三十話:そして二年の歳月を経て
今まで俺の計画は概ねうまく行っていたと思う。
メアリー・ヒィは火にトラウマのある魔女だったが、新たな得意属性『時間』に目覚め、物体の時間を操作する無敵の魔術師になった。
テスタ・チックはイマイチパッとしないバカだったが、新たな得意属性『空間』に目覚め、精霊の時代を再臨させる精霊弓士となった。
まあ途中途中で色々あったが、俺は上手くやった。
国読みの予言の、その期限を二年余らせて、三人のうち二人を覚醒させた。
残ったのはトーファだけ、楽勝だと思っていた。
だが、強くなった二人とトーファで活動して、覚醒の兆しを見せないまま……二年が経過した。
***
「ライル、ちょっと良い?」
「ん……良いぜ」
自室の中、椅子に座って考え事をしていた俺は、不意に来訪したメアリーを迎え入れた。
キィと小さな音を立て扉が開く。
俺は手元の手記を閉じ、入ってくるメアリーとチックに向き合った。
「どうした?もう夜も遅いぞ」
「……トーファのことなんだけど」
メアリーが躊躇いがちに口を開く。
部屋に入ったばかりで、後ろのチックも立ったままだ。
俺はため息を吐きながら指を振った。
備え付けられていた椅子が飛び出し、二人の後ろに移動する。
「座れよ。長くなりそうだ」
「……ありがとう」
チックは素直に座りながら、無遠慮に口を開いた。
「ライル、トーファは……どうするんだい?」
「……」
酷く抽象的な言い方だった。しかし、何を指しているのかは分かってる。
「もうずっと部屋に閉じこもって……ご飯は食べてるんだよね?」
「ああ、飯は食ってる」
「それなら良いけど……もう三日よ?何かひどい病気なんじゃ……」
そう心配そうに問うメアリーに、俺はあえて軽く笑いかけた。
「んなこたねえよ、健康そのものだぜ」
「健康な人は三日も引きこもらないと思うけど……」
チックの正論に、俺は何も言い返せなかった。
愕然とする。
あのチックに言い負かされた?あ、ありえない……。
「ライル、とにかく私達が言いたいのは、トーファが心配で、できる限り早くいつも通りになって欲しいって事なのよ」
「んー、まあ、それは俺も同じだ」
「その為なら何でも協力するよ、僕らにできることならね」
俺は未だ抜けやらぬ衝撃を腹に収め、俺は思考を巡らせる。
最初は、俺一人でも解決できる問題だと思っていた。
トーファとの付き合いは長いし、俺にしては珍しく裏表の無い信頼関係で結ばれている。
またチックが何かしでかしたのだろうとばかり思っていたが……。
三日、俺は何の成果も出せていない。
扉越しに声をかけて、どうにか対話しようと思ったが、芳しくない。
その点においてはメアリーとチックも同じだ。三人別々で声をかけたが、全員無視された。
……正直手詰まりだ。原因が全く分からないし、解決方法も分からない。
無理やり扉を開ければ話は出来るだろうが、迂闊な行動で事態を悪化させるのは避けたい。
だが今のままでは何も出来ないし……何より。
国読みの予言の期限……俺の死というタイムリミットが、もはや無視できないほどに迫っている。
「……」
痛いくらいの沈黙の末、俺は重い口を開いた。
「後二日、待て。俺の方で専門家を当たる」
「専門家?」
餅は餅屋。素人がどうこうしてもどうにもならん。
俺の最も信頼する医者に、依頼を出そう。
もしもソイツでも解決できないのであれば……少々手荒な手を取らざるを得ない。
***
「という訳で、お前にトーファのカウンセリング?をやってもらう」
「何がという訳で、なんだ?」
翌日、俺は早速街の小さな薬屋に訪れた。
薬草臭い店内では偏屈そうなモノクルを掛けた男が不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
常に顔色が悪く、筋力も無く、非弱なその男は、こと医療という分野に置いてこの街……この国で一番かもしれなかった。
ちなみに胸は無い。
「聞いただろ?トーファが引きこもってな、俺らの誰とも会話をしないから逆に関係無いお前なら出来るかもしれん」
「断る。俺は忙しいんだ、そもそもトーファは子供だろう。ちょっと引きこもるくらいある。様子を見ろ」
「もう18だぜ」
「まだ18だ」
何とも理解し難い言葉だったが、俺はそれを飲み込んだ。本業が言うんならそうなんだろうな。
「そもそもカウンセリングだと?そうしたいなら本人をここに連れてくるか、本人の承諾を得てから俺に依頼するんだな。どうせ君は聞いていないだろう」
「ああうん。だって言っても無視されるしな」
「せめて事前に知らせておけ間抜け」
「事前に言っても無視されるだろ?無視された上でお前を呼んでもやっぱり心象は悪くなるんじゃないか?そんなの良いって言ってないのに、ってな」
男……アルノは苛立ったように反論した。
「その通りだ、君がどうしようが勝手に俺を呼べば反感を買う。まだ三日だろう、たった三日だけで医者を呼ばれるなど本人からすればたまったものじゃない。納得は絶対にしない。時間を掛けろ、あと一月後にまだ引きこもっていたら呼べ。断るがな」
「いやそれは無理だ」
「何故無理なんだ」
「うるせえよ、とにかく無理だ」
俺は説明が面倒になって、取り敢えずゴリ押すことにした。
「頼む!この通りだ!」
「虚飾と欺瞞に満ちた誠意のかけらもない言葉だ。死ね」
こ、こいつ心が読めるのか……?
「金なら出す!」
「断る。金には困ってない」
そうか。
俺は剣を抜きアルノの首に当てた。
アルノの顔が僅かに驚愕に歪められる。
「……何のつもりだ」
「命令だ。トーファのカウンセリングをしろ。さもなければ殺す。今の状況を誰かに話しても殺す」
仕方がない。金で動かない人間は脅すしかない。
本来ならばこんな手は使いたく無かったが、もうなりふり構っていられる時期は過ぎた。
国読みの予言の期限まで、どれくらいの猶予があるかも分からん。
「君は人でなしであっても、それを見せないようにする程度の社会性があったと思っていたが」
「手段を選んでいられないってことだ。受けるか?受けないのか?」
「受けないと言ったら?」
「この街で人が千人は死ぬだろうな。最後はお前だが」
アルノは不快そうに眉を顰め、ため息を吐きつつ言った。
「……良いだろう、トーファ嬢のカウンセリング……やってやろうじゃないか、失敗しても殺すのは俺だけにしておけよ」




