表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霞が関の月と地獄の艦隊〜地獄を知らぬ天才補佐官、伝説の猛者共を率いて国際政治をぶち抜く。なお、金曜日は全員カレーの模様〜  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

EP 8

阿修羅の法廷

 ダージリンの華やかな香りが、冷え切った会議室にふわりと漂った。

「さあ、どうぞ。自家製のスコーンです。クロテッドクリームをたっぷり乗せるのが、一番美味しいんですよ」

 外務省・特別応接室。

 日本政府・首席国際法務官の桜田リベラは、完璧な淑女の微笑みを浮かべて、ボーンチャイナのティーカップをテーブルに置いた。

 向かいに座るのは、顔をしかめるロシア大使オルロフと、薄笑いを浮かべる中国大使の張だ。

 彼らは「緊急の国境協議」という名目で呼び出されていた。

「桜田法務官。お茶会のお誘いなら他所でやっていただきたい」

 オルロフが苛立たしげにテーブルを叩く。

「現在、我が国の『民間海洋調査団』が、貴国の武装勢力——自衛隊によって不法に包囲されている。彼らに手を出せば、我が国は自国民保護のために、あらゆる手段を講じる準備がある」

「民間、ですか」

 リベラはスコーンにクリームを塗りながら、小首を傾げた。

「ええ、民間です。いかなる理由があれ、正規軍が民間人に銃口を向ければ、それは国際法違反の『戦争犯罪』だ。お分かりかな?」

 張大使が、扇子を弄りながら冷酷に告げる。

 彼らの狙いは明白だった。

 信長たち自衛隊に「民間人を攻撃させた」という既成事実を作り、堂々と軍事介入するための大義名分を得ること。

 だが、リベラは慌てるどころか、ふふっ、と優雅に笑った。

 そして、傍らに立つ日野輝夜に視線を送る。

「では、日野補佐官。例の書類を」

「はい」

 輝夜がテーブルの中央に滑らせたのは、分厚い不動産登記簿と、英語で書かれた一枚の契約書だった。

「……何だ、これは」

「たった三十分前に締結された、該当の無名島における『完全な土地所有権』の譲渡契約書です」

 輝夜が淡々と説明する。

「買い手は、桜田財閥傘下の環境保護財団。そして、代理交渉人はフリーコンサルタントの力武義正氏。彼が、島に独自の利権を持っていた海外のダミー会社から、時価の三倍という法外な値段で全権利を買い上げました」

 オルロフと張の顔から、余裕の色が消え去る。

「つまり、あの島は現在、純然たる『日本の私有地』であり、『自然保護区』です」

 リベラが、ティーカップをコトリと置いた。

 その瞬間、彼女が纏っていた温和な空気が、氷点下まで凍りついた。

 リベラの脳裏に、息子の優太の寝顔がよぎる。

(この子に、戦争のサイレンを聞かせるわけにはいかない。地獄の炎を、この国に降らせるわけにはいかない——!)

 心臓の奥で、かつて関東一帯を震え上がらせた「修羅」の血が沸騰する。

 リベラは、純白のレースの手袋を外すと、テーブルに両手をつき、二人の大国大使を射抜くように睨みつけた。

「民間人、と仰いましたね。結構です。ならば、あの島にいる完全武装の男たちは、他国の私有地に不法侵入し、自然保護区を荒らしている『ただの密猟者』にして『重犯罪者』です」

「なっ……! 詭弁だ! そんな子供騙しの法解釈が——」

「通ります。私が通すのよ」

 リベラの声が、ドスの効いた低いものに変わる。

 法の女神の仮面が割れ、血の通った阿修羅が顔を出した。

「重犯罪者が自動小銃で武装している以上、地元警察では対応不可能。よって、現行の国内法に基づき、自衛隊は『治安出動』として彼らを【逮捕】します。……これは軍事衝突せんそうじゃありません。ただのお巡りさんの、お仕事です」

「貴様ら……正気か!」

 オルロフが立ち上がるが、リベラは冷酷な笑みを深めた。

「そちらこそ、よくお考えになって。ただの密猟者が逮捕された程度で、国軍を動かしますか? もし動かせば、今度はあなた方の国が、国際法をガン無視した『侵略国家』として世界中から経済制裁を受けることになりますよ」

 完璧な、詰み(チェックメイト)だった。

 輝夜の立案した「戦争の枠組み自体を書き換える」という異常な戦略。

 義正の「金」による強引な盤面の構築。

 そして、リベラの「法」という名の絶対的な暴力。

 これらが一つに重なり、大国が仕掛けた地獄の罠を、見事に粉砕したのだ。

「……見事だ」

 張大使が、扇子をパチンと閉じた。

 怒りを通り越し、どこか感嘆したような声だった。

「法と経済を刃とし、血を一滴も流さずに退路を断つとは。……霞が関には、恐ろしい魔女が棲んでいるらしい」

「魔女ではありません」

 ずっと黙っていた輝夜が、静かに口を開いた。

「私はただ、皆が明日も笑って過ごせる世界を作りたいだけです。あなた方の国の方々にとっても、兵士が死なないことは、同じように利益のはずです」

 輝夜の、一切の嘘がない透明な言葉。

 その純粋な「月」の光に当てられ、二人の大使は何も言えずに部屋を後にした。

     *

「……終わりましたね」

 応接室に二人きりになると、リベラはふうっと息を吐き、ソファに深く沈み込んだ。

 額には薄っすらと汗が浮かんでいる。

「リベラさん。見事な法廷戦術でした」

「やめてよ、心臓バクバクだったわ。……でも、これで信長くんを、一発の銃弾も撃たせずに連れて帰れる」

 リベラは冷めた紅茶を一口飲み、ふわりと、いつもの聖母のような微笑みを取り戻した。

「輝夜ちゃん。あなたの描く世界は、本当に無茶苦茶で、最高に綺麗ね」

「私の力ではありません。皆さんが、あの暗闇の中で道を切り拓いてくれたからです」

 南の島では今頃、銃を下ろし、呆然とする信長たちの姿があるはずだ。

 血を流さずに勝利する。

 地獄を知る男たちに、新しい戦い方を示した瞬間だった。

 だが、安堵する輝夜の背後に、さらなる巨大な影が忍び寄っていることを、彼女たちはまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ