約は減ります」「のだっ?」レイは顔を上げた。「つまりエミリアをもっと働かせられるのだぁ?」「言い方を直してください」「瑠璃ももっとCMに出せるのだぁ?」「それはそうです」「のだっ♡」レイは即座に復活した。「卒業最高なのだぁ♡ 大人の芸能活動なのだぁ♡」
そんな中、瑠璃が主演したホラー映画『水鏡の姫』が公開された。内容は、古い屋敷の池に現れる美少女の怨霊と、そこに引き寄せられる人々の話である。企画段階では、社内でも不安があった。なぜなら瑠璃は演技力が低い。台詞を言わせると綺麗な置物が言葉を発しているようになる。泣きの芝居も怒りの芝居も、全部「美しい顔のまま少し角度が変わる」程度である。
しかし、監督は逆にそこを利用した。「白鳥さんには人間らしい芝居を求めません。人間ではない存在として撮ります」この判断が当たった。瑠璃はほとんど喋らない。池のほとりに立つ。障子の向こうにいる。暗い廊下の奥で振り返る。濡れた黒髪で微笑む。台詞は少ない。感情表現も少ない。しかし、美貌が異常だった。画面に映るだけで怖い。いや、怖いというより、見てはいけないものを見ているような神秘性があった。
さらに、共演した幽霊役たちがやたら上手かった。恨みを抱いた女中の幽霊、屋敷に閉じ込められた少年の幽霊、池に沈められた貴族の幽霊。彼らが芝居で物語を支え、瑠璃はその中心で「美しすぎる怪異」として存在した。結果、映画は奇跡的にヒットした。
『瑠璃、演技は相変わらずだけど存在感がすごい』
『喋らないと最強』
『幽霊役としては完璧』
『この美貌なら人が池に引き寄せられる説得力ある』
『主演というより御神体』
『脇の幽霊たちが上手いから作品として成立してる』
『白鳥瑠璃は演技派じゃなくて怪異派』
レイはレビューを見て、机を叩いた。「怪異派なのだぁあああ!!新ジャンルなのだぁあああ!!」瑠璃は困惑していた。「喜んでよいのでしょうか」「喜ぶのだぁ!演技派でなくても怪異派で食えるのだぁ!」「社長、言い方があまりにも直接的です」と田村が止める。「でもヒットなのだぁ!ハイタッチなのだぁ!」レイは両手を上げた。瑠璃は少し戸惑いながらも、静かに手を合わせた。ぱんっ。レイは感動で震えた。「のだぁ……清らかなハイタッチなのだぁ……スポンサー様も喜ぶ音なのだぁ……」
一方、エミリアは主演ドラマ『春の教室』で大当たりしていた。これは、いじめをテーマにした社会派学園ドラマである。レイが「エミリアを清純派に戻すのだぁ!」と叫びながら、かなり強引に押し込んだ仕事だった。エミリアの役は、いじめに立ち向かう優しい少女。企画書を読んだ時、田村は即座に言った。「社長、エミリアさんに優しい少女役ですか」「そうなのだぁ!清純派復権なのだぁ!」「中身との距離がかなりあります」「女優力なのだぁ!」
エミリア本人も最初は不満だった。「私にこれやらせる?」「やるのだぁ!世間に優しいエミリアを再注入するのだぁ!」「薬みたいに言わないで」「お主の清純派イメージは補修工事中なのだぁ!」「失礼ね」しかし本番に入ると、エミリアは強かった。優しいだけの少女ではなく、理不尽に怒り、友人を守るために震えながら立つ少女として演じた。元ヤン気質の芯の強さが、なぜか役に合った。清純派に戻すつもりが、「優しいが弱くない少女」になった。
第一話の視聴率は一六%。第二話で一八%。そして第六話で二〇%を取った。スターライト本社は祭りになった。レイは視聴率表を両手で持ち、廊下を走っていた。「二〇%なのだぁあああ!!清純派復活なのだぁあああ!!エミリアは優しい少女なのだぁあああ!!」エミリアはソファに座って冷静に言った。「役がね」「現実でも優しいことにするのだぁ!」「無理」「無理って言うななのだぁ!」
ネットでも反応は大きかった。
『エミリア、こういう役もいけるのか』
『気が強いからこそ説得力ある』
『清純派というより正義感の強い美少女』
『麗奈との喧嘩写真を忘れかけた』
『いや忘れてはいないけど演技は良い』
『エミリアの目が強い』
『優しいだけじゃないヒロインが良い』
レイはそれを読んで頷いた。「のだぁ……完全な清純派には戻ってないけど、なんか良い方向に転んだのだぁ……」田村も言った。「むしろ、無理に清純派に戻すより成功しています」「のだぁ……吾輩の作戦は失敗したけど成功したのだぁ?」「結果だけ見れば成功です」「なら吾輩の手柄なのだぁ!」「過程を見ると現場の手柄です」「冷たいのだぁ!」
その頃、ひまりはまだ高校生だった。ピュア・クラウンの中で唯一、現役高校生ブランドを保持している。だが彼女は、レイのおふざけ曲の被害を一身に受けていた。ライブでは『ピロローン300年』『暴言バニー』『宿題しろなのだっ♡』『にんじん大行進』『ふわふわ探偵ミルクティー事件』『ピロローン400年 未遂版』など、レイが思いつきで書いた曲を延々と歌わされていた。
ライブ会場の子供たちは大喜びだった。「野菜食べろなのだっ♡」で親が拍手し、「宿題しろなのだっ♡」で小学生が微妙な顔をし、「ピロローン300年」で全員が謎の中毒状態になる。ひまりはふわふわ笑いながら歌う。「みんなぁ、ちゃんと寝てますかぁ? 寝ない子は暴言バニーさんが来ますよぉ」子供たちは歓声を上げる。レイは客席の端で感動していた。「のだぁ……吾輩の教育音楽が社会に貢献しているのだぁ……」田村は冷静に言う。「社長の趣味が偶然、子供向け市場に刺さっただけです」「偶然も三回続けば才能なのだぁ!」
だが、スターライトの日々は成功だけではなかった。いや、むしろ成功と同じくらい不祥事があった。所属歌手の匂わせ炎上は再燃し、看板女優の離婚協議はさらに泥沼化し、例の神社好き俳優はまた深夜に目撃された。レイはハイタッチと謝罪会見の往復だった。
午前中、瑠璃のホラー映画ヒット祝いでハイタッチ。午後、エミリアの視聴率二〇%祝いでハイタッチ。夕方、ひまりのライブ動員記録更新でハイタッチ。夜、所属タレントの不祥事で謝罪会見。レイはスーツ姿で頭を下げながら、目だけが虚無だった。「このたびは、弊社所属タレントの軽率な行動により、関係者の皆様、ファンの皆様にご心配とご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます……のだぁ……」田村が小声で言う。「語尾」「深くお詫び申し上げます」
記者が聞く。「社長、再発防止策は?」レイは一瞬だけ本音を漏らした。「吾輩も知りたいのだぁ……」「社長」「教育体制を見直します」また別の記者が聞く。「本人とは話しましたか?」レイは疲れ切った声で言う。「本人が神社から帰ってこないのだぁ……」「社長」「現在、事実確認中です」
一方で、超大手芸能事務所・鳳凰プロモーション所属の月城麗奈も大活躍していた。海外映画に脇役で出演し、台詞は少ないながらも「日本の若手美少女」として綺麗に撮られた。さらに国内の恋愛映画では、明るく華やかなヒロイン役で大ヒット。演技力は相変わらず微妙だが、恋愛映画の中ではその明るさと顔の強さが逆に武器になった。
麗奈は雑誌インタビューで笑っていた。「海外の現場は刺激的でした。もっと成長したいです」その記事をエミリアは無言で読んだ。レイは横から覗き込み、震えた。「麗奈も強いのだぁ……」「別に」「気にしてるのだぁ?」「気にしてない」「嘘なのだぁ」「うるさい」エミリアはスマホを伏せた。「次は私も恋愛映画やる」「お主、清純派復権ドラマで二〇%取った直後なのだぁ!」「だから次」「野心が強いのだぁ……」
麗奈の方も、エミリアのドラマ視聴率二〇%を見ていた。鳳凰プロの楽屋で、彼女は明るく笑った。「へえ、二〇%。すごいじゃん」マネージャーが警戒する。「麗奈さん、顔が笑ってません」「笑ってるでしょ」「目が違います」「気のせい」麗奈はスマホを置き、鏡を見る。「でも恋愛映画は私の勝ちね」「そういうことを外で言わないでください」「言わないわよ。私、明るい良い子だもん」マネージャーは頭を抱えた。
スターライトでは、ピュア・クラウン三人の今後を決める会議が開かれていた。田村が資料を配る。「瑠璃さんはホラー、幻想系、喋らない美少女役、CM。エミリアさんは社会派、恋愛、強いヒロイン、歌。ひまりさんは音楽、探偵ドラマ、子供向け市場。グループとしては再設計が必要です」レイは腕を組む。「つまり、三人バラバラなのだぁ」「最初からです」「のだぁ……」
瑠璃が静かに言う。「三人で活動する時間が減っても、ピュア・クラウンは大切にしたいです」ひまりも笑った。「ライブで三人曲も歌いたいですぅ」エミリアは少しだけ目を逸らして言う。「まあ、たまになら」レイは感動した。「のだぁ……まだ解散しないのだぁ……」「勝手に解散危機にしないで」とエミリアが言う。「でも売れると独立とか解散とか不仲とか言われるのだぁ!」「言われてるだけでしょ」「言われるだけで吾輩の胃が痛いのだぁ!」
そして夜。レイは社長室で一人、壁に貼られた三人のポスターを見ていた。瑠璃は美しい幽霊姫。エミリアは教室で友人を守る少女。ひまりは暴言バニー衣装でにんじんを持っている。統一感はない。全くない。だが、売れていた。なぜか売れていた。
「のだぁ……」レイはしみじみ呟く。「吾輩の事務所、意味わからないのだぁ……」田村が横から言う。「今さらです」「でも数字は出てるのだぁ」「はい」「謝罪会見も出てるのだぁ」「はい」「ハイタッチもしてるのだぁ」「はい」「吾輩、社長として成功してるのだぁ?」「かなり奇妙な形ではありますが、失敗はしていません」
レイは少し考えた。そして胸を張った。「なら成功なのだぁ♡」その瞬間、スマホが鳴った。所属俳優のマネージャーからだった。レイは画面を見て、顔色を失った。
「……のだ?」
田村が聞く。「どうしました」
「神社なのだぁ……」
「またですか」
「今回は昼なのだぁ……」
「進歩でしょうか」
「分からないのだぁあああああ!!」
社長室に絶叫が響いた。その頃、瑠璃は次のCM撮影に向けて所作の練習をし、エミリアは麗奈の恋愛映画の記事を見ながら次の台本を読んでおり、ひまりはライブのリハーサルで「宿題しろなのだっ♡」を歌っていた。
ピュア・クラウンは、それぞれの方向に売れていた。麗奈もまた、別の場所で大きく売れていた。芸能界の椅子取りゲームは続く。誰かが笑い、誰かが焦り、誰かが謝罪し、誰かが次の仕事を取る。
そしてレイは今日も、成功のハイタッチと不祥事の謝罪会見を往復しながら叫ぶ。
「のだぁああああ!!売れてるのに楽にならないのは詐欺なのだぁああああ!!」




