七話:強敵
メアリーは自室で一人悩んでいた。
ダンジョンで魔女が見つかってから一日が経過した。
昨日、ダンジョンから持ち帰った魔女の死体はギルドに提出され、然るべき対応を取られた。
魔王の出現は大事だ、今回は『捩れ洞窟』という小さなダンジョンであるため、規模も小さいだろうが、もっと大きなダンジョンであれば国の管轄となる程に。
報告を受けた専用の魔王対策部隊は、一晩で準備を終えてダンジョンに偵察を行ったらしい。
そして、魔王が……否、魔王軍が全滅したことを確認した。
現場は混乱している。一体誰が、なんの目的で。
そんな風に騒ぎ、必死に魔王軍と戦った勇者を探している。
……あれはライルの事だ。
メアリーはそう確信している。
そんな事が出来る人間はライルレベルの英雄で、ライルレベルの英雄はこの街にいない。
それにライルは昨晩一人でこっそり出掛けていた。これで魔王軍を壊滅させたのがライルでなくてなんだというのか。
ライルの英雄的行動を受け、メアリーが感じたのは深い罪悪感だ。
メアリーはライルをパーティーから解放すると決意しておきながら、あの時、魔女が死に、魔王が居ると分かった時、メアリーはライルに期待したのだ。
ああ、どうか恐ろしい魔王を討伐してはくれないか。と。
それは酷く傲慢で、メアリーが決して抱いてはいけない願いだった。
あの時メアリーは、『閻魔眼』でもなんでも使って魔王を消し炭にするべきだった。
メアリーの誓いや、トラウマなど捨て去り、炎で全てを灰燼に帰すべきだった。
そうでなければ氷の魔術で魔王に戦いを挑み死ぬべきだ。
この期に及んでメアリーは恩人に守られた。
恐らくは名が売れれば弱小パーティーにいれないからと、誰にも言わずに、正当な報酬も受け取らず、ライルは一人で戦った。
歯を食いしばる。
ライルは容易に魔王を制圧したとか、メアリーでは魔王に敵わないとか、そんなものは関係無い。
メアリーは、ライルにおんぶに抱っこな今の状況を変えなければならない。そうしなければいつまでもライルは縛り付けられたままだ。
嫌がらせは無駄だった、チックとトーファの正論で引き下がったが、普通に考えてライルは怒って然るべきだった。けど優しく許してくれた。
不平不満を言ってみたが、メアリーの朝食に好きなトマトソースが出なくなっただけで終わった。ライルは怒らなかった。
ダンジョンの中で誤射を装いライルを攻撃した。予想通り、ライルは殺す気で撃った魔術でも歯牙にもかけず、どころか明らかにわざとだと分かっているはずなのに大して責められなかった。
テスタとトーファも同時に誤射をしたのには驚き、思わずライルが死んでしまわないかと心配したが、全くの杞憂だった。
分かったのは、ライルはメアリー達の攻撃などなんとも思っていない事だ。恐らくまともに受けても死なないどころか、傷一つつかない可能性すらある。
生半可な意思で魔術を放てば無視される可能性があった。だからこそ思考を律し、いっそ殺してしまえと考えながら魔術を撃った。結局本気になろうが無駄だったが。
同様に誤射をしたテスタとトーファに対して怒りが湧いたが、どう言い繕っても殺す気で魔術を放った自分を棚に上げることになってしまうため何も言えなかった。何故か二人もメアリーに怒ったりはしなかった。
メアリーは一人考える。ライルに対して何をしても、ライルはそれを優しく許す。何を求めても、微笑みながら従う。
まるで物語の中の白馬の王子様だ。あまりにも……完璧すぎる。いっそ不気味ですらあった。
人にしては、嫌悪を感じさせる要素が少なすぎる。セクハラを繰り返す好色漢な部分はとってつけたような唯一の欠点だったが、この前の一件から全くしてこなくなった。
何をすれば嫌われる?どうすればパーティーから抜けたいと思う?どうすれば……メアリーは見捨てられる?
……いっそ喧嘩別れでもしてパーティーから出て行き、後からチックとトーファを脅してパーティーを抜けさせようか?
だが大抵の事を受け入れるライルと喧嘩をするというのは、ちょっと手段が思いつかない。
その時、ふとメアリーの頭の中に悪魔の様なアイデアが浮かんだ。
チックとトーファを襲い、怪我をさせれば怒られるだろう。本来ならば絶対に受け入れられないが……それ以外方法が思いつかない。
友人を傷付けるのは心苦しいが、治癒魔術で治せる範囲で、痛めつける。そうすればきっとライルは怒る。
傷付く二人に、怒るライルを思い浮かべ、胸がキュっと締め付けられる様に苦しくなった。
自然と、呼気が荒くなっていた。
メアリーはふらつきながらベッドに倒れ込んだ。
自己嫌悪で気持ちが沈み込む。
頭の中で、そういった手段を取ってでもライルを解放すべきだ、と声がする。しかしメアリーはそれを無視した。
メアリーは、しばらく顔をベッドに埋めて息を整えた。
呼吸が落ち着いてからも、少しの間そうしてじっと動かなかった。そうしていつのまにか、メアリーは眠っていた。




