八話:買い物デート
「うー……おはよー」
「ああ、おはよう」
穏やかな朝、階段からどんよりとしたメアリーが降りてきた。明らかに不機嫌そうだ。生理か?
「酷い顔だぞ、大丈夫か?」
「悪夢を、見たわ……酷い気分」
「そうか……ベーコンがあるぞ、たまごは焼くか?」
「お願い……トマトソース掛けて……」
苦手だったはずでは?という言葉を呑み込み、俺はキッチンに入り用意をした。
炎の魔術で鉄の浅鍋を熱しながら、地下の食糧庫を開く。
「二人は?」
「チックは散歩、トーファは買い物だ」
メアリーは眠たそうに目を擦り、あくびをした。
寝ぼけてる方が良好に会話できているじゃないか……一生寝ぼけててくれねえかな。
鍋に入れたベーコンを焼きながら、俺はコップを取り出し魔術で冷水を入れた。
「水」
メアリーの短い要求に、俺はすかさず冷水を差し出した。
我ながら完璧なタイミングだな……。
キッチンに戻りベーコンをひっくり返し、卵を割って別の鍋に入れる。ヘラで卵を崩し、油を少し入れて優しく混ぜた。
メアリーは俺の出した水を当然の様な顔をしてクピリと飲んでいた。
そこで一息つき、ようやく俺と喧嘩……いや俺を嫌っていた事を思い出したのか、ハッと息を呑み俺を睨みだした。
俺は気づかない振りをしながらベーコンとスクランブルエッグを皿に乗せ、メアリーの前に置く。
「あ、あの、私」
「すまん、洗い物をしたいから後にしてくれ」
何か言おうとするメアリーを遮り、俺はサッとキッチンに引っ込んだ。飯は人を穏やかにする。機嫌を取れ、とにかく機嫌を取れ、細かいことはゴマを擦り終わってからだ。
メアリーが癇癪を起こし食事を台無しにする可能性も考えていたが、どうやら大人しく食う事にしたらしい。
俺は使い終わった調理器具なんかを洗いながら、内心で嘲笑する。
本気で嫌われたいなら食事を作らせた後ゴミ箱に捨てろ、甘ちゃんが。皿を投げ捨て掃除をさせろ。弁償を拒否しろ。礼をしろと言われたら金を地面にばら撒き高慢に傲慢に見下せ。
クソみてえな貴族を真似すれば俺はすぐにぶん殴って躾けてやろうというのに、なぜ中途半端に良い子ちゃんぶるのか。まったく意味が分からん。
洗い終わった食器から水を拭き取り、メアリーが食事を終えた頃。俺はキッチンからメアリーに声を掛ける。
「髪、服。ボサボサにヨレヨレだ、さっさと支度をしろ」
「……はあ?今日は外に出る予定なんてないでしょ?」
不機嫌そうに言うメアリーに、俺はあからさまにため息を吐きつつ言った。
「外に出なくとも身綺麗にはしておけ、普段の生活に滲み出る。それに、今日は外出するぞ」
面倒くさそうに顔を背けるメアリーは、一応自分の格好が良くないとは認識しているらしい。モソモソ文句を言いつつ、強くは言い返してこない。
支度を終えたら街を歩く。
機嫌を取るだけではダメだ、俺は俺の価値を証明して、メアリーに求められなければならない。
つまりは……お買い物デート作戦だ。
***
不機嫌な顔を作るメアリーと共に市場を歩く。
市場では様々な物が売っていた。肉や薬草なんかの無難な物や、呪われてそうなペンダント、理論が怪しい民間魔術教本。
装飾過敏なナマクラナイフ。エンチャントされてる風の包丁。
くう〜!コレコレ!詐欺まがいのぼったくりは良い、ゴミを自信満々に紹介する詐欺師共は見てて気分が良くなる。
同時に自信満々にゴミを買って帰ってくるチックを思い出し、気落ちした。褒められて当然みたいな顔したのもむかつく要素の一つだったな……。
「……」
メアリーは不機嫌そうな顔を作り、私不機嫌ですよって感じの雰囲気を醸し出している。
当然そんなものは関係無い。メアリーがつまらなそうにしていようが、俺はメアリーを楽しませる。俺には出来る。
俺は早速露天の一つに立ち寄り、魔球を買った。
店主とぺちゃくちゃお喋りしている間、メアリーは腕を組み俺をじいっと見つめていた。
「待たせたな」
「……別に」
言葉少なに答えるメアリー、俺が歩き出すと、同じ様に続く。
しかし今度は俺と並走している。さっきは俺の斜め後ろを歩いていたというのに。
なぜか?当然メアリーが好きそうなオモチャを買ったからだ、言葉や態度で興味は示さないが、それはそれとして見たいのでこっそり見る。そんな所だろう?
俺はそれに気づいている、ならば当然……見せびらかしてやろう。
買った魔球は手のひらサイズの球体だ、無色透明で、中心部に小さな赤い球が入っている。
俺は魔力を込めた、ガラス玉の様な透明な球体の中で、赤色の球が蠢く。赤色の球から外側の透明な球体部分に、炎の様なエフェクトが漏れ出した。
魔力を練って氷の魔力にすれば、中の球体は青みがかっていった。
水と氷の魔力を込め、ついでに魔力を良い感じに操作する。
内部の球は青と薄青のマーブルカラーに変わり、雪が出てくる。
この魔球かなり完成度が高いな……当たりだった様だ。
普通の品質であればすぐに縮んで消えてしまうかヒビが入って内部の魔法が漏れ出すはずだが……。
メアリーは依然興味のない振りをしながら横を歩いている。
チラチラと目線が動き、魔球を見る。
別にもっと派手に、もっと豪快に同じ現象を起こせるのだが、オモチャというのはそういう理屈で楽しむ物ではない。
小さくとも、地味でも、ピカピカ光るだけでも楽しいのに、込める魔法で結果が変わるんだったらもっと楽しいに決まっている。
だが……もし、もっともっと楽しい遊び方があるとしたら、それが一番良いに決まっているな?
俺は魔球を握り、土の魔力を込め内部に大地を形成した。水を生み出し海を、無属性の魔力で植物もどきを作る。
山を盛り上げて谷を作って、小島を浮かべて波を起こす。
氷の大地に砂漠、鬱蒼と生い茂る森に、平原。俺は次々と魔力を込めていく。
そうして暫くこねくり回せば小さな『世界』の完成だ。
流石に生き物は出来ないし、重力で落ちるから大部分を完全に固定しなくてはならないが、かなり完成度が高い。
出すところに出せば高く売れそうだが、残念、これはあまり長持ちしない。
だが……メアリーは目をキラキラさせながらそれを見ていた。
ふふふ……どうだどうだ、綺麗だろう?羨ましいだろう?
物欲しそうな目をしやがって……!ならば当然、プレゼントだ。
「やるよ」
「え!?」
俺は魔球を投げ渡した、メアリーは一瞬落としそうになったが、しっかりと手の中に握った。
メアリーは一瞬驚いて、すぐに慌てて俺に魔球を押し付けた。
「だ、ダメ!わ、私これ苦手なの!」
「はあ?」
そりゃあ苦手だろうよ、メアリーの眼は特別性だ、その眼は体内の魔力の属性を変える程強力だ。
メアリーの体内魔力は炎に自動的に変換される。だから魔球に魔力を込めようとしても、炎ばかりで楽しくない。そういう意味ではメアリーは魔術師にしては珍しく魔球が苦手なのかもしれない。
だが別に見るだけなら魔力云々は関係無い。というかむしろ俺が作った芸術作品をどの面下げて改変しようとしてんだ調子に乗るなよこの野郎。
俺がそんな事を思いながらメアリーを見返したが、メアリーの目は魔球に釘付けだった。
メアリーの手の中の魔球は、薄っすらと赤く光だしていた。
メアリーはそれを見てギョッとして硬直する。
特に魔力を込めている様子は無いが……無意識的に漏れ出しているのか、へー、そういう事もあるんだな。
地面が隆起し、炎が噴出する。なんかすごい。
メアリーは強く、短く息を呑んだ。目を見開き、顔は青ざめ血の気が無い。絶望的な表情で俺の作った小さな世界が壊れていくのをーー。
俺はそこでメアリーから魔球を取り上げた、ふらつき今にも崩れ落ちそうなメアリーを抱き寄せて強く抱きしめる。
「ぁ……?」
「すまん、ちょっと刺激が強かったな。息は出来るか?」
メアリーの反応は異常だ、トラウマでも思い出したか?炎に強い忌避感を持っている?一体何故?
俺は抱いた疑問を捨て置き、とりあえず震えるメアリーの耳元で静かに囁く。
「大丈夫だ、何も問題は無い。メアリー?返事は出来るか?」
「わた、わたし……こ、こわ……壊しちゃって」
壊した?破壊がダメなのか?いやでも氷の魔術で物を壊すことは別に平気だった。破壊は直接的な原因ではない。
炎で、壊すんじゃなく、トラウマになる様な経験。
そこまで考えてようやく俺は思い至った。メアリーのトラウマは戦争中の魔力暴走だ!
そりゃそうか、人を焼き殺すとトラウマになる。一般常識だ。すぐに思い付かなかったのはちょっと恥ずかしいな。
「あれライルじゃね?おい、街中でお熱いねぇ!ライーーアベフ!」
声を掛けようとした冒険者を魔力を回転させ、流方の応用で殴り飛ばしつつ。俺はメアリーを抱き上げひとまず市場から離れた。
歩きながら、俺は魔球を片手に持ち、必死に魔力を込める。
メアリーが気づく前に元に戻してやる……それで全部チャラだ!




