16 ひまりの新曲
スターライト・ユニバース本社。
会議室。
その日。
ピュア・クラウンの三人は異様な空気を感じていた。
理由。
社長が機嫌良すぎる。
非常に危険だった。
レイは上機嫌な時ほど危険である。
なぜなら。
ろくでもないことを思いついているからだ。
「のだっ♡」
レイは椅子の上で揺れていた。
「のだっ♡」
資料を抱えていた。
「のだっ♡」
顔が気持ち悪いくらい嬉しそうだった。
田村は既に諦めていた。
「社長」
「なんなのだぁ♡」
「また何か思いつきましたね」
「天才的なことを思いついたのだぁ♡」
「やっぱり」
瑠璃。
警戒。
ひまり。
きょとん。
エミリア。
完全警戒。
そして。
レイは立ち上がった。
ばんっ。
机に資料を置く。
「うむ!」
ばんっ。
「発表なのだっ♡」
ばんっ。
「ひまりの新曲なのだっ♡」
ばんっ。
ひまりが首を傾げた。
「新曲ですかぁ?」
「そうなのだぁ♡」
「どんな曲ですかぁ?」
レイは満面の笑みだった。
そして。
高らかに宣言した。
「タイトルは!」
会議室。
静まる。
「『暴言バニー』なのだっ♡」
沈黙。
五秒。
十秒。
二十秒。
誰も喋らなかった。
田村。
頭を抱える。
瑠璃。
固まる。
エミリア。
天井を見る。
ひまり。
「わぁ〜」
だけだった。
レイは胸を張った。
「素晴らしいのだぁ♡」
田村。
冷静。
「社長」
「なんなのだぁ♡」
「意味を説明してください」
「うさぎなのだぁ♡」
「はい」
「暴言なのだぁ♡」
「はい」
「暴言を吐くうさぎなのだぁ♡」
会議室。
沈黙。
「以上なのだぁ♡」
「以上じゃありません」
田村が即座に否定した。
エミリアが呟く。
「また始まった」
瑠璃が恐る恐る聞く。
「ひまりさんのイメージなのでしょうか」
「違うのだぁ♡」
「違うんですか」
「吾輩がうさぎコスプレを見たかったのだぁ♡」
全員。
理解した。
そして。
絶望した。
ひまりだけが笑っていた。
「うさぎさんですかぁ?」
「そうなのだぁ♡」
「可愛いですねぇ」
「そうなのだぁ♡」
レイは机を叩いた。
「白いうさぎ衣装なのだぁ♡」
ばんっ。
「耳が付くのだぁ♡」
ばんっ。
「ふわふわなのだぁ♡」
ばんっ。
「MVで飛び跳ねるのだぁ♡」
ばんっ。
「そしてサビで暴言なのだぁ♡」
会議室。
静まり返る。
田村。
真顔。
「なぜですか」
「面白いからなのだぁ♡」
「そうですか」
「そうなのだぁ♡」
その瞬間。
エミリアが隣を見る。
瑠璃も同時に見る。
二人の目が合う。
そして。
完全に同じ結論に達した。
(黙ろう)
(黙りましょう)
非常に珍しく意見が一致した。
なぜなら。
経験上。
今ここで口を出すと危険だった。
レイは調子に乗る。
そして。
『じゃあピュア・クラウン版を作るのだぁ♡』
になる。
さらに。
『三人でうさぎなのだぁ♡』
になる。
そして。
『瑠璃もうさぎ♡』
『エミリアもうさぎ♡』
『全員暴言バニー♡』
になる。
百パーセントなる。
二人とも理解していた。
だから。
黙った。
徹底的に。
レイ。
気付かない。
「のだっ♡」
資料を配る。
歌詞。
そこには。
『ぴょんぴょんぴょん♡』
『にんじん食べろなのだっ♡』
『ぴょこぴょこぴょん♡』
『今日も元気に暴言なのだっ♡』
と書かれていた。
田村。
無言。
資料を閉じる。
「社長」
「なんなのだぁ♡」
「これが売れると思いますか」
「ピロローンもそう言われたのだぁ♡」
会議室。
静まる。
誰も反論できなかった。
それが厄介だった。
ピロローン三十万枚。
あれがある。
だから。
誰も否定できない。
非常に困る。
ひまりは歌詞を読んでいた。
「ぴょんぴょんですねぇ」
「そうなのだぁ♡」
「暴言ですねぇ」
「そうなのだぁ♡」
「面白いですねぇ」
レイ。
歓喜。
「ほら見ろなのだぁ!」
「でも」
ひまりが首を傾げる。
「暴言って何言うんですかぁ?」
レイ。
即答。
「『ちゃんと寝ろなのだぁ!』とか」
「優しいですねぇ」
「『宿題しろなのだぁ!』とか」
「優しいですねぇ」
「『野菜食べろなのだぁ!』とか」
「優しいですねぇ」
田村。
真顔。
「暴言ではありません」
レイ。
固まる。
「のだ?」
「全部正論です」
「のだ?」
「教育ソングです」
「のだぁ?」
エミリア。
吹き出した。
「確かに」
「笑うななのだぁ!」
「いや、それ暴言じゃないじゃん」
「暴言なのだぁ!」
「どこが」
「言われたら傷つくのだぁ!」
「子供だけでしょ」
瑠璃も小さく言った。
「むしろ良い歌なのでは……」
レイ。
困惑。
「のだ?」
会議室。
微妙な空気。
そして。
田村がまとめた。
「つまり」
「なんなのだぁ」
「うさぎコスプレをしたひまりさんが」
「うむ」
「規則正しい生活を推奨する曲です」
「そうなのだぁ♡」
「教育番組向きですね」
レイ。
固まる。
「のだ?」
ひまり。
嬉しそう。
「良いことですねぇ」
「のだ?」
エミリア。
「幼児向けソングじゃん」
「のだ?」
瑠璃。
「可愛らしいと思います」
「のだ?」
レイ。
混乱。
「暴言バニーなのだぁ?」
「タイトルだけです」
田村。
即答。
その時。
宣伝部長が会議室に入ってきた。
「社長」
「なんなのだぁ」
「曲を聞きました」
「どうだったのだぁ♡」
「幼児向け商品とのタイアップ取れそうです」
レイ。
硬直。
「のだ?」
「教育番組もいけます」
「のだ?」
「子供服ブランドも興味を示しています」
「のだ?」
会議室。
静まる。
エミリア。
笑いを堪えていた。
ひまり。
普通に喜んでいた。
瑠璃。
困惑していた。
そして。
田村。
小さく呟く。
「また売れるかもしれませんね」
レイ。
震える。
「のだぁ……」
そして。
立ち上がる。
「やっぱり吾輩は天才なのだぁああああ!!」
ばんっ。
「見たかな世界なのだぁ!!」
ばんっ。
「うさぎは正義なのだぁ!!」
ばんっ。
「暴言バニーで天下取るのだぁ!!」
ばんっ。
その瞬間。
エミリアがぼそっと言った。
「次は絶対言わない」
瑠璃も頷いた。
「私もです」
「何の話なのだぁ?」
二人。
完全に無視。
なぜなら。
今ここで少しでも意見を言ったら。
『暴言バニー・ピュアクラウン版』
が誕生する。
それだけは。
何としても阻止しなければならなかった。
こうして。
ひまりの新曲『暴言バニー』は。
社長の趣味百パーセントで制作が決定。
そして。
ピュア・クラウンの残り二人は。
うさぎ耳を回避したことにだけ安堵していたのであった。
「危なかったわね」
「はい」
「危なかったですねぇ?」
ひまりは不思議そうだった。
だが。
エミリアと瑠璃だけは知っていた。
芸能界で最も危険な存在は。
週刊誌でも。
ライバル事務所でもない。
調子に乗った社長レイなのである。




