13 会議
スターライト・ユニバース本社。
第七会議室。
ピュア・クラウンの三人は、長机の向こう側に並んで座っていた。
白鳥瑠璃。
高校三年生。
圧倒的美貌。
圧倒的品行方正。
圧倒的スポンサー適性。
歌と演技だけが怪しいが、清純派という一点では社内最強。
小鳥遊ひまり。
高校二年生。
歌は天才。
ドラマも当てた。
不思議ちゃん。
ただし距離感が危険で、放っておくと「奥様のいる大人の方って素敵ですねぇ」などと言い出すため、常時監視対象。
エミリア・神崎。
高校三年生。
演技も歌も上手い。
顔も強い。
現場でも使える。
ただし元ヤン疑惑、目つき、言葉遣い、スタッフに対する圧、全部が週刊誌に狙われやすい。
そして、その三人の前で、社長レイはホワイトボードを叩いていた。
「いいかお主らぁあああ!!」
ばんっ。
「ピュア・クラウンは正統派清純派アイドルグループなのだぁ!!」
ばんっ。
「清純派なのだぁ!!」
ばんっ。
「清純派は稼げるのだぁ!!」
ばんっ。
田村が静かに言った。
「机ではなくホワイトボードを壊すつもりですか」
「壊さないのだぁ!吾輩の熱意なのだぁ!」
レイは振り返り、三人を順番に指差した。
「瑠璃!」
「はい」
「お主はセンターなのだぁ!」
「承知いたしました」
「理由は分かるのだぁ?」
「……清純派のイメージに合うからでしょうか」
「その通りなのだぁあああ!」
レイは感動していた。
「やはり瑠璃は賢いのだぁ!問題を起こさない!礼儀正しい!言葉遣いが綺麗!スポンサー様が笑顔になる!違約金の匂いがしない!最高なのだぁ!」
「ありがとうございます」
瑠璃は丁寧に頭を下げた。
それだけで会議室の空気が浄化される。
レイは泣きそうになった。
「見ろなのだぁ……これが清純派なのだぁ……」
そして次に、ひまりとエミリアを見る。
「それに比べてお主らぁ!」
「えへへぇ?」
「何よ」
「危険なのだぁ!」
レイは再びホワイトボードを叩いた。
「元ヤンの不思議ちゃん不倫パワハラグループはスポンサーウケが微妙なのだぁ!」
「混ぜすぎじゃないですかぁ?」
ひまりが首を傾げる。
エミリアは眉をひそめた。
「誰がパワハラよ」
「週刊誌にそう書かれたのだぁ!」
「盛られてたでしょ」
「盛られてても写真が怖かったのだぁ!」
「それは撮り方」
「撮られる隙を作るななのだぁ!」
エミリアは舌打ちしそうになったが、田村の視線を受けて飲み込んだ。
レイはそれを見逃さない。
「今!今なのだぁ!その顔なのだぁ!清純派アイドルは今の顔をしないのだぁ!」
「じゃあどんな顔すればいいのよ」
「こうなのだぁ!」
レイは両手を胸の前で合わせた。
そして、首を少し傾けた。
目を潤ませた。
頬に手を添えた。
「みなさん、いつも応援ありがとうございます……♡ ピュア・クラウンのレイです……♡」
沈黙。
会議室が死んだ。
田村は資料を見るふりをした。
瑠璃は困った顔で微笑んだ。
ひまりは「わぁ」と言った。
エミリアは真顔で言った。
「気持ち悪い」
「のだぁああああああ!!」
レイは崩れ落ちた。
「気持ち悪くてもやるのだぁ!!」
「いや、今のは本当に気持ち悪い」
「清純派の演技なのだぁ!!」
「清純派に謝りなさいよ」
「社長」
田村が淡々と割り込む。
「今の実演は、清純派というより、売れない地下アイドルの握手会直前の不審な練習に見えました」
「田村までひどいのだぁ!」
ひまりがにこにこしながら真似をした。
「みなさん、いつも応援ありがとうございますぅ……♡」
可愛かった。
普通に可愛かった。
会議室の数人が思わず頷く。
レイは叫んだ。
「ほらなのだぁ!ひまりはできるのだぁ!」
「えへへぇ」
「でもその後に既婚者の話をするから怖いのだぁ!」
「しませんよぉ」
「するのだぁ!お主は空気が柔らかいから余計怖いのだぁ!」
ひまりは不思議そうだった。
「優しい大人の人を褒めるのは良いことじゃないですかぁ?」
「既婚者限定で褒めるななのだぁあああ!」
レイは頭を抱えた。
「分かってないのだぁ……この子は本当に分かってないのだぁ……」
次にレイはエミリアを指差した。
「エミリア!やるのだぁ!」
「何を」
「清純派の挨拶なのだぁ!」
「嫌」
「仕事なのだぁ!」
「台本にあるならやるけど」
「あるのだぁ!今作ったのだぁ!」
エミリアは露骨に面倒そうな顔をした。
だが、一応仕事ではある。
彼女は椅子から立ち上がり、姿勢を正した。
さすが女優。
一瞬で顔が変わる。
柔らかく微笑み、声も少し上品になる。
「皆さん、いつも応援ありがとうございます。ピュア・クラウンのエミリア・神崎です。これからも三人で、皆さんに笑顔を届けられるよう頑張ります」
会議室が少しざわついた。
普通に良かった。
清純派だった。
レイは目を輝かせた。
「できるのだぁ!できるではないかぁ!」
エミリアはすぐ素に戻った。
「はい、終わり」
「戻るななのだぁ!」
「疲れる」
「カメラの前では戻るななのだぁ!」
「分かってるって」
「本当なのだぁ?」
「本番ではやる」
「本番以外でもやるのだぁ!最近はどこにカメラがあるか分からないのだぁ!」
レイは机の下まで覗いた。
「週刊誌の罠があるかもしれないのだぁ……!」
田村が言った。
「会議室にはありません」
「油断は禁物なのだぁ!」
レイはさらにホワイトボードに書いた。
『ピュア・クラウン清純派鉄則』
一、瑠璃を絶対的センターにする。
二、ひまりは既婚者関連発言禁止。
三、エミリアは睨まない。
四、三人ともカメラ前では清純派。
五、不祥事製造機ではない。
六、スポンサー様を怖がる。
七、違約金をもっと怖がる。
「これなのだぁ!」
エミリアが手を挙げた。
「六と七、アイドルの心得じゃなくて社長の恐怖じゃない?」
「全員で共有する恐怖なのだぁ!」
ひまりも手を挙げる。
「不祥事製造機って何ですかぁ?」
「お主らになってほしくないものなのだぁ!」
瑠璃は真面目にメモしていた。
「スポンサー様への配慮は大切ですね」
「瑠璃ぃ……!」
レイはまた泣きそうになる。
「やはり瑠璃がセンターなのだぁ……この理解力……この安心感……この違約金から最も遠い存在……!」
「違約金から遠い存在、という褒め言葉は初めてです」
「最高の褒め言葉なのだぁ!」
そこへ宣伝部長が資料を配った。
「次回の音楽番組出演用の立ち位置案です」
モニターに表示される。
中央、瑠璃。
左、ひまり。
右、エミリア。
瑠璃のアップ多め。
ひまりは歌唱パート多め。
エミリアはダンスと表情で締める。
レイは頷いた。
「完璧なのだぁ」
田村が言う。
「ただし、瑠璃さんの歌唱パートはさらに減らしています」
「英断なのだぁ」
瑠璃は少し申し訳なさそうにした。
「私も練習は続けています」
「分かってるのだぁ!でもセンターの仕事は歌うことだけではないのだぁ!」
「そうなのですか?」
「そうなのだぁ!」
レイは力説する。
「センターとは、概念なのだぁ!」
「概念」
「そこに立つだけでグループのイメージを決める存在なのだぁ!瑠璃が中央にいれば、ピュア・クラウンは清純派なのだぁ!」
エミリアがぼそっと言う。
「左右に私たちがいるけどね」
「だからお主らはカメラの前で清純派の演技をするのだぁ!」
「はいはい」
「返事が清純派じゃないのだぁ!」
レイは再び実演した。
「こうなのだぁ!“はい、社長。精一杯頑張ります♡”」
エミリアは即答した。
「嫌」
「のだぁあああ!」
ひまりは真似した。
「はい、社長さん。精一杯頑張りますぅ♡」
「ひまりは可愛いのだぁ!でもその後の自由発言が怖いのだぁ!」
瑠璃は普通に言った。
「はい、社長。精一杯頑張ります」
レイは崩れ落ちた。
「本物なのだぁ……」
田村が小声で言う。
「社長の実演が一番不要でしたね」
「聞こえてるのだぁ!」
その後、三人は実際に清純派コメントの練習をさせられた。
想定質問一。
『ピュア・クラウンはどんなグループですか?』
瑠璃。
「三人それぞれの個性を大切にしながら、皆様に清らかな時間をお届けできるよう努めるグループです」
満点。
ひまり。
「ふわふわしててぇ、楽しくてぇ、たまにピロローンなグループですぅ」
悪くないが危ない。
エミリア。
「顔が強い三人組です」
「エミリアぁああああ!」
「正直でしょ」
「正直すぎるのだぁ!」
想定質問二。
『プライベートで大切にしていることは?』
瑠璃。
「学業とお仕事の両立、そして周囲の方への感謝です」
満点。
ひまり。
「優しい人と仲良くすることですぅ」
「相手の婚姻状況には触れないのだぁ!」
「触れてませんよぉ」
「今のは合格なのだぁ……ぎりぎりなのだぁ……」
エミリア。
「睡眠」
「清純派としてもう少し膨らませるのだぁ!」
「じゃあ、健やかな生活」
「急に良くなったのだぁ!」
想定質問三。
『今後挑戦したいことは?』
瑠璃。
「演技にも歌にも真摯に向き合い、少しずつ成長していきたいです」
レイは感涙。
「瑠璃ぃ……!」
ひまり。
「探偵さんの続きとぉ、ピロローン400年ですぅ」
田村が即座にメモした。
「ピロローン400年は保留です」
エミリア。
「主演」
レイが頷いた。
「野心はあるのだぁ……でも清純派コメントなら?」
エミリアは少し考えた。
「いただいた役に誠実に向き合って、いつか主演として作品を支えられる人になりたいです」
会議室が静まった。
良い。
かなり良い。
レイは震えた。
「できるのだぁ……!」
エミリアは得意げに笑った。
「女優だから」
「そのドヤ顔は清純派ではないのだぁ!」
「細かい」
「細部に週刊誌が宿るのだぁ!」
練習が終わる頃には、レイはぐったりしていた。
「疲れたのだぁ……」
田村は資料をまとめる。
「三人より社長が疲れています」
「清純派を守るのは大変なのだぁ……」
エミリアが言う。
「そもそも、清純派ってそんなに必要?」
レイは即座に振り向いた。
「必要なのだぁ!」
「何で?」
「スポンサーウケなのだぁ!」
「またそれ」
「スポンサー様は大事なのだぁ!CMは強いのだぁ!雑誌も強いのだぁ!企業案件も強いのだぁ!」
レイは瑠璃を指差した。
「瑠璃は清純派だから、化粧品も飲料も学習教材も来るのだぁ!」
次にエミリアを見る。
「エミリアは強すぎるから、映画とドラマは来るけど、家庭向けCMは慎重になるのだぁ!」
そしてひまりを見る。
「ひまりは歌とドラマは強いけど、発言が危険だから生放送のスポンサー案件は怖いのだぁ!」
「えへへぇ」
「笑い事じゃないのだぁ!」
瑠璃は静かに頷いた。
「つまり、私が中央に立つことで、グループ全体の印象を安定させるということですね」
「そうなのだぁ!」
レイはまた感動した。
「瑠璃、理解が早いのだぁ……!」
「でも、二人の魅力も大切だと思います」
瑠璃はひまりとエミリアを見た。
「ひまりさんの歌声や柔らかさ、エミリアさんの表現力や強さがあるから、ピュア・クラウンはただ綺麗なだけでは終わらないのだと思います」
会議室が静かになった。
ひまりは嬉しそうに笑った。
「瑠璃ちゃん、優しいですぅ」
エミリアは少し目を逸らした。
「……まあ、瑠璃がそう言うなら」
レイは泣いた。
「のだぁあああ!これなのだぁ!これが清純派センターの器なのだぁ!」
田村も珍しく少し微笑んだ。
「確かに、センターとしては適任ですね」
レイは胸を張った。
「そうなのだぁ!だからピュア・クラウンの絶対的センターは瑠璃なのだぁ!」
そして、すぐにひまりとエミリアを見る。
「でもお主らも大事なのだぁ!」
「ついでみたいに言わないで」
「ついでじゃないのだぁ!」
「じゃあ何?」
「危険だけど稼ぐ戦力なのだぁ!」
「もっと言い方あるでしょ」
「歌う爆弾と演じる爆弾なのだぁ!」
「悪化してる」
ひまりは楽しそうに言った。
「爆弾なんですかぁ?」
「爆発しないでほしい爆弾なのだぁ!」
「難しいですねぇ」
「本当に難しいのだぁ!」
その日の最後、音楽番組用の挨拶動画を試し撮りすることになった。
三人が並ぶ。
中央、瑠璃。
左、ひまり。
右、エミリア。
カメラが回る。
瑠璃が微笑む。
「皆様、こんにちは。ピュア・クラウンです」
三人が揃って頭を下げる。
ひまりが柔らかく続ける。
「これからも、たくさんの方に笑顔を届けられるよう頑張りますぅ」
エミリアが穏やかに締める。
「三人で力を合わせていきます。応援よろしくお願いします」
完璧だった。
少なくとも、カメラの前では。
レイはモニターを見て震えた。
「のだぁ……」
田村が聞く。
「どうしました」
「清純派なのだぁ……」
「映像上はそうですね」
「映像上でもいいのだぁ……!」
レイは両手を上げた。
「これでいくのだぁ!ピュア・クラウンは清純派超美少女三人組なのだぁ!不祥事製造機ではないのだぁ!」
その瞬間、エミリアのスマホが鳴った。
エミリアが画面を見る。
「げ」
レイの顔色が変わる。
「何なのだぁ?」
「前のドラマのスタッフから」
「内容は?」
「“今度こそ差し入れの量を普通にしてください”って」
レイは少し安心した。
「平和なのだぁ……」
ひまりのスマホも鳴る。
「ひまりは探偵ドラマの監督さんからですぅ」
「内容は?」
「“打ち上げに既婚者が多いので、社長さんにも来てもらってください”って」
「のだぁあああああ!!吾輩が監視に行くのだぁああああ!!」
最後に瑠璃のスマホが鳴る。
「私は、学校の先生からです」
「何なのだぁ?」
「模試の結果が良かったそうです」
レイは椅子から崩れ落ちた。
「瑠璃ぃ……お主だけが吾輩の心の清浄機なのだぁ……」
エミリアが呆れた。
「社長、瑠璃への依存が重い」
「重くないのだぁ!経営戦略なのだぁ!」
ひまりは笑った。
「瑠璃ちゃん、センターですねぇ」
瑠璃は少し照れたように微笑んだ。
「三人で頑張りましょう」
その言葉で、空気が少しだけまとまった。
清純派。
超美少女三人組。
実態はかなり危うい。
だが、中央に瑠璃が立てば、不思議とそう見える。
ひまりのふわふわも柔らかさに見える。
エミリアの強さも頼もしさに見える。
それがセンターの力だった。
レイは深く頷いた。
「うむ!これでピュア・クラウンは安泰なのだぁ!」
田村が静かに言う。
「そういう発言の直後に問題が起きがちです」
「やめるのだぁ!」
その直後、事務所の内線が鳴った。
田村が取る。
「はい。……はい。……分かりました」
レイが震える。
「何なのだぁ……?」
田村は受話器を置いた。
「所属俳優がまた神社で目撃されました」
「のだぁああああああ!!」
瑠璃は静かに目を伏せた。
ひまりは「神社好きですねぇ」と言った。
エミリアは「もう神社のCM取れば?」と言った。
レイは頭を抱えて叫んだ。
「違うのだぁ!!吾輩が欲しいのは清純派のCMなのだぁあああ!!神社裸踊り芸人じゃないのだぁあああ!!」
こうして。
ピュア・クラウンは今日も、正統派清純派超美少女三人組として売り出される。
少なくとも、カメラの前では。
そしてその中心には、今日も問題を起こさない優等生、白鳥瑠璃が立っていた。
レイは震える声で呟く。
「信じられるのは瑠璃とスポンサー様だけなのだぁ……」
田村が即座に訂正した。
「まずは所属タレントを信じてください」
「信じたいのだぁ!でも怖いのだぁ!」
社長室に、またレイの悲鳴が響いた。




