六話:ダンジョン
俺たちはダンジョンに辿り着いた。
道中、仲間との会話は無かった。皆不自然な程押し黙り、チラチラとこちらを見る。
いや、一度だけ会話があったか。
メアリーが俺の作った朝飯に文句を言ったのだ。
サンドイッチだったのだが、ソースが気に入らないとかなんとか……。
てっきり好物だと思っていたんだがな……。
「さて、ダンジョンに着いたぞ、今日の目標はデスワームの討伐だ。このダンジョンにはデスワームの他にもオーク、コンバットバット等、強力なモンスターが多い」
今回攻略するダンジョンは最近発見された新ダンジョン『捩れ洞窟』だ。定期的に調査隊を送り、モンスターがダンジョンから溢れたりしないか調べられていた。
今回はデスワームと呼ばれる毒液を吐くデカいミミズが溢れたそうだから、俺たちに依頼が来たという訳だ。
「いずれも身体が大きく、中央にある大洞穴でなければ大した脅威ではない。通路内部を中心に探索を進める事になる。良いな?」
三人を見渡す。全員ムスっとして黙っている。
クソどもが。まあ別に良い、このダンジョンは前情報通りであればそれほど危険ではない。多少チームワークに難があろうが関係無い。
俺はため息を呑み込み、クルリとダンジョンに向き合い、後ろの仲間たちに向け大きく声を張り上げた。
「行くぞ!」
史上最も仲の悪いパーティーが今、ダンジョンに足を踏み入れる……!
***
意外にも、ダンジョンの攻略は上手く進んだ。
『捩れ洞窟』の小通路の中、メアリーの魔術がオークを凍らせる。
俺は剣を振い、半身を凍らせられてもまだ生きているオークの首を刎ねた。
横から更に攻撃を加えようとしてくるオークの動きが鈍る。トーファのデバフだ。
同時にチックが放った矢がオークに命中する。オークは呻き声を上げながら棍棒を振るった。
振るわれた棍棒を腕で防ぎ、剣を首に突き刺す。
二体のオークの死体を押し除け、更にオークが現れる。
オークの首に刺さったままの剣を無理やり振り抜き、首を刎ねた。
三体のオークを殺し、戦闘終了だ。
「終わったぞ!」
距離をとっていた仲間に戦闘の終わりを告げる。
すぐに三人が近づいてきた。
「敵はオークだった……デスワームが発生したという事はオークが減らされている筈だが……通路に出てくるのは違和感があるな」
「……ライル、このオーク達、痩せてる。それに装備も……」
トーファが死体を検分する。言われてみれば、今日のオークはいつもより弱かった様な気がする。
「情報に誤りがあったか?デスワームがオークに追われダンジョンを出て、それを溢れと勘違いした……とか?」
「オークの数が増えても、デスワームが負ける事はない。デスワームの天敵が現れた可能性がある」
トーファの冷静な分析に、俺はなんとなく違うと感じた。
オークが増えている事はとりあえず確定でいいだろう。多分今出会ったオークは増えすぎた群れから追い出されたはぐれだ。
デスワームはオークの天敵だ、ならばデスワームを減らす天敵が現れれば間接的にオークが増える。
理屈は正しいが、多分違うだろう。直感だ。
「デスワームの天敵を確認するか、最低でもオークが増えているという情報、あるいはデスワームが減っているという情報を持ち帰りたい。チック、索敵は終わったか?」
「フフ……終わったよ、少なくともしばらく敵はいない。少し進めば分かれ道だ。あたりからは地中を進む音も聞こえないし、多分大丈夫じゃないかな?」
多分じゃ困るが……まあ、最悪俺が解決する。それに敵がいないというのも嘘じゃない。俺も確認したからそこに間違いは無い。
「……進むぞ、チック、常に周囲に警戒を払え、それからトーファ、悪いが明かりを強めてくれ、壁や地面がちゃんと硬いか確かめたい」
「うん」
「了解」
二人の返事を聞きながら、俺はゆっくりと歩を進めた。
***
問題が起きたのはそれから三度目のオークとの戦闘を行っている最中だった。
通路の中、装備も体格も優れたオークの編隊と戦う。
先程よりも通路の幅が広かったが、十二体のオークをとりあえず残り二体まで減らした時だ。
「「「あ、危なーい!」」」
何故か三人から同時に警告を受けた俺は、オークの棍棒を剣で防ぎながら、三人の魔法の発動を感知していた。
メアリーはいつもの氷魔術を二つ。
チックは風を用いた弓術で、鋭く矢を放った。
トーファは身体能力を下げる呪いと、簡易魔術によって小さな光る十字を放った。
ーー全員が、オークではなく俺に向けて。
「……ッ!!」
俺は即座に防いでいるオークの棍棒を跳ね上げ、同時に空いた片手で石を放ち、もう一体のオークの頭を消し飛ばす。
更に魔力を練り上げ、自らの周囲にまといながら、跳ね上げた剣をそのまま背中に合わせた。
ほぼ同時に減じた身体能力を気合いで補い、背に構えた剣で飛来する矢を防ぐ。想定していたよりも重い衝撃が、俺の手を痺れさせた。
氷の魔術と光の十字は、魔力を体に纏い回転させる『流方』と呼ばれる技術で壁に逸らした。
軌道を逸れ壁をド派手に凍らせる氷魔術と、硬いはずの壁面に容易に刺さる光十字を尻目に、俺はオーク達から踵を返し、後方にいる三人目掛けて力の限り剣を投げ飛ばす。
チックは衝撃に目を見開き、動けなかった。トーファとメアリーが、凄まじい勢いで飛来する剣に対してストックしていた結界を即座に発動する。
展開された二枚の結界を紙のようにブチ破り、剣は狙い通り、三人の背後にいた魔物に命中した。
俺は残ったオークの頭を爆発させながら、未だ絶命した様子の無い魔物に一歩で肉薄し、発動しようとしていた魔術を、喉を潰すことで止めた。
人間に非常に近い肉体を無理やり押さえつける。明らかに人の域を超えた膂力が、押さえつけているモノが人間でないことを表していた。
「グガッ……!」
「え!?な、何!?」
驚愕する三人を一旦放置して、魔物を見据える。
オークだ、一般的な人間の女性に近い形態を持っており、肌の色も人に近い。うっすい扇状的な衣装はサキュバスや悪魔を想起させるが、オークである。鼻が豚のものだ。
「これは……!?ライル、君は……僕たちを、攻撃した訳ではなかったんだね」
「……わ、私は分かってた」
俺の剣投に即座に反応したトーファが何か言っている。
説明の暇も無かったとはいえ、防御にあまりにも戸惑いが無さすぎやしないかったか?
「さっきの誤射について色々言いたい事はあるが、一旦後にしよう。トーファ、コイツは……」
「……メスのオーク?」
「違うわ、コレは魔女……オークの魔女よ」
魔人、魔女、そう呼ばれるものは、基本的に碌なものを示さない。とりわけ魔物の中に発生するソレは、ある一つの事象を表していた。
押さえつけていたオークが力を抜く。いくら生命力の強いオークとはいえ、胸を剣で刺し貫かれ、喉を潰され呼吸も出来なければ死ぬ。
喉から手を離せば、オークはケフと一度咳き込み、魔術で身体を治そうとした。しかし剣が刺さっていては治療も出来ない。詰みだ。そもそもこの状況を打破する魔術など放たせない。その前に俺が殺す。
「……索敵は、ちゃんとしてた。でも、なんで気づけなかったんだろう」
「転移魔法だ、コイツは突然お前らの背後に現れた。お前のせいじゃない」
俺はオークから片時も目を離さず、気落ちするチックに返した。
恐ろしく静かで、恐ろしく素早い動きだった。本来転移魔法にあるはずの魔力の動きが非常に小さかった。
恐らくダンジョンの侵入者である俺たちを殺そうとしたのだろう。三人が魔術を使用し、隙を晒した瞬間の奇襲。見事だった。
「……ぁ……ま、おう、様……!」
途切れ途切れの意識の中、オークは手を上に伸ばしてうわごとを呟く。
「魔王……!」
メアリーがその言葉を聞き背筋を凍らせる。
「ライル……魔王って?」
「魔物の階位を押し上げ、より強く、より精強にする魔物達の王だ。人類に敵対する悪神の力を得た敵であり、魔物から魔人を、魔女を生み出す人類の敵でもある」
オークの魔女が生まれたのであれば、魔王はオークだ。
オークの異常発生は魔王が原因だろう。デスワームの溢れは、魔王によって生み出された魔人、魔女がデスワームを狩り出した事が原因だったのだろう。
いち早く状況を把握したメアリーとトーファが、俺を見る。
「魔王が発生したという事は、近くスタンピードが起こる。早く報告しないと」
トーファの言うように、暫く時間が経てばダンジョンからオークが溢れ、街を襲うだろう。
街の防衛には俺たちも駆り出される。乱戦になるだろうな、後衛であっても死ぬ可能性がある。
街壁を容易に吹き飛ばすレベルの魔術が飛び交う戦争になる。魔王というのはそういうものだった。
メアリーが、罪悪感を感じた様な、苦虫を噛み潰したような表情で、こちらを見る。
俺はそれに目線を返し、メアリーが何かを言うのを待った。
しかし、メアリーが何かを言う事は無かった。
「二人とも、早く帰ろう」
促すトーファに従い、俺はメアリーから目線を外し、絶命したオークの魔女を掴み引きづり、出口に向かった。
帰る前に、一度立ち止まり三人を見返す。
「帰ったら、さっきの誤射について詳しく聞かせてもらうぞ」
三人はそれぞれ、申し訳なさそうな、気まずいそうな、なんとも言い難い表情を浮かべた。
***
その晩俺は『捩れ洞窟』に一人で戻ってきた。
大洞穴の中、ひしめく魔物を切り刻み、辺りを血の海に沈めた。
死体の山の中、数名の魔人魔女に守られている魔王を見据える。
血の気の失せた顔でこちらを見る魔王が、震えた声を出す。
「な……何が目的だ……!」
俺は思ったよりも知性を感じる魔王に向け、無感情に告げた。
「お前はまだ早い。あいつらはまだお前に勝てない。それだけだ」
剣を抜き、駆ける。
その晩魔王軍は消滅した。




