三話:鋼鉄の才女
俺は窓を開け放ち、コップに入った酒を一息に口に含んだ。
度数と匂いの強い、キツイ酒だ。俺はそれで口をゆすぎ、窓の下に誰もいない事を確認してから吐き出した。
三度、同じ様に酒を吐き出す。高い酒だ。もったいない事をした。
俺は酒樽の中にコップを入れ、蓋を閉めた。
部屋には俺一人だ。チックは帰した。
「ふー」
手を口に当てて息を吐く。
そして鼻で息を吸う。
……酒の匂いがする。
俺は酒樽にどかりと座り、俺は今日最後の来客……トーファを待つ。
膝に頬杖をつき、頭の中でメアリーとチックに言われた事を思い返した。
……俺はそこそこ上手くやれてると思ったんだがなぁ……。
ノックの音が響く。ああ、来たか……。
「ライル」
「入って良いぞ」
ギイと音を立てて扉が開く。そこにいたのはやはりトーファだった。
昔に贈った丸メガネは金具が錆びていて、古いしダサい。
髪は短く切り揃えられている白髪で、服は学院の制服を着ている。
個人的には私服を着てほしいし、メガネも変えてほしい。
「ちょっと背が伸びたか?」
俺の問い掛けにトーファは答えず、無表情のまま椅子に座った。
「カーライル」
「その名で呼ぶな、誰が聞いてるか分からないだろ?『ライル』だ」
「ライル、二人が気落ちしていた。何したの」
……気落ちさせられてるのは俺の方だが??
なんなんだ、一体なんなんだ。あいつらは俺を、普通に考えて大恩ある俺をパーティーから追い出そうとして、口が臭えと罵倒され、それなのに気落ちしてるだぁ?
頭の中でひとしきり罵倒を叫び、一切表に出さずに平静を保つ。
「トーファ、二人はそれを聞かれたいと思うか?」
「……」
「今日わざわざ時間をずらして個別に会ったのは、あいつらの希望だ。俺にしか話したくない事があったんだろう?それを俺から話すのはフェアじゃないな」
まあ実際は俺への追放宣言だった訳だが……どうにも分からん、何か不満があるなら糾弾しろよ……。
トーファは眼鏡を指で押し上げ、こちらの目を見た。
「……確かに、そう」
そして膝の上に手を乗せ、それきり黙ってしまった。
「何か話があって来たんじゃないのか?」
「……うん」
トーファは無感情にそう言った。
……話しづらい事……か?
目を細め、トーファの表情を読もうとするが、上手くいかない。最近は感情豊かになってきたと思っていたが、まだ外から見えるほどではないか。
三年半前。初めて出会った時のトーファは死んだ魚のような目をしていた。
滅んだ村から逃げ出したトーファは、痩せ細り、土で汚れ、雪の中で行き倒れていた。
北方の寒さと、流行病で死にかけていたトーファは、あの時点である呪いを受けていた。
その呪いこそが『感情の封印』である。もはやトーファ自身も覚えていないが、朧げに記憶の中で両親がそう言っていた……らしい。
トーファは感情を失い、それによって名前も、好きな物も嫌いな物も、かつてあったはずのそれらに興味を無くし、忘却していった。
それらの失われた記憶は、彼女が感情を取り戻しても戻る事は無かった。『トーファ』という名前も俺が付けた物だ。
出会って半年程の彼女は無感情だった。
何かを喜ぶということも、怒るということもなく。
全てに興味が無く、唯一あるのは生存欲だけ。
しかし失った感情も次第に戻り始め、そして今、トーファはもうかなり人の精神を取り戻した、と言えるだろう。
目の前のトーファを見る。言うべきことが、言いたいことがあるのに、黙っている。言いづらいんだろう。言いづらいと、感じる事が出来ているんだろう。
ヤバい、ちょっと感動してしまった。立派になったな……。
いつまでも続いても良いとすら思える沈黙は、不意に終わりを告げた。
「カーライル、私は貴方が嫌い。パーティーを出ていって」
一気に気分が落ち込む。ああ、まあ、なんとなく予想はしていた。『流れ』がそうだ。二人から言われたんだから、続く三人目にも同じ事を言われる。ジンクスみたいな物だ。
半ば覚悟をしていたとは言え、やはりショックが大きい。何より今回は本当に理由が分からない。
「……何故?」
しかし、トーファは他の奴らとは違う。感情が薄いが故に、理性による判断が大きい。たまに勘違いをしたりするが、基本的に理屈を基に行動している。賢いのだ。
理由が聞ければ、もしかしたら他二人の説得の足掛かりにもなるかもしれない。
トーファは小さく動揺を示しながら、少し目を泳がせた。
不意に、トーファが鼻をすんすんと鳴らす。
そしてちょっと申し訳なさそうに、遠慮がちに小さく言った。
「……口が臭いから」




