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覚醒無敵の英傑と口の臭い男 〜俺は絶対に、追放なんてされない〜  作者: 苦慮緑了
鋼鉄の才女

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三十七話:鋼鉄の才女の本懐

 トーファにとってカーライルは親である。

 それはトーファにとって絶対で、確実な真実だった。


 「カー、ライル……カーライル……!」


 泣きながら名前を呼ぶ、悲しくて苦しくて、とても耐えられなかったから。

 いつの日かは忘れてしまったけれど、カーライルは言っていた、辛い時、耐えられない時、自分を呼ぶように。


 「カーライル……カーライル……!」


 ただうずくまり、名前を呼ぶ。

 別に本当にカーライルが戻ってくるとか、そんな事を期待したわけではない。

 本当に、トーファは本心からそうだと思っていた。


 けれど、トーファの心には深い失望と絶望が刺すように広がっていた。


 心のどこかで、カーライルが来ると信じていたのか?


 「カーライル……カーライル……!」


 違う。カーライルは来ない、そんな事は分かりきっている。

 じゃあ何がそんなにショックだったのか。


 そこまで考えて、トーファは気づいた。


 「カーライル……カーライル……!」


 どれだけ呼んでもカーライルは来ない。

 今まで、カーライルの名を呼んだのはカーライルに聞こえる時だけだった。


 こんなふうに、聞こえるはずもない場所で、聞こうともしていないカーライルに呼びかけた事はない。


 だって、呼んでもカーライルが来なければ、カーライルが嘘つきになってしまうからだ。


 「カーライル……カーライル……!」


 カーライルは来ない。当たり前だ。呼んだらすぐに来るという言葉は嘘だった。当たり前だ。


 「助けて、助けてよ……!」


 カーライルは助けない。当たり前だ。トーファが望めばなんでも解決するという言葉は嘘だった。当たり前だ。


 「苦しい、痛い、寂しい、だから……!」


 カーライルはいない。当たり前だ。トーファにそんな思いをさせないという言葉は嘘だった。当たり前だ。




 当たり前、当たり前だ。カーライルの言葉は子供を安心させる嘘で、これっぽっちも本当じゃない。

 そんなのは当たり前だ、でもトーファはそれから目を逸らした。




 トーファにとってカーライルは親である。

 絶対的で完全で、間違えなくて、真実で、世界の全てだった。


 六年前、いいや、それより少し前。トーファはどこにでもいる村娘で、両親がいて、幼馴染がいた。

 でも思い出せないある日に、悪魔に感情を奪われた。

 トーファの人間性は剥がれ、記憶も失った。


 もう思い出せない両親はトーファを愛していただろうか?


 分からない。だって全員死んだのだから。

 あの冬の雪の日、生きている村人が皆居なくなって、トーファは訳も分からず雪原を彷徨っていた。


 助けてくれたカーライルは、トーファに人としての生を教えてくれたカーライルは、完璧で完全無欠の存在であってほしかった。


 そうであってほしいと、そうでなければならないと、自分自身をも騙してしまった。


 『ほら、やるよ、これがありゃあ、魔術も見えやすいだろ?大事にしろよ』


 トーファは空っぽだ、今更、そんな事実に気づいた。


 『協力してくれるか?トーファ、そうしてくれれば俺は嬉しい』


 今まで、全部カーライルの言いなりだった。それが楽だったからだ。心地良かったからだ。


 『トーファも良い年だろ、そろそろ親離れの時期かもなぁ……』


 自立がしたいとか、なんでもするとか、メガネが大事だとか。全部。カーライルの言った事だ。


 「ぁ……うぁ……っ」


 涙が溢れて止まらない。全身が震える。息が上手くできなかった。

 トーファは空っぽだった。今更、もう手遅れになってから、気づいた。


 トーファは一度呪いで感情を、記憶を失った。

 その時にトーファは……いいや、もう名前も思い出せない誰かは死んだのだ。

 今ここにいるトーファはただの残骸、亡骸だ。


 何がいけなかったのだろうか?トーファが、メアリーやチックのように強く、新しい能力に目覚めなかったのがいけなかったのだろうか?

 出来るはずが無い。トーファは空っぽでがらんどうで、無知で無力な子供だから。

 もうとっくに死んでいるのに、救われて、生きてるふりをしてしまった人間だから。


 人の言いなりにしかなれないカスに、出来ることなんてある筈がない。


 死んだ方がいい。だって、もう生きていく意味も無い。

 このままここで蹲って、誰にも看取られず死んでしまった方が良い。


 でも、


 『トーファ、逃げろ』


 そう、言われた。


 顔を拭う、涙はもう出ていなかった。

 ただ自分に対する失望と、カーライルとの離別の悲しさだけが胸の内に広がっている。


 震える手を地面に当てる。ゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。

 トーファは無価値で、愚かだ。


 だってカーライルの言う事を聞くのはカーライルの為で、その言う事がカーライルを死なせる物なら従うべきではない。

 でも、非合理でもなんでも、ただトーファは従うしかない。


 今までそれしかしてなかったのだから。愚かだと分かっていてもそうするしか出来ない。


 絶望が、トーファを冷たく貫く。

 なんの意味があって、なんのためにそんな事を――。




 「……ぇ」

 「……酷い顔ね」


 メアリーがいた。

 漸く顔を上げて、恥知らずにも逃げ出そうとしたトーファの目の前に、紅い目の魔女がいた。


 衝撃に息を漏らす。何か声を出そうとして、何も思いつかず、ただ口をポカンを開ける。


 「……」

 「……」


 メアリーは何も言わない。

 いつからいたのか、いいや最初からだろう。

 視界の端にテスタもいた。カッコつけたがりの彼女は珍しく黙ってこちらを見ている。


 誰も、何も言わない。

 でも、自然と何を期待しているのかは分かった。


 心臓がキュウと縮んでしまったかのように苦しい。

 地面の感触が分からない、自分は今上手く息ができているだろうか?


 「……っ……はあっ……はっ……!」

 「……」


 メアリーは何も言わない。苦しかった。その紅い瞳に見られているのが、嫌だった。


 でも、メアリーの態度は当然のものだ。

 国読みというこの帝国の実質的トップが、言ったのだ。

 カーライルの死は運命であり、その回避には三人の覚醒が必要不可欠であると。


 ならメアリーは期待すべきだ。彼女はちゃんと自分の役目を果たして、それで、なら、トーファに期待する事は何も間違ってない。

 でも無理だったのだ。何をしても、どんな事をされてもトーファは何も出来なかった。


 きっとメアリーは怒っている。そうに決まっている。

 おぼつかない息を必死に留めて、必死に口を開く。


 「め、メアリー、わた、私は……」

 「うん」


 想像していたよりも優しい声色だった。


 「はッ……はあっ……わた……ご、ごめ……ごめんなさい、私のせいで……」

 「何がよ、私、謝られるような事されてないわ」


 メアリーは優しく、穏やかに語る。


 「トーファ、貴女のせいじゃないわ。全部あの女が悪いのよ」

 「はっ……はあ……っ……でもっ」

 「貴女のせいじゃない。それは絶対にそう。だから、これからの話をしなくちゃ」


 上手く働かない頭で必死に考える。

 これからのこと、なんて……。


 「……メアリー」

 「うん」

 「わ、私に……これからなんて無い」


 メアリーが微かに、眉を顰めた気がした。


 「わ、私は、カーライルに依存して、カーライルの言いなりに生きてきた」


 それだけが、トーファの生きる方法だった。それ以外の方法なんて知らなかった。


 「か、カーライルは、言った。逃げろって、だか、だから、私は……」


 トーファはずるくて弱虫な卑怯者だ。メアリーは今どんな気持ちなのだろうか?


 「私は……私は戦えない、出来ない、だから……」

 「そう、ライルを見捨てて、それで、その後は?」


 きっと怒っているに違いない。メアリーの言葉はトーファにそう感じさせた。


 「メアリー、ちょっと言い方が悪いよ……トーファ、君はライルが大事だよね?」


 チックのその言葉に、トーファはなんの躊躇いもなく答える。


 「大事、何よりも、誰よりも……それ以外に私には何もない」

 「はあ?」


 メアリーが不機嫌そうに声を出す。びくりと、全身が震えた。


 「……なら、なんで貴女は何もしないの?」

 「ぁ……う、だ、だって」


 トーファは質問の意図が掴めなかった。

 何もしない理由?簡単だ、逃げろと、そう言われたから。だから――


 「もしライル以外どうでも良いなら、私たちに助けに行かせなさいよ」

 「……ぇ」

 「あんたが逃げるのは良い。でもなんで!ライル以外どうでも良いのにっ!あんたはここで蹲ってるの!」


 衝撃だった。そんな事を言われるなんて、想像すらしていなかった。

 不意に胸ぐらを掴まれ、顔を上げさせられる。


 「ライル以外どうでも良い!?良いわよ、あんなあんたを傷つける馬鹿が好きでも!!……でも!……でもそれなら!私たちは大事じゃないの!?」


 メアリーは怒っていた。歯を食いしばり、精一杯その紅い瞳でこちらを睨みつけ、怒鳴っている。


 当たり前だ、トーファは今更、メアリーの言う事を理解した。


 「あんたは間違ってる!自分に嘘をついて、間違った結論を怖がって!馬鹿みたい!馬鹿みたいよ!」


 語彙の少ない罵倒のメアリーも、呆気に取られて何も言えないテスタも、トーファの大切な人だ。

 トーファにとってカーライルは親で、絶対的な存在で、でもそれは友達を持たない理由にはならない。


 メアリーとテスタは友達だ。大事で、死なせたくない。だから、二人を犠牲になんて出来なかった。しようとも、思わなかった。


 「何か!言いたい事は無いの!?あいつに、文句を言ってやろうとか、怒ってやろうとか!」


 そんなもの、無い。そう、思っていた。

 けど、見えていないだけ、気づかなかっただけなのかもしれない。

 自分の内、奥底、誰にも気づかれない底の底では、何か……。




 「……メガネ」


 ああ、あった。一つだけ。


 「あのメガネ、だ、だいじなもの、だったのに」


 カーライルに、大事にしろと言われたから?


 「私が、はじめて、ぷれぜんとされたものだったのに」


 違う、たとえカーライルに言われなくとも、トーファはそれを何より大切にしただろう。


 「……なら、文句を言いに行かなきゃ。そうでしょう?」


 良いのだろうか?行けばカーライルを裏切る事になる。それに危険で、命の保障は無い。


 「……良いの?」

 「私は、そのためにあんたを待ってたの」

 「僕も良いよ。ちょうど僕もちょっと文句を言いたいところだったんだ」




 ……ああ、胸に広がるこの気持ちはなんだろう?

 名状しがたい胸の熱が、四肢の先まで広がっていく。


 その感情に呼応するように、魔力が溢れていた。

 その魔力は、何もないトーファを象徴するような無属性……ではない。


 トーファは驚く二人に笑いかける。

 その瞬間、トーファは覚醒した。

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