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芸能事務所の若社長ですが、所属タレントが不祥事を起こしすぎて胃が限界です  作者: 雪だるま


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11/43

11 会議

 スターライト・ユニバース本社。


 第七会議室。


 その日、普段はそこまで使われない広い会議室に、異様な人数が集められていた。


 社長、田中レイ。


 秘書、田村。


 宣伝部。


 営業部。


 音楽制作部。


 マネージャー陣。


 外部作曲家。


 振付師。


 映像ディレクター。


 衣装担当。


 そして、問題の新人三人組。


 ピュア・クラウン。


 白鳥瑠璃。


 小鳥遊ひまり。


 エミリア・神崎。


 会議室の正面には、巨大ホワイトボード。


 そこには大きくこう書かれていた。


『ピュア・クラウン デビュー曲決定会議』


 普通なら華やかな会議である。


 新人グループの未来を決める大事な場。


 夢。


 戦略。


 音楽性。


 ブランド。


 世界観。


 すべてを詰めていく場所。


 しかし、社長レイは最初から涙目だった。


「のだぁ……」


 椅子に座ったまま震えている。


「この事務所の最重要新人たちなのだぁ……」


 会議室の全員が頷く。


 ピュア・クラウンは、確かに最重要新人だった。


 顔面だけなら近年トップクラス。


 瑠璃は雑誌とCMで既に業界注目。


 ひまりは意味不明なソロ曲『ピロローン300年』を三十万枚売った怪物新人。


 エミリアはドラマでバズった若手演技派。


 三人とも高校生。


 三人とも美少女。


 三人とも別方向に問題児。


 つまり、売れる可能性も高いが、燃える可能性も高い。


 レイは両手で頭を抱えた。


「吾輩だけじゃ決められないのだぁ!」


 田村が静かに言う。


「それは珍しく正しい判断です」


「よってぇええ!!」


 レイは立ち上がった。


 ばんっ、と机を叩く。


「お前らに責任を押し付けるために会議を始めるのだぁああああ!」


 会議室が凍った。


 宣伝部長が呟く。


「本音が出ましたね」


 音楽制作部長も呟く。


「普通は“皆で決める”と言う場面です」


 田村は資料を整えながら言った。


「社長、言い直してください」


「のだ?」


「社会人として」


 レイは咳払いした。


「えー、皆の知恵を借りたいのだぁ」


「はい」


「そして失敗したら皆の責任なのだぁ」


「言い直せていません」


 エミリアが椅子に足を組みかけ、田村の視線を受けて渋々足を下ろした。


「最初から責任逃れする社長ってすごいわね」


「経営者の危機管理なのだぁ!」


「ただの逃げ腰じゃん」


「吾輩の胃はもう限界なのだぁ!」


 ひまりは机の上の資料を眺めながら、ふわふわ言った。


「デビュー曲って、ピロローンじゃないんですかぁ?」


「違うのだぁ!」


 レイは即座に叫んだ。


「ピュア・クラウン全体をピロローンに沈めるななのだぁ!」


「沈むんですかぁ?」


「売れるかもしれないけど沈むのだぁ!」


 瑠璃は真面目に手を挙げた。


「社長」


「なんなのだぁ、瑠璃」


「私は、皆様の方針に従います。ただ、歌唱面でご迷惑をおかけする可能性が高いため、私のパートは少なめでお願いいたします」


 会議室が静かになった。


 あまりにも自覚がある。


 あまりにも謙虚。


 あまりにも痛々しい。


 レイは泣いた。


「瑠璃ぃぃぃぃ!!」


「はい」


「自分で言うななのだぁ!吾輩が傷つくのだぁ!」


「社長が傷つくのですか?」


「お主が現実を直視すると、吾輩も現実を見なきゃいけなくなるのだぁ!」


「それは必要なことでは?」


「必要だけど嫌なのだぁ!」


 田村が進行役として立ち上がった。


「まず、現在出ているデビュー曲案を確認します」


 モニターに資料が映る。


 案一。


『透明な王冠』


 コンセプト。


 正統派清楚系。


 白い衣装。


 爽やかなメロディ。


 三人の透明感を前面に出す。


 宣伝部長が説明した。


「ピュア・クラウンという名前に最も合っています。瑠璃さんのビジュアル、ひまりさんの柔らかい声、エミリアさんの華やかさを活かせます」


 レイは頷く。


「綺麗なのだぁ」


 田村も頷く。


「無難です」


 エミリアは資料を見ながら言った。


「無難すぎない?」


「お主、黙るのだぁ」


「だって、清楚な白い衣装で手を振るだけでしょ。つまんなくない?」


「それが安全なのだぁ!」


「安全だけで売れる?」


 レイは詰まった。


「のだぁ……」


 エミリアは続けた。


「瑠璃はそれで映えるけど、ひまりは変な曲で売れたんでしょ。私はドラマでバズったし。三人とも既に清楚一本じゃないじゃん」


 会議室が微妙にざわついた。


 痛いところだった。


 レイは耳を塞いだ。


「聞こえないのだぁ……ピュア・クラウンは正統派清楚系なのだぁ……」


 エミリアが冷たく言う。


「社長が一番信じてないでしょ」


「信じてるのだぁ!」


「じゃあ何で瑠璃以外のCMを制御してるの?」


「違約金が怖いからなのだぁ!」


「ほら」


「のだぁああああ!」


 田村は冷静に次へ進めた。


 案二。


『ピロローン・クラウン』


 作詞作曲。


 田中レイ。


 説明欄。


『ひまりの成功をグループに拡張。中毒性重視。意味はない。かわいい。売れそう。吾輩天才。』


 会議室が静まり返った。


 田村が資料を読み上げながら、眉間を押さえた。


「社長」


「なんなのだぁ」


「この案、誰が入れましたか」


「吾輩なのだぁ♡」


「却下です」


「まだ説明してないのだぁ!」


「説明欄に“意味はない”と書いてあります」


「意味がないから売れることもあるのだぁ!」


 ひまりは嬉しそうだった。


「ピロローンですねぇ」


「ひまりは黙るのだぁ!お主が歌うと売れそうで怖いのだぁ!」


 音楽制作部長が恐る恐る言った。


「ただ、数字だけ見れば、ピロローン路線は無視できません。新人ソロで三十万枚は異常です」


 レイは胸を張った。


「ほら見ろなのだぁ!吾輩の才能なのだぁ!」


 エミリアが言った。


「でも三人でそれやるの?」


「のだっ」


「瑠璃が真顔でピロローン歌うの?」


 全員が想像した。


 白いドレスの瑠璃。


 圧倒的美貌。


 完璧な姿勢。


 澄んだ瞳。


 そして。


『ピロローン♪ 三百年後もピロローン♪』


 会議室が微妙な空気になった。


 レイは震えた。


「神聖な儀式みたいになるのだぁ……」


 田村が言う。


「売れる可能性はありますが、ピュア・クラウンの初手としては危険です」


 レイは悔しそうに座った。


「吾輩の天才曲が……」


 次。


 案三。


『ガラスの放課後』


 コンセプト。


 高校生らしさ。


 制服風衣装。


 青春。


 友情。


 少し切ないメロディ。


 営業部長が説明した。


「三人とも高校生という強みを活かします。親近感が出ますし、学校生活との両立も話題にできます」


 レイは固まった。


「高校生……」


 田村が鋭く見る。


「社長、また忘れていましたか?」


「忘れてないのだぁ!」


「本当ですか」


「たぶん覚えてたのだぁ!」


「最低ですね」


 瑠璃は頷いた。


「学生らしさを出すのは良いと思います」


 ひまりも笑った。


「放課後って可愛いですねぇ」


 エミリアは少し嫌そうだった。


「制服風か……」


 レイは指差した。


「お主、元ヤン感を出すななのだぁ!」


「出してないし」


「制服を着た瞬間に過去が漏れそうなのだぁ!」


「失礼ね」


 衣装担当が慎重に言った。


「エミリアさんは少し大人っぽい制服アレンジにすれば、違和感は抑えられます」


「抑える方向なのだぁ……」


 田村はメモした。


「現実的な候補です」


 次。


 案四。


『三つの王冠』


 コンセプト。


 三人の個性を分ける。


 瑠璃=透明な王冠。


 ひまり=夢見る王冠。


 エミリア=強い王冠。


 曲中で三人それぞれの見せ場を作る。


 音楽制作部長が説明する。


「三人の個性がかなり違うので、無理に同じ清楚像に押し込まず、それぞれを王冠というモチーフで統一する案です」


 田村は頷いた。


「悪くありません」


 レイも考え込む。


「のだぁ……三人の差をごまかさない作戦なのだぁ」


「ごまかさないというより、活かす方向です」


「しかし瑠璃の歌唱力は?」


「短い台詞調パート、または囁きに近い導入にします」


「のだっ!?」


 レイは目を輝かせた。


「歌わせないのだぁ!?」


「歌ではなく、語りに近くします」


「天才なのだぁ!」


 瑠璃は少し申し訳なさそうにした。


「私だけ語りでよろしいのでしょうか」


「よろしいのだぁ!」


 レイは力強く言った。


「瑠璃は歌わず世界観を作るのだぁ!お主は存在がイントロなのだぁ!」


「存在がイントロ……」


 瑠璃は真面目に受け止めようとしていた。


 エミリアがぼそっと言う。


「また変な肩書き増えた」


 ひまりは楽しそうだった。


「ひまりは夢見る王冠ですかぁ?」


「そうなのだぁ。お主はピロローン成分を少しだけ担当なのだぁ」


「少しだけピロローンですねぇ」


「少しだけなのだぁ!全体を侵食するななのだぁ!」


 案五。


『お願い、王子様』


 コンセプト。


 王道アイドル。


 可愛い恋愛ソング。


 振付もキャッチー。


 ファン受け重視。


 これを見た瞬間、レイは両手で資料を破りそうになった。


「却下なのだぁ!」


「まだ説明していません」


「却下なのだぁ!」


 宣伝部員が困る。


「なぜですか?」


「熱愛を連想させるのだぁ!」


「アイドルソングでは普通です」


「普通が怖いのだぁ!」


 レイはホワイトボードに大きく書いた。


『熱愛禁止っぽく見えるけど、恋愛曲は売れる。だが炎上時に刺される。』


「見ろなのだぁ!」


 田村は冷静に言った。


「それは少し分かります」


「分かるのだぁ!?」


「今のピュア・クラウンの状況では、恋愛ソングを初手にすると、本人たちのスキャンダル時に過去映像として擦られます」


「そうなのだぁ!」


 レイは震えた。


「特にひまりなのだぁ!“お願い、既婚者様”になるのだぁ!」


「なりません」


「なるのだぁ!」


 ひまりは首を傾げた。


「王子様って既婚者なんですかぁ?」


「違うのだぁ!その発想をやめるのだぁ!」


 会議室が一気に疲れた。


 案六。


『無敵の三人』


 コンセプト。


 エミリア中心。


 強めのビート。


 歌とダンスで見せる。


 海外風。


 レイは資料を見て渋い顔をした。


「エミリアは似合うのだぁ」


 エミリアが少し得意げにする。


「でしょ」


「ひまりも歌はなんとかなるのだぁ」


「えへへぇ」


「瑠璃が事故るのだぁ」


 瑠璃は静かに頭を下げた。


「申し訳ございません」


「謝るななのだぁ!顔が良いから許されるのだぁ!」


 振付師が言った。


「この案なら、瑠璃さんは中央で少ない動きにして、エミリアさんを大きく動かす構成も可能です」


「それだと瑠璃が置物になるのだぁ」


 田村が小声で言う。


「既にその方向では?」


「言い方なのだぁ!」


 エミリアは資料を見ながら言った。


「私はこれでもいいけど、グループのデビュー曲としては強すぎる気がする」


 全員がエミリアを見た。


「のだ?」


「何よ」


「まともな意見なのだぁ」


「私を何だと思ってるの?」


「問題児なのだぁ」


「後で覚えてなさい」


 田村は淡々とメモした。


「エミリアさんの指摘は正しいです。初手で強い路線に寄せすぎると、瑠璃さんとひまりさんの魅力が薄くなります」


 レイは腕を組んだ。


「難しいのだぁ……」


 会議は長引いた。


 一時間。


 二時間。


 三時間。


 ピュア・クラウンのデビュー曲は決まらない。


 レイはどんどん弱っていった。


「もう嫌なのだぁ……」


 机に突っ伏す。


「デビュー曲なんて全部怖いのだぁ……」


 田村が言う。


「社長、責任を押し付けるための会議では?」


「押し付ける相手が多すぎて逆に責任の所在が分からなくなったのだぁ……」


「本末転倒ですね」


 その時、瑠璃が静かに口を開いた。


「あの」


 全員が見る。


「私は、『三つの王冠』が良いと思います」


 レイが顔を上げた。


「のだ?」


 瑠璃は続ける。


「私たちは三人とも得意なことも不得意なことも違います。無理に同じ形に見せるより、それぞれの違いを見せた方が、長く続けられる気がします」


 会議室が静かになった。


 ひまりも頷いた。


「ひまりもそれがいいですぅ。三人で違う方が楽しいですしぃ」


 エミリアは少し肩をすくめた。


「まあ、清楚一本で嘘つくよりはマシね」


「お主、言い方なのだぁ」


「でも本当でしょ」


「本当だけど言い方なのだぁ!」


 田村が資料を見直す。


「実際、現時点で最もリスクが少なく、展開もしやすいのは『三つの王冠』です。瑠璃さんの歌唱負担を抑え、ひまりさんの歌声を活かし、エミリアさんの表現力も使えます」


 音楽制作部長も頷く。


「曲としても作れます。サビは三人でユニゾンにしますが、瑠璃さんの音域はかなり狭く取れます」


 レイが震えた。


「音域が狭い……素晴らしい響きなのだぁ……」


「褒め言葉ではありません」


「今の吾輩には最高の褒め言葉なのだぁ」


 宣伝部長も言った。


「キャッチコピーは、“三人三色の王冠を持つ少女たち”でいけます」


 営業部長も頷く。


「CM、雑誌、音楽番組、それぞれ説明しやすいです」


 振付師も言った。


「振付も三人の個性を出せます。瑠璃さんは静、ひまりさんは柔、エミリアさんは動」


 レイは椅子から立ち上がった。


「のだぁ……」


 目に光が戻る。


「決まったのだぁ……?」


 田村が頷く。


「決めるなら今です」


 レイはホワイトボードの前に立った。


 そして。


『三つの王冠』


 と大きく書いた。


「よしなのだぁ!」


 ばんっ。


「ピュア・クラウンのデビュー曲は『三つの王冠』なのだぁ!」


 会議室に拍手が起きた。


 やっと決まった。


 長かった。


 ひまりは拍手しながら笑った。


「わぁ、王冠ですぅ」


 瑠璃は丁寧に頭を下げた。


「精一杯努めます」


 エミリアは少しだけ笑った。


「まあ、悪くないんじゃない」


 レイは満足そうに頷いた。


「のだっ♡これで責任は全員なのだぁ♡」


 拍手が止まった。


 田村が冷たく言う。


「社長」


「なんなのだぁ」


「最後に台無しにしないでください」


「のだぁ……」


 しかし、会議は終わらなかった。


 むしろここからが本番だった。


 曲調。


 歌詞。


 パート割り。


 MV。


 衣装。


 振付。


 宣伝文句。


 音楽番組用の短縮版。


 瑠璃の歌唱補正。


 ひまりのピロローン成分の抑制。


 エミリアの強すぎる目つきの制御。


 問題は山ほどあった。


 レイは資料を見て、再び震えた。


「のだぁ……」


 田村が聞く。


「どうしました」


「決めたら決めたで、仕事が増えたのだぁ……」


「当たり前です」


「会議って怖いのだぁ……」


「社長の仕事です」


 レイは三人を見た。


 瑠璃は真面目に歌詞案を読んでいる。


 ひまりは余白に謎の王冠の絵を描いている。


 エミリアは仮歌の資料を見ながら、既に自分の見せ方を考えている。


 三人とも。


 違う。


 全然違う。


 だが。


 だからこそ。


 売れる可能性があった。


 レイは小さく笑った。


「のだぁ……」


 田村が珍しそうに見る。


「社長?」


「なんでもないのだぁ」


「変なことを考えていませんか」


「考えてないのだぁ」


 レイは少しだけ胸を張った。


「ピュア・クラウン、売るのだぁ」


 田村は淡々と返した。


「そのためには、まずちゃんと働いてください」


「急に現実に戻すななのだぁ!」


 その日の夕方。


 スターライト・ユニバース本社には、正式な制作指示が出された。


 ピュア・クラウン。


 デビュー曲。


『三つの王冠』


 清楚だけではない。


 不思議だけでもない。


 強さだけでもない。


 三人の違いを、そのまま売る。


 それが結論だった。


 そして社長室では。


 レイが一人、ホワイトボードを見ながら呟いていた。


「のだぁ……失敗したら皆の責任……成功したら吾輩の手柄……」


 その背後から田村の声。


「聞こえています」


「のだぁああああ!?」


 こうして、責任逃れから始まったデビュー曲会議は、なぜかそれなりにまともな結論を出して終わったのだった。

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