12 一年後
数ヶ月後。
春が過ぎ、制服のリボンも少し変わり、ピュア・クラウンの三人はそれぞれ一学年上がっていた。
白鳥瑠璃は高校三年生。
エミリア・神崎も高校三年生。
小鳥遊ひまりは高校二年生。
そして。
スターライト・ユニバース本社の会議室には、巨大なグラフが貼られていた。
『ピュア・クラウン 活動実績』
田村が淡々と読み上げる。
「デビュー曲『三つの王冠』」
「のだっ」
「初週売上、想定の三分の一」
「のだぁ……」
「配信順位も伸びず」
「のだぁ……」
「音楽番組出演後も話題は三人の顔面と衣装のみ」
「のだぁ……」
「楽曲評価は“綺麗だけど記憶に残らない”」
「のだぁ……」
社長レイは、机に突っ伏していた。
「コケたのだぁ……」
田村は容赦しない。
「コケました」
「はっきり言うななのだぁ……」
「数字です」
「ピロローンは三十万売れたのに……」
「ピロローンは事故です」
「事故でも売れたのだぁ……」
レイは涙目でホワイトボードを見た。
『三つの王冠』
悪い曲ではなかった。
衣装も良かった。
MVも美しかった。
瑠璃の語りパートも神秘的だった。
ひまりの歌声も綺麗だった。
エミリアの表情も強かった。
だが。
普通だった。
綺麗すぎた。
まとまりすぎた。
そして、ピュア・クラウン最大の武器である「なんか全員おかしい」が消えていた。
世間は正直だった。
『顔はすごい』
『曲は普通』
『三人それぞれのソロの方が面白い』
『ピロローン返して』
『瑠璃ちゃん、歌わない方が神秘的』
『エミリアのドラマの方が見たい』
『ひまり主演ドラマまだ?』
レイは崩れ落ちた。
「グループとは何なのだぁ……」
エミリアは腕を組んで言った。
「だから無難すぎるって言ったじゃん」
「言ったのだぁ……」
「私、言ったよね」
「言ったのだぁ……」
「ほら」
「勝ち誇るななのだぁ!」
ひまりはにこにこしていた。
「でも衣装可愛かったですよぉ」
「ひまりは優しいのだぁ……」
瑠璃は真面目に言った。
「私の歌唱力不足も原因だと思います。申し訳ございません」
「瑠璃は謝らなくていいのだぁ!」
レイは即座に叫んだ。
「お主は顔で勝ってるのだぁ!むしろ曲が顔に負けたのだぁ!」
「曲が顔に負ける、ということがあるのですね」
「あるのだぁ!今できた概念なのだぁ!」
だが。
ピュア・クラウン全体曲はコケた。
しかし。
三人の個人仕事は、なぜか大爆発していた。
まず、瑠璃。
レイがスポンサー筋と映画会社に頭を下げ、さらに父親の人脈まで引っ張って、無理矢理ミステリー映画に押し込んだ。
役名は、桐生院霞。
山奥の洋館で殺される美少女。
出番は少ない。
台詞も少ない。
だが。
事件の中心人物。
全員が彼女の死に囚われる。
監督は最初、渋った。
『演技経験が薄すぎる』
レイは言った。
『死体ならいけるのだぁ!』
『言い方』
『美しすぎる死体なのだぁ!』
『最低ですが、分かります』
結果。
瑠璃は出た。
そして。
バズった。
理由は二つ。
演技が下手。
顔がすごい。
以上だった。
回想シーンで瑠璃が微笑む。
「皆様、どうかお幸せに」
棒だった。
かなり棒だった。
しかし画面は圧倒的に美しかった。
白いワンピース。
窓辺の光。
少し伏せた睫毛。
人間というより、殺されるために用意された美術品だった。
SNSは沸いた。
『演技は無だけど顔が事件』
『犯人より瑠璃の顔が気になる』
『あんな美少女殺されたらそりゃ全員狂う』
『台詞が棒なのに説得力あるの何?』
『むしろ人間味がないからミステリーの被害者として完璧』
『白鳥瑠璃、死体役の天才』
レイはこの記事を見て、拳を握った。
「死体役の天才なのだぁ!!」
瑠璃は困った顔をした。
「喜んでよいのでしょうか」
「喜ぶのだぁ!芸能界は肩書きが大事なのだぁ!」
「死体役の天才……」
「いや、もっと綺麗に言うのだぁ!“儚き被害者美少女の新星”なのだぁ!」
田村は資料に書き直した。
「宣伝ではそちらを使います」
次に、エミリア。
主演映画。
家族に反発しながらも、最後には母と妹に向けて歌うシーンがあった。
挿入歌。
『帰る場所』
最初は映画内だけの曲だった。
だが、試写会で泣く観客が続出。
歌声が強すぎた。
芝居の流れで歌っているから、妙に刺さった。
エミリアの声は、ひまりほど技巧的ではない。
だが、感情の乗せ方が上手かった。
悔しさ。
強がり。
少しだけ残った甘え。
家族に謝れない少女が、歌だけで本音を出す。
これが当たった。
急遽リリース。
二十万枚。
大ヒット。
レイは売上表を見て、固まった。
「のだ?」
田村が頷く。
「二十万です」
「のだ?」
「二十万枚です」
「のだぁ……」
レイはエミリアに向かって両手を上げた。
「ハイタッチなのだぁあああ!」
「また?」
「二十万回するのだぁ!」
「手がなくなる」
ぱんっ。
「のだっ♡」
ぱんっ。
「のだっ♡」
ぱんっ。
「のだっ♡」
エミリアは面倒くさそうにしながらも、少し笑っていた。
「まあ、映画の役が良かっただけだけど」
「謙虚なのだぁ?」
「別に。事実」
「お主が謙虚だと逆に怖いのだぁ」
「後で覚えてなさい」
「いつものエミリアなのだぁ!」
最後に、ひまり。
これが一番意味不明だった。
レイがまた無理矢理押し込んだ。
高校生探偵ものドラマ。
タイトル。
『放課後ミルクティー探偵団』
主演、小鳥遊ひまり。
役は、ふわふわしているのに異常に推理力が高い高校生探偵。
制作側は最初、反対した。
『ひまりさんは歌手では?』
レイは言った。
『不思議ちゃん探偵なのだぁ!絶対いけるのだぁ!』
『推理ドラマですよ?』
『ひまりは既に何を考えているか分からないのだぁ!探偵向きなのだぁ!』
『褒めていますか?』
『売れれば褒め言葉なのだぁ!』
そして。
放送。
第一話。
視聴率。
一八%。
現代ドラマとしては異常な数字だった。
理由。
ひまりが妙にハマった。
「犯人さんはぁ、たぶんあの人ですぅ」
ふわふわ。
「だってぇ、紅茶の角度が変でしたからぁ」
意味不明。
なのに当たる。
視聴者は困惑した。
『何この探偵』
『可愛い』
『推理が雑なのに妙に納得する』
『ひまりの声で全部許せる』
『犯人を追い詰める時だけ目が怖くて好き』
『ピロローン探偵』
レイは視聴率表を抱きしめた。
「一八%なのだぁ……」
田村が言った。
「大成功です」
「ドラマで一八%なのだぁ……」
「はい」
「吾輩、天才なのだぁ?」
「今回は当たりです」
「今回は?」
「今回は」
「もっと褒めるのだぁ!」
ひまりは隣でクッキーを食べていた。
「えへへ、探偵さん楽しいですぅ」
「ひまりぃ!ハイタッチなのだぁ!」
「はぁい」
ぱんっ。
「のだっ♡」
ぱんっ。
「のだっ♡」
ぱんっ。
「視聴率一八%の音なのだぁ!」
こうして。
ピュア・クラウンのデビュー曲はコケた。
だが三人は売れた。
グループとしてではなく。
なぜか、それぞれ別々に。
瑠璃は「顔面で物語を成立させる美少女」として。
エミリアは「演技も歌もいける強め女優」として。
ひまりは「電波ソングもドラマも当てる不思議な怪物」として。
スターライト・ユニバースは大忙しだった。
そしてレイも大忙しだった。
嬉しい方では、毎日ハイタッチ。
悲しい方では、毎日謝罪会見。
なぜなら。
他の所属タレントが相変わらず問題を起こすからである。
月曜日。
所属俳優が深夜の路上で奇妙な踊りをして拡散。
火曜日。
若手歌手がSNSで一般人とラーメンの食べ方について大喧嘩。
水曜日。
ベテラン女優が生放送でスポンサー名を間違える。
木曜日。
問題児アイドル組の一人が「重大発表」と言って新しい前髪を見せただけでファンを怒らせる。
金曜日。
イケメン俳優がまた神社で目撃される。
土曜日。
所属タレントの熱愛報道。
日曜日。
レイ、死ぬ。
「のだぁあああああああああ!!」
謝罪会見場。
フラッシュ。
記者。
マイク。
レイはスーツ姿で頭を下げていた。
「このたびは、弊社所属タレントの軽率な行動により、関係者の皆様、ファンの皆様にご心配とご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げますなのだぁ……」
田村が横から小声で言う。
「語尾」
「深くお詫び申し上げます」
レイは言い直した。
記者が聞く。
「社長として責任をどうお考えですか?」
「吾輩も知りたいのだぁ……」
「社長」
「責任を痛感しております」
記者が聞く。
「再発防止策は?」
「吾輩も知りたいのだぁ……」
「社長」
「教育体制を見直します」
記者が聞く。
「本人とは話されましたか?」
「本人が逃げてるのだぁ……」
「社長」
「現在、事実確認中です」
翌日。
ネットニュース。
『レイ社長、また謝罪会見』
『苦労人社長に同情の声』
『ピュア・クラウンは絶好調、事務所全体は問題山積』
『スターライト、光と闇が激しすぎる』
レイは社長室で記事を読んで泣いていた。
「光と闇なのだぁ……」
田村が言った。
「かなり正確ですね」
「正確なのが悲しいのだぁ……」
その時、三人が入ってきた。
瑠璃が丁寧に頭を下げる。
「社長、お疲れ様です」
「瑠璃ぃ……お主は今日も問題を起こしてないのだぁ……」
「はい」
「偉いのだぁ……」
ひまりが笑う。
「社長さん、また謝ってましたねぇ」
「ひまりぃ……お主は主演ドラマ一八%なのだぁ……」
「えへへぇ」
「偉いのだぁ……でも既婚者に近づくななのだぁ……」
「まだ言うんですかぁ?」
「一生言うのだぁ」
エミリアはソファに座った。
「で、今日は何回ハイタッチするの?」
「するのだぁ!」
レイは即座に立ち上がった。
「瑠璃!美少女死体バズ記念!」
ぱんっ。
「ひまり!視聴率一八%記念!」
ぱんっ。
「エミリア!二十万枚記念!」
ぱんっ。
「田村!吾輩を支えて偉い記念!」
田村は無視した。
「田村ぉ!?」
「仕事中です」
「冷たいのだぁ!」
スタッフたちは笑っていた。
事務所は混沌としていた。
だが、数字は良かった。
瑠璃の映画関連インタビューは増加。
エミリアの挿入歌は追加生産。
ひまりのドラマは第二話以降も高視聴率が期待されている。
ピュア・クラウンのグループ曲だけが、妙に沈んでいた。
レイはホワイトボードに書いた。
『結論:三人は単独だと強い』
田村が付け加えた。
『グループ戦略は再考』
エミリアがさらに書いた。
『三つの王冠は普通すぎた』
ひまりが余白に書いた。
『ピロローン王冠?』
瑠璃は綺麗な字で書いた。
『次回はより良い形で挑戦』
レイはそれを見て、深く頷いた。
「のだぁ……」
そして。
「次の曲はもっと攻めるのだぁ」
田村が警戒する。
「どの程度ですか」
「瑠璃は歌わない!」
「またですか」
「ひまりは少しピロローン!」
「危険です」
「エミリアは睨む!」
「曲です」
「そして吾輩が作る!」
「一番危険です」
会議室に笑いが起きた。
レイは胸を張った。
「コケても死なないのだぁ!」
「今回は死にかけていました」
「死にかけたけど生きてるのだぁ!」
それは確かだった。
ピュア・クラウンのデビュー曲はコケた。
だが三人は売れた。
所属タレントは不祥事を起こした。
レイは謝罪した。
それでも会社は回った。
芸能界はそういう場所だった。
成功と炎上。
歓声と謝罪。
ハイタッチと頭下げ。
その全部が一日に詰め込まれている。
レイは三人を見た。
瑠璃。
ひまり。
エミリア。
全員、去年より少し大人びていた。
そして全員、去年より売れていた。
レイはにやりと笑った。
「のだっ♡やっぱ吾輩の見る目は間違ってなかったのだぁ♡」
田村が言う。
「デビュー曲は失敗しました」
「そこは見ないのだぁ!」
「謝罪会見も増えました」
「そこも見ないのだぁ!」
「現実逃避ですね」
「経営者の精神安定術なのだぁ!」
その瞬間、レイのスマホが鳴った。
通知。
所属俳優のマネージャー。
『社長、すみません。本人がまた深夜に神社へ向かいました』
レイは無言で画面を見た。
そして。
「のだぁあああああああああああああああ!!」
社長室に絶叫が響いた。
瑠璃は困ったように微笑み。
ひまりは「神社好きなんですねぇ」と言い。
エミリアは「もう神主にしなよ」と言った。
田村は黙って謝罪文テンプレートを開いた。
今日もスターライト・ユニバースは平常運転である。
ピュア・クラウンの三人は大活躍。
社長レイはハイタッチと謝罪会見の往復。
成功しているのか、崩壊しているのか。
誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは。
数字は出ていた。
そしてレイは今日も泣きながら叫ぶ。
「吾輩の事務所、売れてるのに全然楽じゃないのだぁあああああ!!」




