21
都内某所。
大河ファンタジードラマ『月影の姫君』撮影現場。
平安時代をモチーフにした作品である。
怨霊。
陰陽師。
貴族。
政争。
恋愛。
悲恋。
その全部を混ぜ込んだ豪華作品だった。
そして。
ピュア・クラウンの絶対的センター、白鳥瑠璃はその作品に出演していた。
役名。
月ノ宮。
千年前に非業の死を遂げた姫君の幽霊。
作中でも屈指の美貌を持つ悲劇の女性である。
レイは撮影現場に現れた。
「のだぁ?」
スタッフが頭を下げる。
「社長、お疲れ様です」
「お疲れ様ですのだっ♡」
レイは上機嫌だった。
今日は珍しく仕事で来たのである。
瑠璃の様子を見るためだ。
もちろん。
社長として。
真面目に。
仕事として。
たぶん。
おそらく。
きっと。
「のだぁ?」
モニターを見る。
瑠璃がいた。
白い十二単。
長い黒髪。
青白い照明。
月光。
霧。
そして。
無表情。
幽霊である。
とても幽霊だった。
監督が説明する。
「瑠璃さんには人間離れした美しさを期待しています」
「うむ」
「演技はあまり感情を出さず」
「うむ」
「ただ存在しているだけで怖い感じです」
「うむ」
レイは頷いた。
「適材適所なのだぁ」
「社長」
田村が睨む。
「失礼なのだぁ?」
「かなり」
「でも幽霊役は合ってるのだぁ」
実際合っていた。
瑠璃は歩く。
ゆっくり。
静かに。
そして振り向く。
その瞬間。
現場が静かになる。
怖いというより。
綺麗だった。
人間というより。
美術品だった。
監督が興奮する。
「いい!」
「素晴らしい!」
「そのまま!」
レイも頷く。
「のだぁ」
しかし。
数分後。
レイの様子がおかしくなった。
「のだ?」
モニターの端を見る。
女性がいた。
着物姿。
三十代後半。
上品。
美しい。
圧倒的ベテラン女優。
この作品の主演。
役名。
妻抜。
貴族社会を生き抜く才女である。
そして演じている女優は。
芸能界でも有名な実力派。
レイは固まった。
「のだ?」
もう一度見る。
「のだ?」
三度見る。
「のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
現場が振り返った。
レイが消えた。
いや。
走っていた。
全力で。
「社長ぉぉぉ!?」
田村が叫ぶ。
遅かった。
レイは主演女優の前に滑り込んでいた。
「妻抜様がいますのだぁぁぁぁぁ!!!」
現場。
静止。
主演女優。
きょとん。
レイは叫ぶ。
「レイですのだぁぁぁ!!」
「は、はい?」
「大ファンですのだぁぁぁ!!」
「ありがとうございます?」
「ハグとサインくださいなのだぁぁぁ!!」
主演女優。
爆笑。
「何この子」
「社長です」
田村が死んだ目で説明した。
「社長!?」
「そうです」
「社長なの!?」
レイは大興奮だった。
「昔のドラマ全部見てるのだぁ!!」
「本当に?」
「三周したのだぁ!!」
「三周!?」
「吾輩、妻抜様のファンなのだぁ!!」
主演女優は笑いを堪えられなかった。
周囲のスタッフも笑い始める。
レイは握手まで求めていた。
「サインくださいなのだぁ!」
「いいわよ」
「のだぁぁぁ!!」
「そんな喜ぶ?」
「喜ぶのだぁ!!」
その頃。
撮影待機中の瑠璃。
遠くから見ていた。
「……」
社長。
自分を見に来たはずだった。
たぶん。
おそらく。
きっと。
十分後。
レイはまだ主演女優と話していた。
二十分後。
まだ話していた。
三十分後。
普通に写真まで撮っていた。
瑠璃。
「……」
ひっそりお茶を飲む。
助監督が苦笑する。
「白鳥さん」
「はい」
「社長、完全にファンですね」
「そうですね」
「怒らないんですか」
「慣れています」
慣れていた。
非常に慣れていた。
レイはそういう人間である。
美人女優を見る。
興奮する。
ファンになる。
そして。
仕事を忘れる。
いつものことだった。
さらに十分後。
レイが戻ってきた。
満足そうだった。
「のだぁ♡」
「社長」
瑠璃が静かに言う。
「なんなのだぁ♡」
「私を見に来たのでは?」
レイ。
固まる。
「のだ?」
「違ったのでしょうか」
「ち、違わないのだぁ!」
「そうですか」
「もちろん瑠璃を見に来たのだぁ!」
「そうですか」
「ついでに妻抜様がいたのだぁ!」
「ついで」
田村が呟く。
「完全に逆でしたね」
「違うのだぁ!」
「逆でした」
「違うのだぁ!」
その時。
監督が呼ぶ。
「白鳥さん、本番いきます!」
「はい」
瑠璃が立ち上がる。
レイもモニター前へ向かう。
今度こそ真面目に見る。
シーン開始。
月明かり。
廃寺。
幽霊姫が現れる。
瑠璃が静かに歩く。
止まる。
振り返る。
「……」
現場が静まる。
やはり綺麗だった。
そして。
演技も以前より良くなっていた。
台詞は少ない。
だが。
雰囲気がある。
監督が小さく言う。
「いいな……」
カメラマンも頷く。
「画になる」
レイも少し驚いていた。
「のだ?」
田村が聞く。
「どうしました」
「瑠璃が成長してるのだぁ」
「当たり前です」
「のだぁ……」
レイはしばらく見ていた。
そして。
小さく頷いた。
「うむ」
「珍しく真面目ですね」
「瑠璃は売れるのだぁ」
「もう売れています」
「もっと売れるのだぁ」
レイは少し嬉しそうだった。
主演女優への大興奮はそのままだった。
だが。
自分の事務所の後輩女優が、ちゃんと成長していることも見ていた。
撮影終了。
拍手。
監督が満足そうに言う。
「白鳥さん良かったです」
「ありがとうございます」
瑠璃が頭を下げる。
レイも満足そうだった。
「のだぁ♡」
その直後。
主演女優が通りかかった。
「またね、社長さん」
レイ。
即反応。
「妻抜様ぁぁぁぁぁ!!!」
全力で手を振る。
瑠璃。
「……」
助監督。
「白鳥さん」
「はい」
「やっぱり社長ですね」
「そうですね」
瑠璃は少しだけ笑った。
結局。
レイは最後までレイだった。
所属女優の成長を喜び。
主演女優に大興奮し。
サインを宝物のように抱えて帰っていったのである。
「のだぁぁぁ!!家宝なのだぁぁぁ!!」
田村は帰り道で思った。
(あの人、本当に芸能事務所の社長なんだよな……)
今さらながら、不思議で仕方なかった。




