九話:トラウマ
俺は人通りの少ない路地に入り、メアリーを降ろした。
メアリーは小さく震え、ふらつき、座り込もうとする。
「あー、待て待て、服が汚れる」
俺はその場に座ろうとするメアリーを止め、その状態を観察する。
どうやらよほど酷いトラウマらしく、呼吸は落ち着かないし目は虚ろだ。
「ちょっと待ってろ」
俺はメアリーを壁にもたれるように立たせ、上着を脱いで床に敷いた。
「ほら、ゆっくり座れ」
メアリーはふらつきながらも上着の上に歩き、どしゃりと力なく座りながら、なんか突然目を潤ませ、手で顔を覆って、悲痛な嗚咽を漏らす。
情緒不安定じゃん……面倒くせっ!
「大丈夫、メアリー、大丈夫だ。何が辛いんだ?どこか痛むのか?」
「違う……わた、わたし、また……また壊しちゃって」
人体を損壊させたくらいをトラウマにするな。
メアリーの所業は当然聞いている。戦争のど真ん中での魔力暴走……敵も味方も発生した炎の大竜巻に巻き込まれ、身体を焼き千切れさせた。
大地を捲り上げ装備を溶かして溶けた鉄やら土やらが周辺一帯に飛び散り大惨事を引き起こした。
俺に言わせればそんなものはしょうがない事だ。
何人死んだかなんて覚えていないが、戦争中なんだから元々死ぬ予定だったんだ、下手人が変わっただけである。
これで戦争に負けたんだったらそりゃあよくない事だが、メアリーの参加した戦争では味方より敵の被害の方が大きかった。要は勝っているのだ。
メアリーはむしろ誇るべきだった。功績を全て棚に上げてメアリーを罪人として吊し上げた国家に怒りを燃やし、物理的に国を燃やしてしまうべきだった。
だがメアリーは心優しい少女であり、ちょっと人を焼き殺しただけで気に病む繊細ガールだ。クソ面倒臭いとは思うが、まあ理解はできる。
「深呼吸だ、メアリー。お前は何も壊しちゃいない」
もう魔球は元通りに戻っている。
メアリーの破壊は無かった事になった。まあ魔球のサイズが一回り小さくなってしまってはいるが、気にするほどじゃない。元々消耗品だ。
「一旦息を吐け。全部吐ききれ」
人の精神は脆く弱く脆弱である。しかし同時に、簡単な事ですぐに平気になる。
落ち込んだ人間でも美味しい物を食べて満腹になったら元気になるし、温まるだけでも結構安心する。
要は単純なんだ、メアリーはそれに輪をかけて単純だ。
大丈夫、俺ならできる。自分を信じろ、メアリーを上手く慰めて信用を勝ち取ってやる……!
呼吸の落ち着いたメアリーの手を握る。
「お前の気持ちは分かるよ、辛いよな」
「……わたしの、何が分かるの?」
何ってそりゃ……なんだ?それっぽい事を言ってみたが、別に人の気持ちなんて分からないな。
人殺したくらいで騒ぎやがって、気にすんなよその程度の事を。
「俺だって清廉潔白に生きてきた訳じゃない、数万人も殺した訳じゃあないが、でも、それでも、殺した事を悔いるし、今でもたまに夢に見る」
「……」
ちょっとレベルが違うか……?数万人を焼き殺したのと人をちょっと斬り殺したのを同列に語られたらムカつくかもしれん。
「メアリー、気にするな、と言ってもお前は気にする。だからそうは言わない。罪の意識からは誰も逃れられない。それは何もおかしな事じゃない」
「……」
メアリーは俯いたまま返事をしない。
「俺にはな、罪よりも償いよりも大切な事があると思う。お前の人生だ。後悔先に立たず、やっちまった事を反省しても、大体もう手遅れなんだよ。なら楽しく生きようぜ」
無責任だ、けどまあ、誰に責められようが俺はそうする。だって俺の人生は俺のモノで、俺はそれを楽しむ権利がある。
自由だ。人間は自由であるべきなんだ。
「もちろんやった事を忘れろって言ってんじゃない、頭の中でそれを考えるのも、贖罪の為に行動するのも、全てそうすべき事であり、責務だ」
義務な訳ねえだろそんなもん無視して忘れろよ。と言えばきっと嫌われるだろう。
「メアリー、けどな、贖罪の為だけに生きるのは辞めろ……いや、これはちょっと違うな……あー、何というか……やっぱ無しだ、別に贖罪の為だけに生きても良い。けど、楽しんじゃいけないなんて事は無い。やるんだったら楽しく贖罪をしよう」
人生に意味は無く、死に希望は無く、故に絶望に合理は無い。
俺の好きな学者様の人生哲学だ。何やったって無意味なんだから精々楽観しろという意味だが、まさにメアリーにピッタリの言葉だ。
無意味に悩むな。どうせ無意味なら楽しく生きろ、楽観しろ。
そんな俺の真摯な願いが通じたのか、メアリーは俺の手を握る力を強めた。
強く、強く手を握り、顔を上げる。
メアリーは泣きそうな顔で、救われたんだか、それとも傷ついたんだか分からない顔をしていた。
目に涙を浮かべて、口は半端で不細工な笑みを形作る。
瞳は悲しそうに細められていた。
「私は、私はそんな風に、救われちゃだめ」
瞠目する。メアリーは、そこまで強い少女ではなかった。
メアリーはきっと俺の狂った理屈に対して、どこか憤りを感じつつも受け入れると思っていた。
だって、メアリー・ヒィという少女は、その印象から感じられるのとは真逆に臆病で、卑屈で、繊細だったはずだから。罪に耐えられるほど、強くはなかったはずだから。
何も言えないでいる俺に、メアリーは立ち上がり続けた。
「ライル。私はきっと、あなたみたいになれないのよ。ごめんなさい」
「……いや、別に?それもまた良い」
辛うじて出した声は『ライル』の様な優しく甘い声ではなかった。
「私は、ちゃんと苦しまないといけない、苦しんで、痛がって、ゆっくり、ゆっくり罰を受けなきゃいけないの」
「……やめとけよ、苦しいだけだ」
「そうかもしれない。けど、私はそうしたい」
きっと頭がおかしいんだろうな。
俺の感想はそれだった。ハッキリ言って意味が分からなかった。俺の理解の及ばない感覚だ。
だが世の人間は大体俺の知らん感覚で動いていると俺は既に知っている。理解も意味も分からないが、とりあえず納得は示しておこう。
「お前の選択を尊重するよ、でも、耐えられなかったら言えよ」
「……そうね、泣きたくなったら、そうするかも」
メアリーは冗談めかしてそう笑った。
……まあ、立ち直ったなら良しか?




