五話:嫌がらせ
鐘が街中に響いた。俺はするりと意識を覚醒させ、布団をどかしベッドから降り立った。
三人娘からの話を終え一晩が経った、昨日の事はもちろん覚えているが、今でも夢であってほしいと願ってしまう。
……まあ、そんな事ある筈が無いが。
暗い室内を魔法で照らしながら、クローゼットから着替えを出す。今日は俺たちパーティーの仕事……ダンジョン探索の日だ。
***
階段を降りる。どうやら三人は既に起きていたらしく、リビングで各々準備をしている。
メアリーは杖を両手で握り集中している。
チックは矢の検品中。
トーファは本を開いている。
「おはよう」
ピリリとした鋭い気を感じた。俺に向けたものだ、三人全員が俺に警戒か、緊張を覚えている。朝の挨拶は帰ってこなかった。
無視はするが、俺への害意を態度には出さない様だ、昨日の件からも、三人は本当に全く別個に俺を罵倒してきたらしい。
つまり、事前に示し合わせたり、口裏を合わせる様な事は無かったという事だ。そもそも三人が結託しているのなら俺を追放するなんぞ容易い事だし、なんならパーティーを抜けても良い訳だしな。
だから昨日の三人の語った理由は、真実の可能性が高い。
俺の口は……臭いんだろうか。
俺は思わずため息を吐きそうになったが、口を噤んで鼻から息を出すに収めた。
俺は口を噤みながらダイニングテーブルの椅子に座る。
特にする事も見つからなかったから、机に背を向け三人を観察することにした。
ダンジョン探索は陽が登ってから出発だ、時間はある。
俺は追放など受け入れない。是が非でもパーティーに残り、三人を覚醒させる。その為なら殺人も厭わない。
メアリーが握っていた杖を片手に持ち替え、突然立ち上がった。
「ライル!」
「お……おう、なんだ?」
メアリーは微かに緊張した様子で叫んだ。
「わ、私の新作攻撃魔術の的になりなさい!」
俺はその言葉になんの反応も返せなかった。
ポカンと口を開け、真っ白な頭の中で答えを出す。
これは……嫌がらせだ。
なんだ、新作攻撃魔術って。なんだ、的って。
俺が何も言えないでいると、メアリーは更に続けた。
「試し撃ちをしたいから、だから、魔術を受けなさい」
普通に訓練用の的に撃てよ殺すぞ。
俺は口を閉じた。罵倒は良くない、好感度を下げる。冷静になれ、頭を冷やせと自分に言い聞かせ、必死に怒りを鎮める。
俺はなんと返答すれば良いのか迷い、何も言えなかった。
「ちょっと待ってほしい、メアリー」
チックがメアリーを制止した。なんだ……?お前も俺に対して嫌がらせをするのか?是非的にしてほしいとか?
「魔術師は人に対してできる限り魔術を振るうべきではない。魔術師は容易く人を殺める事ができる。魔術は容易に人の精神を歪めるし、人への攻撃に慣れ、忌避感を失えば、いずれ道を誤ってしまう。だから魔術師が最初に教えられる事は、魔術を人に撃つな、だ」
チックが語ったのは一般的な魔術論だった。戦時中などはむしろ人に撃つことに慣れさせる事が多いが、平和な場所ではこういうのが好まれる。
賊とか敵に撃つのを躊躇させる様な教えはクソだと思っているが、最近のトレンドはそういうのらしかった。
「今語った魔術師論は、君から教えてもらったものだ、メアリー。僕にそう言った君が何故魔術の的などと言ってライルに魔術を放とうとしているのかな?」
「それに今日はこれからダンジョン探索。ライルに怪我をさせる訳にはいかない、それに魔力も温存すべき」
チックだけでなく、トーファも一緒になってメアリーを責める。
……いやお前ら、俺を嫌いだった筈では?な、何を考えている……?クソ……意味が分からん!
二人に責められたメアリーは、珍しくその真っ赤な目を彷徨わせた。
「あ……いや、私は、その……」
「魔術師論はあくまで捉え方、思想であって、魔術の練度や腕前に関わるものではない。でも、君はそれを大事だと言っていたじゃないか……あれは嘘だったのかい?」
チックが悲しそうにメアリーを見る。メアリーは一瞬怯んだが、しっかりと目線を返した。
「……嘘じゃ、ないわ」
「なら……」
「そうよね……ごめんなさい、ライル。魔術は……普通の的で試すから」
メアリーは気まずそうに俺に頭を下げた。
なんなんだ……一体なんなんだ……!
内心の疑問を捨て置き、俺はとりあえず応答した。
「いいや別にいいさ。魔術の練習、頑張れよ」
俺は爽やかに返答しながら自分の態度を疑った。
普通に考えてメアリーは異常だ、仲間で試し撃ちなど普通しない、するとしたらそれは仲間ではない。
怒るべきだったか?事情を聞くべきだったか?
下手に不満を言って離反されても困る。ここは一旦黙って様子を見た方がいいか。
俺がそう考え、メアリーが元の場所に戻った時。チックが前髪をかき上げながら口を開いた。
「そういえばライル、ちょっと良いかな?」
「ああ、なんだ?」
チックはにへらと笑みを浮かべる。
「お金くれないかな?」
「断る」
何を言ってるんだコイツは……。嫌がらせか?それとも素か?
「貸与なら考えるが、贈与は駄目だ」
チックは痛い所を突かれた、という様な芝居がかった表情を浮かべる。
「う……いや、それだと借金になるから嫌だなぁ……」
本当に何を言ってるんだ?
借金ならもうしているだろうが……!
一番古いもので二年と三ヶ月前に貸した金がずっと返ってきていない。
俺は腹の立つ顔でヘラヘラ笑っているチックに、それでも優しく語りかけた。
「必要があるんだろう?理由を言ったら金を貸してやる。だがな、金にだらしない奴は碌な末路を迎えないぞ。ただでさえ借金塗れなんだ、分かってるか?」
「……え?僕、金にだらしない奴だと思われてるのかい?」
俺の腹の奥底に怒りが煮え立つ。笑みを浮かべたつもりだが、頬がピクピクと痙攣する。
俺は上手く笑えているだろうか?
「テスタ、二年前アンタに金貸したわよ。それを返さないのはどういう事?」
「私も……一度だけ貸した」
横から口を出してきたメアリーとトーファに、チックは毅然とした様子で返した。
「たった二年じゃないか、それに僕は声を掛けられたらその時にちゃんと返してるよ」
ああなるほど、いつものエルフ的時間感覚か。
「チック、お前借りてる金をちゃんと覚えてるか?」
「うん、全部覚えてるよ」
「一年と五ヶ月二十一日前の肉屋でのツケは?」
「銀貨一枚と銅貨三枚?」
おお……本当に覚えているのか。
先程とは違い、俺の怒りは収まっていた。エルフの時間感覚が呆れるほどのんびりとしているのはいつもの事だ。
必要も無いのに金を借りるなとか、返せる様になったらさっさと返せだとか色々言いたい事はあるが、少なくとも、借金の事を認識してはいる。
「メアリー、悪いね、お金は返すよ。ええっと、確か合計で銀貨八枚と銅貨六十六枚で良かったかな?トーファは……銀貨二枚?」
「……私じゃなくてライルに」
メアリーがどうしようもない奴を見る目でチックを見ながら、俺を指差す。トーファも後ろで頷いている。
「……?なんでライルに?」
「俺が代わりに返してやってたからだ」
驚くチックに、俺はできる限り優しく語りかけた。
「借金は信用を削る。いつまで経っても返されなかったら尚更そうだ。信用は崩すのは簡単でも積み上げるのは難しいんだ、分かってるか?」
「いや……でも……たった二年とちょっとじゃないか」
「お前の時間感覚はおかしい。人間はせっかちなんだ、年単位で考える様なお前と一緒にするな……この話はもう何度もしたから、後はもう良いよな?」
チックは未だ納得していない様子だったが、ひとまずは飲み込んだ様だ。
「……分かったよ、今度から……次こそ……気をつける」
「ああ、そうしてくれ」
実感として伴わない理屈でも、チックは受け入れる事ができる。数少ないコイツの長所だ。
まあ感覚として理解していないから同じ様な過ちを繰り返すが、そこはもうしょうがない。
俺はとっくのとうに諦めている。
「そういえばライル、その……お金は」
「何度も言わせるな、必要があるなら貸してやる。理由を説明しろ。まあその前に今まで俺が代わりに返してきた金をーー」
「ああ!いや、いやいやいや!やっぱりなんでもないよ!」
チックは慌てた様に誤魔化し、元の場所に戻っていった。
今までの借金をトータルで見たらかなりの額だ、別に一度に返せと無茶を言うつもりは無いが……。
まあいい、俺にとっては端金だ、催促はしばらく待ってやろう。
それにしても……チックの妙な態度、あれはもしや嫌がらせの一種だったか?
どういう嫌がらせだ?金の無心……そりゃ嫌な気持ちにはなるが……。
逆か?俺からチックへの好感度を減らす事が目的か?いやしかし、減らす好感度が無いと成立しないだろう。
そこまで考えて俺は結論を出した。
チックは自らが愛されていると自惚れている。望まぬ好意を向けられた悲劇のヒロイン気取りで俺から嫌われようとしている。コレだな。
「ライル」
俺がチックをナルシストであると結論付けると同時に、トーファが声を掛けてくる。
……『流れ』だ、メアリー、チックが嫌がらせをしたら、トーファもそれに倣う場合が多い。もしやトーファも、俺に何かをするのか?
「何か用か?」
「今本を読むので忙しいから代わりに買い物をして欲しい」
……?
なんだ、嫌がらせではなかったか。
所詮はジンクスか……。
「ああ、もちろん良いぞ」
「……え?」
トーファは何故か驚いていた。
少し待って、ハッとした様子で片手に持っていた本を突き出す。
「これは娯楽小説。今これを読むので忙しい」
「ああ、分かった、何を買ってくればいい?」
トーファはパチクリと目を瞬かせ、困った様に眉を顰めた。
「…………やっぱり、なんでもない」
???
トーファは悲しそうに踵を帰した。椅子に座り、本も読まずに何かを考え込んでいる。
一体なんだったんだ……?
俺が思考を巡らせていると、チックが横から声を掛けてくる。
「僕もちょっと矢を買ってきて欲しいのだけれど……」
「自分で買えよ、どうせ暇だろ?人に雑事を任せるのはやめろ、失礼だぞ」
トーファが何故か衝撃を顔に出していた。
それを無視しながら、頭の中で思考する。
メアリーとチックの嫌がらせは想定していたよりもぬるい。所詮は小娘、と言うことか。
外にはおくびにもださず、内心で嘲笑する。
俺をパーティーから追い出せると思うなよ……!絶対に居残ってやる!




