四話:紅蓮の魔女の本懐
ライル・ベアフットは英雄だ。
メアリーは暗い自室の中、椅子に腰掛けそう再確認した。
メアリー・ヒィは元々、魔道国家ナラの魔術師だった。
『閻魔眼』を持ち、卓越した炎の魔術を扱うメアリーは、魔道国家ですら貴族になれると噂される程に強かった。
そう、強かった。しかし強かったのはメアリーではなく『閻魔眼』だったのだ。そして『閻魔眼』は、メアリー程度に収まるほど弱くなかった。
メアリーは戦犯だ。
隣国との戦争中。戦場のど真ん中でメアリーは魔眼を、魔術を暴走させ、敵味方問わず一切を灰にした。
何万人という人間を、メアリーは殺した。
当然、メアリーは極刑になる筈だった。当たり前の話だ、諸外国からは制御の出来ない化け物を扱うのかと非難を浴び、国はメアリーを激しく罰した。
多額の借金に加え「左腕の拘束」「義眼『身ごものゲイザー』の着装」「監査員との常時同行」「監査員の指示の絶対厳守」「首輪『犬の躾』の着装」「ネジ『魔縄金捻れ』の身体への埋め込み」その他20の細かい条件を出された。
メアリーに人としての生は残されるはずがなかった、罰の執行後、メアリーは一切の自由を奪われ、生涯を国に尽くす筈だった。
しかし、その運命をライル・ベアフットはいともたやすく変えてしまった。
当時、牢に繋がれ、一切の自由を許されなかったメアリーを、ライルは助け出してくれた。
多額の負債を、殆ど肩代わりした。
与えられる筈の罰則を全て退けた。
ライルは英雄だ。否、まだその名は広まっていないが、必ず英雄になる。むしろ今まで無名だったのが信じられない程に、それは明白だった。
……偽名か、身分を偽っているのか、ライルの今までは驚く程に見つからない。だがそんなものは関係なかった。
ライルは英雄だ、普通にしているだけでも否応なく世界に名を轟かせる。だが、今のままではいけない。
ライルは英雄になる筈だ、メアリーやテスタ、トーファなどという足手纏いを連れていなければ。
メアリーはライルに恩がある。多額の借金もあるし、家畜の様に飼われる未来から救い出してくれた。
だからこそ、メアリーはライルに尽くした、ささやかでも恩返しをしたかった。
だが無駄だった。ライルは英雄だ。そしてメアリーは凡人だった。
理解した気になっていたのだ。自分には才能があるという勘違いなどしないと、思っていた。
でもメアリーは『閻魔眼』無しでももう少しできると思っていた。自惚れていた。結局自分の才能など欠片も無く、ただ特殊な眼をたまたま持っていただけの小娘だった。
強い悔恨、恥辱に反応して『閻魔眼』が熱を持つ。メアリーは杖を握り、魔力を逃した。体内に練り上げられた火炎の魔力に慎重に触れ、杖に移動させる。
……もう炎は使わない。あんな地獄は作らない。
メアリーの焼いた戦場、ベラ高原の光景が目に浮かぶ。
渦巻く火炎に、巻き上げられた空気、吹き飛ぶ人体に、悲鳴。肉の焼ける音。人の焼ける匂い。
……もう二度と、ごめんだ。
握りしめた杖を離し、一度頭を落ち着かせる。
……『閻魔眼』無しのメアリーは無能だ、それでも優しいライルはメアリーを見捨てない。
いつまでもいつまでも、ライルを縛り付け、本来ある筈の輝かしい未来を奪う訳にはいかない。
幸い国への借金は全て返し終え、あとはライルに対する借金のみだ。そしてそれは一人でも、恐らく返せる。
テスタもトーファも、それぞれの事情でライルの助力が必要だ。しかし、二人には悪いがそんな事情など知った事ではない。
最も重要なのは、ライルである。もしライルが命じるのであれば、どんな事だって従おう。
身体を触られるのだって、我慢する。どんな仕打ちを受けても良い。
しかしきっと酷い事などされない、ライルは英雄で、優しく、メアリー達を見捨てない。見捨てる事が出来ない。
「……必ず、解放する」
メアリー・ヒィは自室の中、椅子に座りながら決意した。
ライルを解放する。その為に、嘘も偽りも使う。ライルが傷つく事でも、メアリーが傷つく事でも、仲間が傷つく事でも、なんだってしてやる。
最後に見たライルの悲しそうな顔を頭から消して、傍に置いてある杖を強く握りしめた。




