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霞が関の月と地獄の艦隊〜地獄を知らぬ天才補佐官、伝説の猛者共を率いて国際政治をぶち抜く。なお、金曜日は全員カレーの模様〜  作者: 月神世一


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EP 7

修羅の法解釈

「……ダメだ! 資金のルーティングが弾かれる!」

 防衛省地下。

 モニターの乱舞する赤い警告を前に、力武義正が舌打ちをした。

「蘭が作った反射ウイルスの起動と同時に、五兆円規模の超高速空売り(ショート)を仕掛けるプログラム自体は完成した。だが、これを実行するには、日本の金融庁とアメリカのSEC(証券取引委員会)の監視網を突破しなきゃならねえ」

 義正は、キーボードを乱暴に叩きながら赤マルの煙を吐き出した。

「当然だが、国家規模の相場操縦にインサイダー取引、おまけにサイバーテロの幇助だ。国際金融法違反どころの騒ぎじゃねえ。実行ボタンを押した〇・一秒後に、世界の全取引所から俺たちのアクセス権が自動凍結されて終わりだ!」

 どれほど完璧な破壊の剣を作ろうと、それを振るうための「法的許可(アクセス権)」がなければ、鞘から抜くことすらできない。

 システムが構築した「法」という絶対の壁の前に、義正の手が止まる。

 その時だった。

「——あら。行き詰まっているようね、義正くん」

 緊迫した管制室に、ふわりと、場違いなほど甘いダージリンと焼き菓子の香りが漂った。

 桜田リベラ。

 日本政府・首席国際法務官にして、巨大財閥の令嬢。

 彼女は、純白のレース手袋をはめた手で、銀色のトレイに乗せたマドレーヌを義正のデスクにコトリと置いた。

「リベラさん。ティータイムの時間はとうに過ぎて——」

「誰が、違法だと言ったのかしら?」

 リベラは、聖母のような微笑みを浮かべたまま、もう片方の手で抱えていた分厚いバインダーを、ドンッ!と義正の前に叩きつけた。

 キーボードが跳ね上がるほどの重量感。

「これは……?」

「たった今、内閣府の特命承認を取り付けた『国家安全保障を理由とする、超特例的金融措置法案』の解釈文書よ。もちろん、総理のハンコも無理やり押させてきたわ」

 リベラは、トレイからマドレーヌを一つ摘み、優雅に口へ運ぶ。

「現行の国内独占禁止法、および外為法には、『国家の存立を揺るがす重大な危機に際しては、政府の権限においてあらゆる経済活動を制限・統制できる』という条文があるわ。私はこれを、防衛(守り)ではなく攻撃(攻め)に裏返したの」

「裏返した……?」

「ええ。つまり、これから義正くんが行う五兆円の空売りは、相場操縦でもインサイダー取引でもない。『日本国政府が公式に行う、国家防衛のための正当な金融オペレーション』よ。これで、国内の金融庁があなたのアカウントを凍結する法的根拠は完全に消滅したわ」

 義正は、目を見開いた。

 屁理屈にも程がある。だが、法廷において「法解釈」とは絶対のルールだ。彼女は今、この数時間で、日本の法律そのものを自分たちに都合の良いように『改造』してのけたのだ。

「待てよ、日本の法律はクリアできても、アメリカのSECや世界の取引所が黙っちゃ——」

「黙らせるのよ」

 リベラの声の温度が、急激に下がった。

 温和な聖母の仮面がひび割れ、かつて関東の夜を支配した「元レディース」の凄みが、チリチリと空気を焦がす。

「我が桜田財閥が持つ、世界の金融機関の大株主としての議決権をすべて行使したわ。各国の取引所のシステム監査部門に、我が息のかかった役員を一斉に送り込み、エラー検知システムを『四十八時間だけ』物理的に停止させた。……SECの査察が入る頃には、敵の市場は焼け野原よ」

 狂っている。

 国家と財閥の全権力を私物化し、世界のルールそのものを暴力的にねじ曲げる。

 法を司る者が絶対に行ってはならない、究極の「禁じ手」。

 輝夜は、息を呑んでリベラを見つめた。

「リベラさん……もしこれが明るみに出れば、あなたは国際法廷で裁かれることになります。桜田財閥も、無事では済まない……」

「輝夜ちゃん」

 リベラは、輝夜を振り返り、柔らかく微笑んだ。

 その瞳の奥には、狂気的なまでの「母の愛」が燃え盛っていた。

「私の可愛い優太がね、『ママ、明日もカレー食べたいな』って笑って寝たのよ。あの子が住む世界に、よその国の爆弾が降ってくるかもしれない。……そんなの、絶対に許さない」

 リベラは、純白の手袋を外し、義正のデスクに手をついた。

「あの子の明日を守るためなら、私は世界中の法律をゴミ箱にぶち込んで、国の一つや二つ、合法的に乗っ取ってあげる。……私は、修羅になるって決めたのよ」

 その圧倒的なエゴイズムと覚悟に、義正は背筋にゾクゾクとする悪寒と、極上の高揚感を同時に覚えた。

 法の女神自らが、目隠しを外し、剣を構えて道を切り拓いたのだ。

「……ハッ。恐ろしいお袋殿だぜ。これじゃあ俺も、言い訳できねえ」

 義正は、黄金色のコーヒーキャンディをボリッと噛み砕いた。

 エンターキーの上に、指が置かれる。

「蘭。ウイルスの照準、敵の中央銀行のメインフレームに合ってるな?」

「ん。いつでも、すべてを壊せる」

「姫君。命令を」

 全員の視線が、日野輝夜に集まる。

 ナイフを握りしめ、泥を被る覚悟を決めた、新しい女王。

「……作戦行動ブラック・スワン実行エンゲージ

 ターンッ!!

 義正と蘭の指が、同時にキーボードを叩き割る勢いで振り下ろされた。

 法の鎖を解き放たれた五兆円の空売りプログラムと、防衛省の防壁を利用した反射ウイルスが、光の速さで海底ケーブルを駆け抜け、大国の中枢へと牙を剥いた。

 世界経済の「心臓」が、凍りつく瞬間だった。

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