14 東雲とのデート
土曜日。
快晴。
都内某所。
高級ショッピングモールの最上階にあるレストラン。
窓の向こうには春の青空が広がっていた。
そして。
スターライト・ユニバース社長、田中レイは。
現実逃避していた。
「のだっ♡」
紅茶を飲む。
「のだっ♡」
ケーキを食べる。
「のだっ♡」
向かい側を見る。
東雲綾華がいた。
上品なワンピース姿。
長い黒髪。
穏やかな笑顔。
育ちの良さが滲み出ている。
レイは満面の笑みだった。
「何も見えないのだっ♡」
紅茶を飲む。
「聞こえないのだっ♡」
ケーキを食べる。
「可愛い美女とデート以外やることなど存在しないのだっ♡」
綾華は少し笑った。
「現実逃避ですか?」
「違うのだぁ♡」
「違うんですか?」
「戦略的休養なのだぁ♡」
「言い換えただけですね」
レイは窓の外を見た。
スマホはテーブルの上。
通知。
七十八件。
見ない。
絶対見ない。
「見たら負けなのだぁ♡」
「何が来てるんですか?」
「仕事なのだぁ♡」
「かなり来ていますね」
「知らないのだぁ♡」
その時。
スマホが震えた。
ブルブルブルブル。
レイ。
見ない。
絶対見ない。
ブルブルブルブル。
さらに震える。
綾華が言った。
「確認しなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫なのだぁ♡」
「本当に?」
「どうせ地獄なのだぁ♡」
あまりにも説得力があった。
綾華は反論できなかった。
実際。
現在のスターライト・ユニバース。
かなり地獄だった。
まず。
人気イケメン歌手。
匂わせ炎上中。
SNSにアップしたコーヒーカップ。
女性アイドル側のコーヒーカップ。
酷似。
さらに犬。
同じ犬種。
同じ服。
同じ壁。
同じホテル。
ネット探偵が大暴れしていた。
レイは思い出した。
「のだぁ……」
「どうしました?」
「匂わせなのだぁ……」
「まだ考えてるじゃないですか」
「忘れたいのだぁ……」
さらに。
看板女優。
泥沼離婚協議中。
弁護士。
週刊誌。
テレビ。
コメンテーター。
SNS。
全員参加。
レイは震えた。
「離婚は自由なのだぁ……」
「はい」
「でも吾輩の胃は自由じゃないのだぁ……」
「お気の毒です」
そして。
最大の問題。
エミリア。
今や若手女優の中心人物。
主演映画ヒット。
歌もヒット。
演技評価も高い。
だが。
ライバル事務所からの攻撃が増えていた。
なぜなら。
売れているから。
「のだぁ……」
レイは遠い目をした。
「エミリアなのだぁ……」
「頑張っている方ですよね?」
「頑張ってるのだぁ」
「なら良いのでは?」
「元ヤンなのだぁ」
「またそれですか」
「元ヤンなのだぁ!」
レイは叫んだ。
「今は清純派美少女女優なのだぁ!」
「はい」
「演技力で誤魔化してるのだぁ!」
「誤魔化してはいないと思います」
「でも中身はエミリアなのだぁ!」
「エミリアさんですね」
「そうなのだぁ!」
綾華は笑いを堪えていた。
話を聞けば聞くほど。
レイは社長というより。
心配性の保護者だった。
その時。
またスマホが鳴った。
田村。
着信。
レイ。
無視。
五秒後。
また着信。
無視。
さらに着信。
無視。
綾華が聞いた。
「出なくていいんですか?」
「田村なのだぁ」
「大事そうですね」
「大事なのだぁ」
「なら」
「でも今日はデートなのだぁ♡」
レイは胸を張った。
「吾輩にも人権があるのだぁ♡」
「その通りですね」
「週七日働くのは嫌なのだぁ♡」
「その通りですね」
「だから今日は東雲殿の日なのだぁ♡」
綾華。
少しだけ照れた。
「そう言われると少し嬉しいですね」
「本当なのだぁ?」
「ええ」
レイは固まった。
「のだ?」
「どうしました?」
「破壊力が高いのだぁ……」
「何がですか」
「可愛い女性にそう言われるのは心臓に悪いのだぁ……」
綾華はまた笑った。
その時。
スマホ。
再び震える。
今度は田村からメッセージ。
『社長』
既読をつけない。
『社長』
既読をつけない。
『社長』
既読をつけない。
『社長』
既読をつけない。
そして。
『エミリアさん関連です』
レイ。
固まる。
「のだ?」
綾華。
嫌な予感。
「見ます?」
「見ないのだぁ」
「でも気になってますよね」
「気になるのだぁ」
「見ます?」
「嫌なのだぁ」
「でも見ますよね」
「見るのだぁ……」
レイは敗北した。
メッセージを開く。
数秒。
沈黙。
綾華。
様子を見る。
「どうでした?」
「のだぁ……」
「良くない?」
「良かったのだぁ」
「良かったんですか」
「ライバル事務所の週刊誌ネタがまた外れたのだぁ」
「それは良かったですね」
「助かったのだぁ……」
レイは本気で安堵した。
そして。
スマホを伏せる。
「今日は終わりなのだぁ♡」
「もう確認しないんですか?」
「しないのだぁ♡」
「本当に?」
「本当になのだぁ♡」
その瞬間。
電話。
今度はエミリア本人。
レイ。
見なかった。
さらに電話。
ひまり。
見なかった。
さらに電話。
所属歌手。
見なかった。
さらに電話。
マネージャー。
見なかった。
綾華が笑う。
「逃げてますね」
「逃げてないのだぁ♡」
「逃げてます」
「戦略的撤退なのだぁ♡」
その後。
二人は映画を見た。
買い物をした。
カフェにも行った。
レイは久しぶりに普通の休日を楽しんでいた。
芸能界。
週刊誌。
炎上。
スポンサー。
違約金。
全部忘れた。
「平和なのだぁ♡」
「良かったですね」
「東雲殿は天使なのだぁ♡」
「大げさですよ」
「大げさじゃないのだぁ♡」
しかし。
夕方。
別れ際。
レイのスマホを確認した綾華は固まった。
通知。
百二十六件。
着信。
二十三件。
田村。
九件。
レイはそれを見て。
静かに空を見上げた。
「のだぁ……」
「戻ります?」
「戻るのだぁ……」
「頑張ってください」
「嫌なのだぁ……」
綾華は少し笑って言った。
「でも今日くらいは楽しめたでしょう?」
レイは少し考えた。
そして。
頷いた。
「楽しかったのだぁ♡」
「なら良かったです」
レイは照れくさそうに頭をかいた。
「また誘うのだぁ」
「ええ」
「今度は仕事が燃えてない日にするのだぁ」
「その日、来ますか?」
レイ。
固まる。
「のだ?」
綾華。
微笑む。
「芸能事務所ですよね?」
「のだぁ……」
「大変そうです」
「のだぁ……」
「でも待っていますよ」
レイは一瞬だけ本当に嬉しそうに笑った。
「のだっ♡」
その直後。
田村から電話。
着信。
レイは出た。
「のだぁ……」
『社長』
「なんなのだぁ……」
『どこですか』
「デートなのだぁ……」
『お疲れ様でした』
「優しいのだぁ?」
『今すぐ戻ってください』
「やっぱりなのだぁあああああ!!」
『看板女優の件と匂わせ炎上の件とエミリアさんの件があります』
「三連コンボなのだぁああああ!!」
『あと所属俳優がまた神社です』
「なんでなのだぁあああああ!!」
綾華は笑いを堪えられなかった。
そして。
走り去っていくレイの背中を見ながら思った。
(あの人、本当に社長向きなのかな……)
だが。
誰よりも胃を痛めながら。
誰よりもタレントを守ろうとして。
誰よりも謝罪して回っている。
そんな姿を見ていると。
少しだけ応援したくなるのだった。




