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芸能事務所の若社長ですが、所属タレントが不祥事を起こしすぎて胃が限界です  作者: 雪だるま


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2 スカウトされた3人

 芸能事務所『スターライト・ユニバース』本社。社長室の巨大な窓からは、都心のビル群がきらきらと見えていた。普通なら成功者の部屋である。芸能界の夢と金と権力が集まる場所である。だが、そこに座っている社長・田中レイは、両手で目を覆っていた。


「吾輩は何も見てないのだぁ……見えないのだぁ……世界は美しいのだぁ……」


 秘書の田村は、社長机の前に三冊の資料ファイルを置いた。表紙にはそれぞれ、強引にスカウトしてきた三人の女子高生の名前が書かれている。


 一人目。白鳥瑠璃。十七歳。名門女子校在学。成績優秀。遅刻欠席なし。教師からの評判良し。家柄良し。言葉遣い良し。礼儀作法完璧。そして、顔面は芸能界でも天下を取れそうなレベルで整っている。清楚、上品、透明感、知性、儚さ、すべてが過剰に揃っていた。街を歩けば振り返られ、写真を撮られ、本人はそれに一礼して通り過ぎるような少女だった。


 ただし、歌が壊滅的だった。演技も壊滅的だった。ダンスに関しては、壊滅というより自然災害だった。


 二人目。小鳥遊ひまり。十六歳。愛らしい顔。ふわふわした喋り方。おっとり不思議ちゃん。歌は上手い。演技も上手い。感情表現の引き出しが妙に深く、泣きの芝居も笑いの芝居も一発で決まる。なのに本人は「えへへ、よくわかりません」と首を傾げる。天性の芸能向きである。


 ただし、倫理観がやや宇宙に置き忘れられていた。普通の大人が絶対に避けるべき距離感に、本人は小鳥が窓辺に止まるくらいの気軽さで近づこうとする。既婚者のベテラン俳優に「奥様に怒られませんかぁ?」と言いながら隣に座りに行く程度には危険だった。さらにダンスはゴミだった。可愛い顔で左右を間違え、笑顔で一人だけ回転し、最後にはなぜか観葉植物の前にいた。


 三人目。エミリア・神崎。十七歳。ハーフ。大きな瞳、華やかな顔立ち、明るい髪色、画面映えする骨格。演技は上手い。歌も普通に上手い。ダンスもそこそこできる。総合力で見れば、三人の中では一番完成品に近かった。


 ただし、性格が最悪だった。元ヤンキーだった。一応隠しているが、隠し方が雑だった。笑顔で「ごきげんよう」と言いながら、睨まれた相手にだけ聞こえる声で「後で覚えてなさいよ」と囁くタイプだった。さらに、初日の楽屋で先輩アイドルの私物の置き方に文句を言い、二日目にはスタッフ用エレベーターを自分専用だと思い込み、三日目にはコンビニで買った唐揚げを食べながら「清楚って何?」と真顔で聞いていた。


 田村は無表情で言った。


「社長。以上が三名の現時点での概要です」


「吾輩は何も見てないのだぁ」


「見てください」


「見えないのだぁ」


「現実です」


「現実は嫌いなのだぁ」


 レイは椅子の上で丸くなった。高級革張りの社長椅子が、彼のせいで泣き椅子と化している。


「でも顔が良いのだぁ……顔が良ければ全て良しなのだぁ……瑠璃は神聖な美少女なのだぁ……ひまりは愛され不思議ちゃん天使なのだぁ……エミリアは華やか清楚系ハーフ美少女なのだぁ……うむ、いけるのだぁ……全員正統派清楚系で売るのだぁあああああ!」


「無理があります」


「無理ではないのだぁ!芸能界はイメージなのだぁ!イメージさえ作れば勝ちなのだぁ!」


「白鳥さんは音程が存在しません」


「顔で補うのだぁ!」


「小鳥遊さんは既婚者の距離感を理解していません」


「教育するのだぁ!」


「神崎さんは昨日、レッスン場で講師に『その説明、長いです』と言いました」


「効率重視なのだぁ!」


「その後、椅子に足を組んで座りました」


「ハーフ美少女の気品なのだぁ!」


「コンビニ唐揚げを串ごと振りながら」


「……見えないのだぁ」


 田村は深くため息をついた。


「売り出しコンセプトは本当に“正統派清楚系三人組”でよろしいんですか」


「もちろんのだぁ!名前は……そうなのだぁ!『ピュア・クラウン』なのだぁ!清らかなる王冠なのだぁ!三人とも清楚な王女様なのだぁ!」


「一人は技能が壊滅、一人は倫理観が不安、一人は元ヤンキーです」


「王女にも色々あるのだぁ!」


「便利な言葉ですね」


 その日から、三人の地獄の売り出し準備が始まった。


 まずは歌唱レッスン。


 白鳥瑠璃は、姿勢よく立っていた。背筋が美しい。横顔が美しい。マイクを持つ指先まで美しい。講師が思わず「本当に綺麗ね」と呟くほどだった。


「ありがとうございます。精一杯努めます」


 声も上品だった。


 そして歌い出した瞬間、レッスン室の空気が死んだ。


「ら〜〜〜……らら〜〜〜……」


 音程が、存在しない。どこにもない。楽譜の五線譜など見えていない。本人は真剣である。むしろ真剣だからこそ怖い。まっすぐ前を見つめ、清らかな目で、全く違う音を堂々と出す。講師は一瞬、伴奏の方が間違っているのかと思った。しかし違った。伴奏は正しい。瑠璃だけが別の宇宙で歌っていた。


 廊下で聞いていたレイは、壁に手をついた。


「のだぁ……?」


 田村が小声で言う。


「社長」


「何なのだぁ」


「白鳥さん、歌番組は厳しいです」


「……顔で出るのだぁ」


「歌番組です」


「顔で歌うのだぁ」


「無理です」


「口パクは」


「初手でそれは危険です」


「のだぁ……」


 次に演技レッスン。


 瑠璃は台本を完璧に覚えていた。台詞を間違えない。礼儀も完璧。相手役にも一礼する。講師の話も真剣に聞く。


 そして演技が始まる。


「あなたを、ずっと、お慕いしておりました」


 棒だった。


 ものすごい棒だった。


 美しい置物が喋っているようだった。しかも高級な置物なので、誰も強く言えない。講師は困り果てた。


「白鳥さん、もう少し感情を込めて」


「はい。承知しました」


「あなたを、ずっと、お慕いしておりました」


 さっきと同じだった。


「もう少し悲しみを」


「はい」


「あなたを、ずっと、お慕いしておりました」


 同じだった。


「怒りを」


「はい」


「あなたを、ずっと、お慕いしておりました」


 同じだった。


 レイはガラス越しに震えた。


「のだぁ……何をしても白鳥瑠璃なのだぁ……」


「それはある意味才能ですね」


「うむ……超高級な置物路線でいくのだぁ……台詞少なめ、画面に映るだけで価値がある役なのだぁ……」


「正統派清楚系女優ではなく、美術品ですね」


「芸能界は顔なのだぁ!」


 次に小鳥遊ひまり。


 歌唱レッスンでは、講師が感動して泣いた。ひまりは、ふわふわした声のまま、驚くほど正確に音を取り、感情を乗せ、曲の世界観を一瞬で掴んだ。本人は自覚がない。


「えへへ、これで大丈夫ですかぁ?」


「大丈夫どころじゃありません。素晴らしいです」


「わぁ、ありがとうございますぅ」


 レイは廊下で小さく拳を握った。


「のだっ!当たりなのだぁ!吾輩の見る目は正しかったのだぁ!」


 演技レッスンでも、ひまりは無駄に上手かった。泣く芝居では本当に目に涙を溜め、明るい役では天真爛漫、影のある役ではぞっとするほど儚い。講師陣はざわめいた。


「これは……逸材ですね」


「自然体なのに芝居になる」


「表情が柔らかい」


 レイは得意げだった。


「ふふんのだぁ♡吾輩の勝ちなのだぁ♡」


 その直後。


 休憩時間。


 ひまりは、ゲスト講師として来ていた既婚のベテラン俳優に、にこにこしながら近づいていた。


「先生ってぇ、奥様と仲良しなんですかぁ?」


「え? ああ、まあね」


「ふふ、いいですねぇ。ひまり、そういう大人の人って素敵だなって思いますぅ」


 田村の顔色が変わった。


 レイの顔色も変わった。


「のだ?」


「社長、止めます」


「止めるのだぁ!」


 レイは滑るように二人の間に割り込んだ。


「ひまりぃ!こっち来るのだぁ!お菓子があるのだぁ!」


「わぁ、お菓子ですかぁ?」


「そうなのだぁ!お菓子なのだぁ!既婚者に近づくよりお菓子なのだぁ!」


「えへへ、社長さん変なこと言いますねぇ」


「変なのはお主の距離感なのだぁ!!」


 ひまりは不思議そうに首を傾げた。


「でも、仲良くするのは良いことですよねぇ?」


「良いことと危ないことの境界線を覚えるのだぁ!」


「境界線?」


「そうなのだぁ!芸能界には絶対に踏み越えちゃいけない線がいっぱいあるのだぁ!」


「見えませんねぇ」


「見ろなのだぁああああ!!」


 レイは頭を抱えた。


 そしてエミリア・神崎。


 彼女は歌も演技も普通に上手かった。ダンスもそこそこできる。台詞回しも自然で、カメラ前での表情も強い。画面に映ると華がある。明るく笑えばアイドル的で、少し睨めば女優としての迫力も出る。


 講師は評価した。


「神崎さんは即戦力ですね。少し態度を直せば、すぐ現場に出せます」


「少し?」


 田村が静かに呟いた。


 その頃、エミリアはレッスン場の隅で、他の練習生に囲まれていた。


「エミリアちゃん、すごいね。ダンスもできるんだ」


「まあ、普通じゃない?」


「歌も上手いし」


「それはどうも」


「前に何かやってたの?」


「別に。人生を少々」


「人生を少々?」


 エミリアはにっこり笑った。非常に可愛い笑顔だった。ただし目が笑っていない。


「余計なことを聞く子って、将来苦労すると思うわ」


 空気が凍った。


 レイは遠くから見ていた。


「清楚なのだぁ……きっと清楚なのだぁ……」


「今の発言は清楚ではありません」


「ハーフ美少女特有の鋭さなのだぁ」


「便利ですね」


 さらに、自己紹介動画の撮影日。


 白いワンピースを着た三人が並んだ。コンセプトは“透明感あふれる正統派新人ユニット”。背景は花。照明は柔らかい。カメラマンも気合い十分。


 レイは腕を組んでいた。


「完璧なのだぁ……見た目だけなら完璧なのだぁ……」


 田村が横で言う。


「見た目だけ、という言葉が重いですね」


「黙るのだぁ」


 撮影開始。


 まず瑠璃。


「白鳥瑠璃です。皆様に笑顔と清らかな時間をお届けできるよう、精一杯頑張ります」


 完璧だった。言葉遣い、美貌、姿勢、表情。コメントだけなら天下を取れる。


 次にひまり。


「小鳥遊ひまりですぅ。歌うことと、ふわふわしたものと、優しい大人の方が好きですぅ」


「カットォオオオオオ!!」


 レイが叫んだ。


「優しい大人の方、は消すのだぁ!!危ないのだぁ!!そこは動物とかお花とかにするのだぁ!!」


「えへへ、どうしてですかぁ?」


「どうしてもなのだぁ!!」


 撮り直し。


「小鳥遊ひまりですぅ。歌うことと、ふわふわしたものと、お花が好きですぅ」


「よしなのだぁ!」


 最後にエミリア。


「エミリア・神崎です。特技は演技と歌です。皆さんに愛される清楚な女の子になれるよう、頑張ります」


 完璧だった。


 レイは感動した。


「のだぁ……できるのだぁ……この子、やればできるのだぁ……」


 しかしカメラが止まった瞬間、エミリアはヒールを脱いで言った。


「この靴、歩きにくいんだけど。清楚って足痛いの?」


 レイは耳を塞いだ。


「吾輩は聞いてないのだぁ!」


「社長、現場で言っています」


「聞こえないのだぁ!」


 それでも売り出しは強行された。


 芸能界は勢いが大事である。レイはそう信じた。いや、信じるしかなかった。


 デビュー発表の記者会見。


 三人は白を基調にした衣装で登場した。会場の記者たちは一斉にカメラを向ける。フラッシュが光る。


 瑠璃の美貌に、ざわめきが起きた。


「すごい美人だな」


「あれは映える」


「清楚系ど真ん中だ」


 ひまりの愛らしい笑顔に、空気が和む。


「可愛い」


「声が柔らかいな」


「天然系か?」


 エミリアの華やかさに、カメラマンが前のめりになる。


「あの子、強いな」


「画面映えする」


「センター向きかも」


 レイは舞台袖で震えていた。


「勝ったのだぁ……見た目では勝ったのだぁ……」


 田村は冷静だった。


「質疑応答があります」


「嫌なのだぁ」


「あります」


「台本通りに答えるのだぁ……台本通りなら大丈夫なのだぁ……」


 まず記者が瑠璃に質問した。


「白鳥さんは今後、どんな女優を目指したいですか?」


 瑠璃は微笑んだ。


「皆様の心に寄り添える、誠実な表現者を目指したいです」


 完璧。


 レイは涙ぐんだ。


「のだぁ……美しいのだぁ……台本を読む才能はあるのだぁ……」


 次にひまり。


「小鳥遊さんは、理想の男性像はありますか?」


 レイの心臓が止まりかけた。


 ひまりはにこにこした。


「えっとぉ……優しくてぇ、包容力があってぇ、奥様を大切にしているような――」


「咳払いなのだぁあああああ!!」


 舞台袖からレイの不自然すぎる咳払いが響いた。


「げほっ!げほっ!お花!お花なのだぁ!」


 ひまりは「あ」と気づいたように笑った。


「お花が好きな方ですぅ」


 記者たちは一瞬ざわついた。


 田村がレイの肩を押さえた。


「社長、出ないでください」


「吾輩の心臓が出そうなのだぁ!」


 最後にエミリア。


「神崎さんは、清楚系として売り出されることについてどう思いますか?」


 エミリアはにっこり笑った。


「とても光栄です。清楚という言葉にふさわしい人間になれるよう努力いたします」


 レイは頷いた。


「完璧なのだぁ」


 その直後、別の記者が少し意地悪く聞いた。


「学生時代、少しやんちゃだったという噂もありますが?」


 会場が少し静かになった。


 田村の目が細くなる。


 レイは舞台袖で白目を剥きかけた。


「のだぁ……?」


 エミリアは笑ったままだった。


「そうですね。私は元気な子どもでした」


「具体的には?」


「体育祭で燃えていました」


「なるほど」


「あと、友人を大切にしていました」


「良いことですね」


「友人を泣かせる人がいると、少し注意するくらいには」


 田村が小声で言った。


「ギリギリです」


 レイが震えた。


「清楚の範囲内なのだぁ……清楚な注意なのだぁ……」


 会見は奇跡的に乗り切った。


 翌日のネットニュースは好意的だった。


『スターライト新ユニット「ピュア・クラウン」発表』


『白鳥瑠璃、圧倒的透明感』


『小鳥遊ひまり、不思議ちゃん発言に会場ほっこり』


『エミリア・神崎、華やかすぎる清楚系ハーフ』


 レイは社長室で記事を読みながら、勝利のポーズを取った。


「のだっ♡吾輩は天才社長なのだぁ♡」


 田村は無言で別のタブレットを見せた。


「社長、リハーサル動画です」


「のだ?」


 そこには、三人のダンス練習映像が映っていた。


 瑠璃は美しい顔で、右に行くべきところを左に行った。ひまりは笑顔で一拍遅れた。エミリアだけが正しい位置にいるが、二人にぶつかりそうになって「ちょっと」と口だけ動かしていた。


 サビ。


 瑠璃が回転して止まれない。


 ひまりが手を振る方向を間違える。


 エミリアが二人を見て明らかに苛立つ。


 最後の決めポーズ。


 瑠璃だけ優雅に二秒遅れた。


 ひまりはなぜかしゃがんだ。


 エミリアは完璧に決めたが、顔が「もう嫌」と言っていた。


 レイはタブレットをそっと伏せた。


「吾輩は何も見てないのだぁ」


「見てください」


「デビュー曲はバラードにするのだぁ」


「踊らない方向ですか」


「三人は清楚系なのだぁ。清楚系は激しく踊らないのだぁ。立って歌うのだぁ。立って微笑むのだぁ。瑠璃は歌わず微笑むのだぁ」


「歌手ユニットなのに?」


「瑠璃は神秘担当なのだぁ」


「便利ですね、担当制」


「ひまりは歌唱担当。エミリアは総合担当。瑠璃は顔面国宝担当なのだぁ」


「かなり正直ですね」


 数週間後、デビュー曲のレコーディングが始まった。


 瑠璃のパートは極限まで削られた。


「白い朝に――」


 これだけである。


 本人は真剣だった。


「白い朝に――」


 音が外れた。


「白い朝に――」


 また外れた。


「白い朝に――」


 別の曲になった。


 レイはミキサールームで頭を抱えた。


「四文字なのだぁ!?四文字でも無理なのだぁ!?」


 田村が淡々と言う。


「正確には五音です」


「余計絶望なのだぁ!」


 音響スタッフが苦笑いした。


「加工で何とかします」


「何とかなるのだぁ?」


「限界はあります」


「限界を超えるのだぁ!芸能界の技術力を見せるのだぁ!」


 ひまりは、歌い出すと完璧だった。柔らかく、甘く、少し寂しげで、聴く者の心に残る声だった。スタッフたちが一気に真剣な顔になる。


「これは売れるかもしれませんね」


 レイは頷いた。


「のだぁ……この子は危険だけど歌は本物なのだぁ……危険だけど……」


 休憩中、ひまりはレコーディングディレクターに言った。


「先生ってぇ、ご結婚されてますかぁ?」


 レイは椅子から転げ落ちた。


「またなのだぁあああああ!!」


 エミリアは歌も演技も無難にこなし、レコーディングも早かった。ただし、瑠璃のパートを三十回録り直している時に、ヘッドホンを外して言った。


「それ、本当に必要?」


 スタジオが凍る。


 瑠璃は少しだけ目を伏せた。


 レイは叫んだ。


「エミリアぁあああ!清楚系!清楚系なのだぁ!」


 エミリアは一瞬黙り、それから作り笑いをした。


「瑠璃さんの個性がとても大切だと思います」


「無理に言い直した感がすごいのだぁ!」


 だが、瑠璃は静かに言った。


「大丈夫です。神崎さんのおっしゃる通り、私の歌唱力には課題があります。努力します」


 そのあまりの品行方正さに、エミリアの方が少し気まずそうな顔をした。


「……まあ、顔は強いし」


「ありがとうございます」


「褒めてるけど、そこまで綺麗に返されると逆に困るんだけど」


「恐縮です」


 レイは感動した。


「のだぁ……瑠璃の清楚力でエミリアの毒が浄化されているのだぁ……」


「一時的だと思います」


 田村の予言通りだった。


 翌日、雑誌撮影でエミリアはカメラマンに「もう少し清楚に」と言われた瞬間、笑顔のまま「清楚って具体的に何ですか? 曖昧な指示で現場を止めるのは効率が悪いです」と返した。


 カメラマンは黙った。


 レイは飛んできた。


「すみませんなのだぁあああ!!この子は清楚を学習中なのだぁあああ!!」


 エミリアは不満げに言った。


「私、間違ったこと言ってないけど」


「芸能界では正しいことを綺麗な包装紙に包むのだぁ!」


「面倒くさ」


「それを言うななのだぁ!」


 そんな混乱の中、三人の初仕事が決まった。


 朝の情報番組。


 生出演。


 レイは前日から胃を押さえていた。


「生放送は嫌なのだぁ……編集できないのだぁ……誰かが何か言ったら終わりなのだぁ……」


 田村が言った。


「社長、台本通りなら大丈夫です」


「それ、芸能界で一番信用できない言葉なのだぁ」


 当日。


 三人は白と淡い水色の衣装でスタジオに立った。


 瑠璃は完璧な微笑み。


 ひまりはふわふわした笑顔。


 エミリアは清楚風に口角を上げているが、目だけが眠そうだった。


 司会者が明るく言う。


「今日は期待の新人ユニット、ピュア・クラウンの皆さんに来ていただきました!」


 三人が揃って頭を下げる。


「よろしくお願いいたします」


 ここまでは完璧だった。


 レイはモニター前で手を合わせた。


「このまま終われなのだぁ……このまま何も起きずに終われなのだぁ……」


 司会者が瑠璃に聞く。


「白鳥さんは、デビューが決まった時どう思いましたか?」


「大変光栄に思いました。まだ未熟ではございますが、皆様に誠実に向き合ってまいります」


「しっかりしてますねえ」


 成功。


 司会者がひまりに聞く。


「小鳥遊さんは、今後挑戦してみたいことは?」


「えっとぉ、歌と演技とぉ、あといろんな方と仲良くなりたいですぅ」


 レイは立ち上がった。


「ギリギリなのだぁ……ギリギリなのだぁ……」


「特にどんな方と?」


 司会者が悪意なく聞いた。


 ひまりはにこにこした。


「優しくてぇ、大人でぇ、奥様を大事に――」


 レイはモニター前で崩れ落ちた。


「のだぁあああああああ!!」


 しかし、その瞬間、エミリアが割り込んだ。


「ひまりは家族愛に憧れているんです」


 スタジオが自然に受け止めた。


「ああ、なるほど。素敵ですね」


 ひまりもにこにこした。


「そうですぅ。家族っていいですよねぇ」


 レイは涙目でモニターを見た。


「エミリアぁ……お主、今すごく偉かったのだぁ……」


 田村も少しだけ頷いた。


「危機回避能力はありますね」


 司会者がエミリアに聞く。


「神崎さんは、三人の中でどんな役割ですか?」


 エミリアは微笑んだ。


「二人を支える役割だと思っています」


 完璧。


 だが続けて。


「放っておくと、一人は歌で迷子になって、一人は人生で迷子になりそうなので」


 スタジオが一瞬静かになり、その後、笑いが起きた。


 司会者も笑った。


「面白いですね!」


 レイは複雑な顔をした。


「毒舌がウケたのだぁ……清楚から遠ざかってるのにウケたのだぁ……」


 生放送は、奇跡的に成功した。


 SNSでは三人が話題になった。


『白鳥瑠璃、美しすぎる』


『小鳥遊ひまり、ふわふわしてて可愛いけど危うい』


『エミリアのツッコミ好き』


『ピュア・クラウン、意外とバランス良い』


『社長また胃を痛めてそう』


 レイは社長室でスマホを見ながら震えた。


「売れそうなのだぁ……売れそうだけど、何かが違うのだぁ……吾輩は正統派清楚系を作るつもりだったのだぁ……どうして清楚な美術品と危険な不思議ちゃんと毒舌ハーフ美少女の混合事故みたいになってるのだぁ……」


 田村が言った。


「むしろ、その方が売れる可能性はあります」


「のだぁ?」


「白鳥さんは圧倒的な美貌と品行方正さ。小鳥遊さんは歌唱力と天然性。神崎さんは総合力と鋭いツッコミ。三人とも欠点は大きいですが、組み合わせると役割が見えます」


「つまり吾輩の目利きが天才だったのだぁ?」


「偶然です」


「もっと褒めるのだぁ!」


 そこへ、三人が社長室に入ってきた。


 瑠璃が丁寧に頭を下げる。


「社長、本日はありがとうございました。至らない点も多く、申し訳ございません」


「瑠璃は顔と礼儀だけで百点なのだぁ!」


「歌も努力いたします」


「そこは……ゆっくりでいいのだぁ」


 ひまりがふわふわ近づく。


「社長さん、今日、ひまり変なこと言いましたかぁ?」


「変なことを言いかけたのだぁ」


「言いかけただけなら大丈夫ですねぇ」


「大丈夫ではないのだぁ!今後、既婚者という単語を封印するのだぁ!」


「きこんしゃ?」


「その顔で初めて聞いたみたいにするななのだぁ!」


 エミリアはソファに腰掛けようとして、田村の視線に気づき、渋々きちんと座った。


「社長、今日の私のフォロー、よかったでしょ」


「よかったのだぁ!すごくよかったのだぁ!でも最後の毒はいらなかったのだぁ!」


「ウケてたけど」


「ウケればいいってものではないのだぁ!」


「芸能界ってウケたもの勝ちじゃないの?」


「それはそうなのだぁ……いや、そうだけど違うのだぁ……」


 レイは頭を抱えた。


 三人を見た。


 完璧な美少女だが芸事が壊滅している瑠璃。


 才能はあるが距離感が危なすぎるひまり。


 実力はあるが性格が鋭すぎるエミリア。


 どう考えても事故物件である。


 だが、顔は良い。


 華もある。


 そして、話題性もある。


 レイはゆっくり立ち上がった。


「決めたのだぁ」


 田村が警戒する。


「何をですか」


「ピュア・クラウンは、このまま売るのだぁ」


「本気ですか」


「本気なのだぁ。瑠璃は圧倒的清楚担当。ひまりは歌うふわふわ爆弾担当。エミリアは清楚の皮を被った護衛担当なのだぁ」


「最後だけコンセプトが変です」


「うむ!でもいけるのだぁ!三人まとめれば、なんとなく清楚に見えるのだぁ!」


「なんとなく」


「芸能界はなんとなくで動いてるのだぁ!」


 瑠璃は真面目に頷いた。


「精一杯努めます」


 ひまりは笑った。


「えへへ、楽しそうですねぇ」


 エミリアは肩をすくめた。


「まあ、売れるならいいけど」


 レイは三人を指差した。


「よいか!お主らはこれから正統派清楚系美少女ユニットとして売り出すのだぁ!絶対に問題を起こすななのだぁ!不倫っぽい発言禁止!元ヤンっぽい顔禁止!音程は……できる範囲で頑張るのだぁ!」


「私だけ基準が低くありませんか?」


 瑠璃が静かに言った。


 レイは目を逸らした。


「成長枠なのだぁ」


 その夜。


 スターライト・ユニバース公式アカウントは、ピュア・クラウンのデビュー告知を投稿した。


『清楚で透明感あふれる三人組、新時代の正統派ユニット誕生』


 その文言を見ながら、田村は無言でコーヒーを飲んだ。


 レイはソファで震えていた。


「清楚なのだぁ……清楚なのだぁ……言い続ければ清楚になるのだぁ……」


 数分後、SNSの反応が増え始めた。


『白鳥瑠璃やばい、美しすぎる』


『ひまりちゃん歌声すごい』


『エミリアの目つき好き』


『この三人、絶対何か起きるだろ』


『社長、生きて』


 レイは最後のコメントを見て、スマホを握りしめた。


「うぇええええん!!もうバレてるのだぁああああ!!」


 だが、同時に予約数は伸びていた。フォロワーも増えていた。動画再生数も伸びていた。コメント欄は混沌としていたが、確実に人は集まっていた。


 田村が言った。


「社長、初動はかなり良いです」


「のだぁ?」


「少なくとも注目はされています」


「つまり成功なのだぁ?」


「今のところは」


 レイは涙目のまま笑った。


「のだっ……やっぱり顔が良ければ全て良しなのだぁ……吾輩は正しかったのだぁ……」


 その瞬間、社長室の扉が開いた。


 エミリアが顔を出す。


「社長。ひまりが廊下で既婚のプロデューサーに手作りクッキー渡そうとしてる」


「のだぁあああああああああ!!」


 レイは椅子から飛び上がった。


「止めるのだぁあああ!!それは清楚じゃなくて週刊誌の前菜なのだぁあああ!!」


 さらに瑠璃が後ろから現れた。


「社長、申し訳ございません。先ほど自主練で歌っていたら、隣のスタジオの方が体調を心配してくださいました」


「歌で体調を心配されたのだぁあああ!!」


 最後にひまりの声が廊下から聞こえた。


「えへへ、奥様にもどうぞって言えば大丈夫ですよねぇ?」


「大丈夫じゃないのだぁあああああ!!」


 レイは社長室を飛び出した。


 田村は、その背中を見送りながら静かに資料を閉じた。


 ピュア・クラウン。


 正統派清楚系三人組。


 ただし、一人は芸事が壊滅し、一人は倫理観が危うく、一人は清楚の皮を被った元ヤンキー。


 それでも、売れる匂いだけは確かにあった。


 そして今日も、スターライト・ユニバース本社には、若き社長の悲鳴が響く。


「吾輩は何も見てないのだぁあああ!!でも売るのだぁあああ!!顔が良ければ全て良しなのだぁあああああ!!」

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