10 エミリアのスキャンダル
スターライト・ユニバース本社。
朝六時。
社長室。
田中レイは。
死んでいた。
「…………」
机に突っ伏していた。
目が死んでいた。
魂もだいたい死んでいた。
理由。
週刊誌。
表紙。
『人気急上昇中の清純派女優エミリア・神崎
現場スタッフへの高圧的態度を激写』
写真付き。
逃げ場なし。
言い訳しにくい。
最悪だった。
「のだぁ……」
レイは震えた。
「まずいのだぁ……」
さらに震えた。
「めちゃくちゃまずいのだぁ……」
田村は隣でコーヒーを飲んでいた。
「はい」
「次の主演映画なのだぁ……」
「はい」
「優しい女の子役なのだぁ……」
「そうですね」
「終わったのだぁ……」
レイは椅子から転げ落ちた。
記事の内容。
撮影現場。
スタッフが機材の準備をミス。
エミリア。
『それ三回目ですよね?』
写真。
エミリア。
腕組み。
怖い顔。
完全に怖い。
記事。
『現場は凍りついた』
『若手スタッフは泣きそうになっていた』
『清純派の仮面が剥がれた』
『関係者騒然』
レイ。
机を叩く。
「仮面とか言うななのだぁあああ!!」
田村。
冷静。
「社長」
「なんなのだぁ」
「ちなみにスタッフは泣いてません」
「のだ?」
「むしろそのスタッフ、五十代です」
「のだ?」
「二十年以上業界にいます」
「のだ?」
「記事が盛っています」
「のだぁ!!」
少し希望が見えた。
だが。
問題はそこではなかった。
写真が強すぎた。
エミリア。
美少女。
だが。
めちゃくちゃ睨んでいた。
元ヤンの残滓が見えていた。
レイは頭を抱えた。
「のだぁ……」
「はい」
「これは優しい女の子ではないのだぁ……」
「世間から見るとそうですね」
「困ったのだぁ……」
そこへ。
エミリア本人が入ってきた。
「おはよ」
「おはようじゃないのだぁあああ!!」
レイ。
即座に叫ぶ。
「お主ぃぃぃぃ!!」
「何よ」
「なんで睨むのだぁ!」
「ミス三回目だったし」
「だからって睨むななのだぁ!!」
「だってミスだったし」
「芸能界ではそれを笑顔で言うのだぁ!!」
エミリア。
真顔。
「面倒くさい」
「ほらなのだぁ!!」
レイ。
絶望。
「こういうところなのだぁ!!」
田村。
小さくため息。
「社長」
「なんなのだぁ」
「映画会社から連絡が来ています」
「のだぁ?」
「状況説明を求めています」
「うぇええええん!!」
レイ。
崩壊。
ソファへ倒れ込む。
「吾輩、謝罪会見嫌なのだぁ……」
しかし。
仕事は待ってくれない。
宣伝部。
緊急会議。
営業部。
緊急会議。
映画会社。
確認要請。
スポンサー。
様子見。
会議室は戦場だった。
レイ。
ホワイトボードを握る。
「対策なのだぁ!!」
大きく書く。
『エミリア優しい作戦』
田村。
頭を抱える。
「嫌な予感しかしません」
「優しい情報を流すのだぁ!!」
レイ。
叫ぶ。
「優しいエピソードを集めるのだぁ!!」
社員たち。
一斉に調査開始。
三十分後。
結果。
「社長」
「なんなのだぁ」
「ありません」
「のだ?」
「ありません」
「のだ?」
「優しいエピソード」
「ないのだぁ?」
「ないです」
レイ。
固まる。
「のだ?」
宣伝担当。
「ドラマ現場で共演者を泣かせました」
「違うのだぁ!」
「泣く演技の指導です」
「紛らわしいのだぁ!!」
別の社員。
「スタッフに差し入れしました」
「あったのだぁ!」
「ただし」
「ただし?」
「量が多すぎて搬入係が死にかけました」
「優しさが雑なのだぁ!!」
さらに。
「猫を助けたことがあります」
「のだっ♡」
「道路の真ん中で寝ていた猫を抱えて移動」
「素晴らしいのだぁ!」
「ただし」
「またただしなのだぁ!?」
「猫に引っかかれて猫の方を睨んでました」
「台無しなのだぁ!!」
会議室。
沈黙。
レイ。
震える。
「なにぃ……」
そして。
絶望。
「そんなものないのだぁあああああああああ!!」
社員たち。
全員頷く。
「困ったのだぁああああ!!」
その時。
瑠璃が入ってきた。
「失礼します」
救世主だった。
レイ。
即座に振り返る。
「瑠璃ぃぃぃぃ!!」
「はい?」
「エミリアの優しい話ないのだぁ!?」
瑠璃。
少し考える。
「あの」
「あるのだぁ!?」
「私が歌の練習で落ち込んでいた時」
全員。
注目。
「エミリアさん、慰めてくださいました」
会議室。
静まる。
「のだ?」
瑠璃。
続ける。
「『別に歌えなくても顔が強いじゃん』と」
沈黙。
レイ。
固まる。
「慰めなのだぁ?」
瑠璃。
本気で頷く。
「私は嬉しかったです」
「瑠璃が優しすぎるのだぁ……」
エミリア。
少し気まずそう。
「別に普通でしょ」
その時。
ひまりも来た。
「ひまりもありますよぉ」
「あるのだぁ!?」
「ひまりが迷子になった時」
「うん」
「エミリアちゃん、迎えに来てくれましたぁ」
「のだっ♡」
希望。
「そのあと何時間説教されたか覚えてませんけどぉ」
「のだぁ……」
微妙だった。
しかし。
田村はメモした。
『面倒見は良い』
そして。
少しずつ集まる。
不器用な優しさ。
雑な優しさ。
怖いけど助ける。
口は悪いけど放置しない。
そんな話。
レイ。
希望を見出す。
「これなのだぁ!!」
立ち上がる。
「エミリアは優しいのだぁ!!」
社員。
微妙な顔。
「優しいというより」
「面倒見が良いですね」
「兄貴分ですね」
「姉御肌です」
レイ。
考える。
「のだぁ……」
そして。
叫ぶ。
「優しい姉御系美少女なのだぁ!!」
「路線変わってません?」
「変わったのだぁ!!」
レイ。
本気。
「もう清楚一点突破は無理なのだぁ!!」
「諦めましたね」
「だから方向転換なのだぁ!!」
エミリア。
呆れ顔。
「勝手ね」
「芸能界は生き残った方が勝ちなのだぁ!」
田村。
資料を閉じる。
「実際、完全否定より現実的です」
「そうなのだぁ!」
レイ。
少し元気になる。
「優しい女の子役も何とかなるのだぁ!」
「本当ですか?」
「映画の中だけ優しくするのだぁ!」
「最低ですね」
「演技なのだぁ!!」
その日の夜。
ネットには。
共演者たちのコメントが少しずつ出始めた。
『怖そうに見えるけど面倒見が良い』
『差し入れが豪快』
『相談すると意外と真面目に聞いてくれる』
『口調は厳しいけど根は優しい』
レイ。
スマホを見ながら泣く。
「助かったのだぁ……」
エミリア。
隣で呟く。
「別に普通のことしかしてないけど」
「それなのだぁ!!」
レイ。
叫ぶ。
「普通のことを普通にやるのが芸能界でどれだけ貴重か知らないのだぁ!!」
瑠璃。
静かに頷く。
ひまり。
「えへへぇ」
エミリア。
少しだけ照れたように顔を逸らした。
そしてレイは思った。
(やっぱり問題児なのだぁ……)
だが。
(思ったより良い問題児なのだぁ……)
その結論に至ったのであった。




